墓地に眠る悲恋(1)
目を開けると、そこは見慣れた研究室だった。ただ一つ違うとすれば、周りに立っているはずの研究員たちは居らず、私一人きりだという所だろう。
耳が痛くなるほどの静寂の中、私の目の前には魔法陣だけが存在していた。
私はそれに手を伸ばす。これを発動させれば、国の食料問題の解決への第一歩になる。この時の私は、確かにそう信じていた。
(駄目だ、これに触れてはいけない)
頭の中で声が響く。だがもう遅い。意識とは裏腹に、私の手は勝手に伸びていき、それに触れてしまう。
視界が暗転する。私は、目を開けることが出来なかった。きっとそこには見たくもない光景が広がっていると、直感的に分かった。ただ、酷い吐き気と後悔に、息が詰まる。
そして私の意識は覚醒した。
カーテンの隙間から、光が差し込んでくる。気付けば身体は汗でじっとりと湿っていた。私は大きく深呼吸をする。
随分と長い間、見ることのなかった悪夢。この数ヶ月、様々なことがあった。きっとそのせいで昔の事を思い出したのだろう。
私は名残惜しいながらも、体をベッドから起こした。
カーテンを開け、窓の外を眺める。煉瓦で出来た路面には、薄らと積もった雪が朝日に照らされきらきらと輝いている。私は寒さに身体を少し震わせ、シャワーを浴びようと部屋を出た。
汗を流し、私はバスローブを羽織ると一階へと向かった。リビングにある暖炉に火をつけ、台所へ向かう。お湯を沸かし紅茶を入れ、それを一口啜ってから朝食の準備を始めた。
「今日は……簡単なものでいいか」
悪夢を見たせいか、若干の疲れを感じていた私は、適当に戸棚から食材を取り出し調理を始めた。
本来であれば、もう食事の必要が無い身体なのだが、それでも私は欠かさなかった。いつか治るかも知れないその時のため、そして人間らしさを失わないためにも。
出来上がったものをリビングへと持っていき、一息つく。机の上に届いていた新聞を広げ、流し読んだ。
「宝石獣討伐! 魔獣研究に進展ありか」「多種族交流の場、技術提供により新たな段階へ」
初冬と言えど、早朝は肌を刺すような寒さだ。そんな中で配達をする新聞奨学生は本当に大変だろうと、新聞の内容もそこそこにそんなことを考える。
そんな時、こんこん、と裏口を叩く音が聞こえたと同時に、扉を開ける音が聞こえてくる。
「先生ー! おはようございます!」
元気な声と共に、綺麗な金髪を靡かせながらリビングへと入ってくるその少女に、私は返事をした。
「おはようフィー。一段と元気……いや、いつも通りかな。今日はどうした?」
私がそう問いかけると、彼女は息を整え口を開いた。
「実は、例の事件に進展があったので、早めに伝えておこうと思って。今日は記事の為に、現場で被害者さんに話を聞きに行くつもりです」
私の斜め前にある椅子に腰をかけたエルフィムはそう説明した。例の事件、というのは以前聞いた墓地での騒ぎのことだろう。
「幽霊が出ると噂の墓地の話だったか。前は特に問題ないと思っていたが……」
それを聞いた彼女は、神妙な表情になり事件の話を始めた。
なんでも幽霊が出ると噂のその墓地は、今までは実害が出ることもなかったはずのそこで、ついに殺傷未遂の事件が起きたという。
「今までは、幽霊に驚いて足を踏み外した、とか、突き落とされた、なんて言う法螺話なんかが多かったんですが。今回は流石に嘘じゃないみたいです」
今回の被害者は、なんでも墓守の女性だという。その墓地は国境近くにあり、旅行者などの休憩所も兼ねていた。そこは昔の紛争で亡くなった人を弔う為にできた、いわゆる慰霊公園だった。
街に近い訳でもなく閑散とした所にある為、遺体の受け入れ等は少なく、国境の警備員や国外からの観光客などが立ち寄り、食事を取っていくことが中心だという。
だがそんな中、慰霊祭――約一ヶ月ほど前の収穫祭と同時期に開催された、死者を弔うとされる祭りがあった頃から、とある幽霊が出ると噂されるようになった。なんでも、美しい女性の霊が度々園内に現れるそうだ。
そんな噂のおかげで、オカルト好きな観光客が一時的に増え、墓守側も喜んでいたのが一変。幽霊に突き落とされた、怪我をした等という話が出てくるようになり、公園の評判にも関わってくるため困っていたのだそうだ。
そして今度はその墓守が被害にあったという。噂に困っていた人間が、まさかそんな嘘をつくとは思えない。そのため幽霊が出るという噂は本当なのではないかとエルフィムは考えたのだ。
「実際それが幽霊なのかどうかはわかりませんが、事件であることには変わりありません。それにやっぱり、おかしいところが多い話なので、きっと先生の出番かなと思ったんです」
「おかしいところ、か……墓守はどんな被害にあったんだ?」
「それが……その、なんでも自分で喉を一突きしようとしたらしくて」
喉を一突き――その話だけだと、確かに物騒だがおかしな事件とは言い難かった。だが私の考えていることに答えるように、エルフィムは続ける。
「墓守さん、その事を自分では覚えてなかったようなんです。一緒に居合わせた人がなんとか止めに入って事なきを得たようなんですが……」
当時、墓守は店を閉じる際の見回りをしていたらしい。公園内を見て回り、慰霊碑の前まで来た時だったそうだ。気付けば手に鋭い木の枝を握っていて、その場に居合わせた国境の警備員が異常に気づき、なんとか止めてくれたのだそうだ。
「なんでもその警備員さん、墓守さんの恋人だそうですよ。お昼時にご飯を食べに来るようになって仲良くなったとか。一緒に見回りをしていて、だから止められたみたいです。まぁそれを置いておいても、かなり危険な状況だったみたいですね」
なるほど、と私は思う。確かに調べてみる価値はありそうだった。幽霊と、墓守の奇行。私にとってどんな関わりがあるかは分からないが、今の私は藁にでもすがりたい所だった。何か手がかりになる事があるかもしれないのなら行くべきだろう。
「分かった、行ってみよう。今から向かうんだろう? 準備してくるよ」
私は二階へ向かい、出かける準備をする。もう雪も降り始めた時期だ。厚いコートをクローゼットから取り出すと、私はそれを羽織る。一階へ戻り、作業部屋からいくつかの魔道具をかき集め、ショルダーバックへと詰め込んだ。
その後、彼女と共に駅まで向かい、汽車へと乗り込む。窓から見える真っ白な景色を眺めながら、私たちは墓地へと向かうことになった。




