図書館の魔物(4)
人間とは違って、魔法陣などを使わずとも魔術を行使することが出来る種族は多々存在する。先程のクラウディアように、その身を直接変化させるもの、精霊種のように幻惑を見せるものなど、その特徴は様々だった。そんな中でも、魔術に長けた珍しい種族が記した本。となれば、その危険性は計り知れない。
「だが、魔術を移す……か。確かに、使い方に寄っては危険かもしれないが」
なぜ犯人はそれを盗んだのだろうか。使い道を想像するにはあまりにも漠然とした魔術だった。少し考えた後、いくつかの予想を立てることは出来たが、それでも正解に至ることはない。
私は一度考えることをやめ、猫の姿をしたクラウディアを見ながら呟く。
「考えたところでどうなる訳でもないな。貴女でさえ気付けない相手を追うのも流石に無謀だろう。もう通報もされているだろうし、あとは警備の人間に任せよう」
「あら残念。でもまぁそうね、私も盗まれたところで追う理由はないわ」
面白いことでも期待していたのか、そんなことを言いつつも、特に気にした様子もなく彼女はそう答える。
「盗まれた時間に図書館にいた人には聞き取りがあるだろうね。どうしようか、先生と俺は喫茶店に居たから大丈夫だと思うけど。だからといって帰ったら家まで来られそうだ……」
面倒だと言いたげな表情でアンブローズは小さく溜め息をついた。その様子を見ていたクラウディアが、面白そうに彼の膝へと飛び移る。
「どうせ直ぐに来るでしょう、それまでお話しましょう? 貴方はただの人間みたいだけど……その身体、随分と面白いことをしているのね?」
その言葉にアンブローズは息を飲んだ。気まずそうな顔で彼女を見返す。
「……分かるんですか? 先生ならまだしも、俺はそこまでのことは、してないと思うんですが」
少し言葉を詰まらせながらも彼はそう言う。どういう事だろうと思いつつ、私は二人の会話を聞き続けた。
「それはね、そもそも自然の摂理に反するものは見えやすいのよ。でも、確かにそこまでのものではないわね。……何なら、私が教えてあげましょうか?」
それを聞いた彼の表情が固まる。しばらくして彼は深く、ため息ともつかない深呼吸をした。すると何故か視線だけ、私の方を見てくる。私は、どうしたのかと首を少し傾ける。彼は少し笑ってみせると、その後クラウディアの方へと向き直った。
「とても魅力的な話だとは思いますが、今は……大丈夫です、まだこれで何とかなっていますから。それに、それ意味がなくなってしまいますからね……」
「あら、そうなの? ……へぇ、なるほど、そういう事ね。それじゃあ仕方ないわ。私は何時でもここにいるから、気が変わったらいらっしゃい。今は、って言うくらいだし……ふふ、少しは期待してるわ」
「……あまり、うちの教え子を唆さないでくれよ。聞いていれば、それがいい話でないことくらいは分かる」
彼女の不穏な言動に、私はそう牽制する。アンブローズが何か危険なことに手を出しているとは思えないが、彼女が言っているのはきっと、その手のものの類いだろう。私の言葉を聞くと、彼女は残念そうに笑った。
「残念、二回とも振られてしまうなんてね。でも、そうねぇ……この様子だと、まだチャンスはありそうだわ」
その瞳を光らせ、彼女は膝から飛び降りた。
「イヴは……この子の為なのかしら? 貴方達はお互い気付いてないようだけど。……気をつけないと、いつか道を踏み外すでしょうね」
彼女はそう言い残し、近くの柱の裏へと歩いていか、隠れるようにして回ってくる。次の瞬間に出てきたのは、最初に出会った人間の姿のクラウディアだった。
「ほら、警備の人間が来たみたいよ。随分と物々しい格好をしてるみたいだけど……とにかく、行きましょうか」
彼女が指を指した方向を確認する。気付けば図書館の入口に二人の人物が立っていた。彼女が言った通り、彼らはただの警備の人間にしては物々しい、まるで軍服のような服を着ている。それを疑問に思いつつ、近くまで話を聞きに行こうとする私の腕を、アンブローズが掴んだ。
「先生、ちょっとまって。……なんで彼らがここにいるんだ」
「なんだ、知り合いか」
「彼らは、国の警備の子達なんだけど……所属が少し特殊でね。本来なら態々こんな所に出向いてくるはずがないんだ。それと、ちょっとあの金髪の子には」
その言葉を遮るように、先程の二人組のうちの一人がこちらに気づくや否や、早歩きでこちらへ向かってくる。
その青年は、少し癖のついた短めの金髪を小さく揺らしながら、ここが図書館であることを考慮してか、少し小さめの声で話しかけてきた。
「アンブローズ先生じゃないですか! お久しぶりです。今日はお休みですか? まさかこんなところでお会い出来るなんて」
人懐こい笑顔を浮かべるその青年に、アンブローズは少し疲れた笑みを浮かべ返事を返す。
「やぁ、ジェフ。久しぶり。君がここに来るなんて珍しいな、何かあったのかい?」
「えぇ、実は。なんでも図書館内の禁書庫から、本が盗まれたとか……って、あっ、すみません、お連れの方がいらっしゃっ……た……」
こちらに気付いた彼の言葉が、何故か掠れていく。私が言葉の続きを待っていると、先程とは打って変わって彼は真面目な表情になる。
「初めまして、私ジェフリー・サイランと申します、どうぞお見知りおきを。気軽にジェフとお呼びください。貴方の名前を伺ってもよろしいですか? レディ」
彼は丁寧にお辞儀しながら、私の手を取った。その様子を見ていたアンブローズが、頭を抱えながらため息をつく。
「イヴ・ハーヴァーだ。よろしく、ジェフリーさん。……なるほどな、アンブローズが止めたがる理由が分かったよ」
私が呆れながらそう言っていると、先程まで私たちを後ろから見守っていたクラウディアが、面白そうに笑いながら割って入ってきた。
「私にも紹介してくれない? 貴方と、その後ろの彼のことも。私はクラウディアよ、よろしくね」
彼女は、いつの間にかジェフリーの後ろに立っていた黒髪の青年を指してそう聞いた。
まるで精巧な人形のように美しい彼女を見て、