図書館の魔物(5)
特殊警備隊――基本的に、国の警備隊というだけでも、かなりの実力がなければ入れないと有名な部隊だ。だがそれ以上に入隊が厳しいとされるであろうその部隊は、相当の強者揃いだと考えるに易い。
だがその隊員が、何故本の盗難事件などに駆り出されたのか。アンブローズが悩んでいたのはその事だろうと予想が着く。
「だからおかしいんだ。……今回盗まれた本が、相当危険なものなのかとも思ったんだけど、内容を聞くにそうでもなさそうだし」
確かに、先程クラウディアが言っていた本の内容だけで、そんな人間が駆り出されるとは思い難かった。もしかすると、本自体に何かがある可能性も否定できない。それにもしそれが本当に危険なものなら、本来国の保管庫で管理されるため、図書館に置いてあるはずがない。
「彼らが戻ってきた時に聞いてみよう。……教えてくれるかは分からないが」
「でも、私が気付くことができなかったのも、あの子たちみたいなのが来たことも含めて、やっぱり怪しいのよねぇ」
楽しそうに笑う彼女を見ながら、私も少し疑問に思う。だが正直なところ、当事者でもなんでもない事だった為そこまで気にしても仕方がなかった。
彼らの仕事が終わるまで、私たちは話をしつつ待つことにした。
「それにしても……もう何度か聞いているが、お前が先生と呼ばれているところを見る日が来るなんてな。昔は思いもしなかったよ」
「俺もまさかここまでこれるなんて思ってなかったよ。やっぱり、先生の教え方が上手だったからだろうね。そうじゃなければきっと今頃、ただの研究員の端くれ……それどころか、この分野にさえ来てなかっただろうし」
そんな話を聞いていたクラウディアが、不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「貴方達は、先生と……生徒なの? 随分と仲がいいようだけど、出会って長いのかしら?」
そんな疑問に、アンブローズが真っ先に答える。
「俺が若い頃、ちょっとした縁があって。イヴ先生に勉強を教えて貰ってたことがあったんですよ。そういえば、初めて会った時も図書館だったな……」
「あぁ、確かお前が読みたかった本を、私が借りていたんだったか。私が座ってその本を読んでいるところにお前がやって来て、態々読み終わるのを待っていたな」
私はふと昔のことを思い出す。それは彼がまだ十五、六歳ほどの頃だった。今はだいぶ丸くなったが、当時の彼は家庭のことや将来のことで悩んでいからか、素直ではあったものの性格が少し尖っていた記憶がある。
「あの頃は随分と若かったが……いや、今もだいぶ若く見えるが」
ふと、出会ってから経った時間に比べて彼の容姿の変化が少ないことに、私は今になって疑問を抱く。だがその言葉を聞いて、何故か彼は表情を明るくした。
「本当かい? 前ははぐらかされたけど、若く見えているのなら良かった。これでも結構頑張っているから、そう言って貰えると嬉しいな」
彼は嬉しそうにそう言った。そう言われれば、収穫祭の時にそんな話をしていたことを私は思い出す。
「そんなこともあったか。今思えば、そうだな。……少し不安になるくらい、お前は長いこと見た目が変わってない」
私は随分と長い間、人との関わりを絶ってきた。エルフィム等の例外を除けば、アンブローズのような友人はかなり特殊と言える。
そのためか、時間の感覚に疎くなっている私は、彼のその見た目の変わらなさの違和感に気付くまで、時間がかかった。
そんな疑念と不安が表情に出てしまっていたのか、私の顔を見た彼は急いで口を開く。
「それは、まだ俺が元気な証拠だよ。もっと歳を取れば、どうなるか分からないし。今は個人的な研究が功をなしているだけかな」
彼がそう言うと、何故かクラウディアも少し押し気味に会話へと混ざってきた。
「そ、そういえば、イヴはどうして元の身体に戻りたいの? まだそこまで長く生きてきた訳ではないみたいだし、もう少しゆっくりしてみたっていいんじゃないかしら?」
彼女はそんな疑問を口にする。確かに、私はこの身体になってから、彼女の言うような長い時を生きてきたわけではなかった。いつからか正確な年月は忘れてしまったが、それでも二百年は経っていないだろう。
それでも、私はこの体を治したいと強く思っていた。昔の研究員のことも、そして、私を慕ってくれているのだろう彼のことも。
治った後がどうなるかはまだ分からないが、それでも今の私にとって、普通の人間のように生きることはどうしても出来なかった。
「私は……きっと怖いんだ。この身体になった時に、犠牲になってしまった仲間のことも、そして今の事も。このままでは、彼らに報いることも、答えを出すことすら、今の私には出来ない」
らしくないことを話していると思う。それでも、気付いたら言葉が口を衝いて出ていた。
「……駄目だな、歳をとったみたいだ。少し感傷的になってしまったな、らしくない」
私は、軽く息を吐き目を閉じた。それを聞いていたクラウディアが、静かに口を開く。
「……なるほどね。貴方のその呪いは、本当の意味での呪いなのね。やっぱり、貴方はとても人間らしいわ。その弱さも、在り方も。私は、好きだけれどね」
その言葉に、私は少しだけむず痒さを覚えた。私よりもずっと長く生きてきたであろう彼女の視線には、慈愛に似たものを感じる。だが、彼女は魔女だ。それを素直に受け取っては、きっと痛い目に遭うのだろうと思いながらも、私は素直に礼を言う。
「ありがとう、クラウディア。君にとってそれがどういう意味かは、分からないけれど。人間らしいと言われるのは、悪くないな」
彼女は呆気にとられたような顔をする。そして、少しして、魔女とは思えないような、まるで花の咲くような笑顔を向けてきた。
「ふふ、貴女に声をかけて正解だったわ。本だけの時間も良いものだけど、人と話すのは、やっぱり楽しいわね」
そんな会話をしていると、何かに気づいたようにアンブローズが声を掛けてくる。
「先生、話の途中で悪いけど、そろそろジェフが戻ってきそうだ。クラウディアさんも、魔術を解かないと怪しまれるかもしれません」
彼の言葉で、私たちは図書館の受付の方へと目を向けた。禁書庫から戻ってきたらしいジェフリーとエドワードが、受付の人との会話を終えたらしい。挨拶を交した彼らは、まだ残っていた私たちに気付いてこちらへと歩いてくる。
「アンブローズ先生、それに素敵な御二方。待っていてくださったんですか?」
「お疲れ様、ジェフ。仕事の方はどうだった?」
するとジェフリーは、その笑顔を変えることなく言葉を続けた。
「その事でしたら、無事なんとかなりましたよ。盗まれた、だなんて言っていましたが、どうやら間違いだったようです。管理の者の不手際だったらしく、特に問題はありませんでした」
その言葉に、私たちは一瞬固まった。だが直ぐに、アンブローズが彼に続けて質問する。
「……そうだったか、それは何よりだな。それで、君たちがなんで態々こんな所まで? ただの本の紛失にしてはかなり物騒だけど」
そう問われたジェフリーは、悩んだような表情をしつつ、返事をする。
「うーん、実はよく分からなくて。上司に言われて使いっ走られたんですよ。まさかそんなことを頼まれるなんて、私としても不思議で」
彼がそう話している時、彼の後ろから声がかかる。
「ジェフ」
後ろにたっていたエドワードが、無表情のまま彼の名前を呼んだ。するとジェフリーは、少し驚いた表情をした後、焦ったように話を変える。
「そ、そうでした。実はまだ仕事が残ってまして、そろそろ行かないと……今日はお会いできて良かったです。素敵な方々とも出会えましたし、またお話する機会があれば、是非とも一緒にディナーでも」
流れるように、彼は片目を閉じながらそう言う。それを気にすることなく出口へと歩いていく相棒を追いかけながら、彼らは図書館を後にした。
「……彼、嘘を吐いてたわね。面白くなりそうだわ」
もうだいぶ遠くを行く彼らの背中を見ていたクラウディアが、薄く笑ってそう呟いた。




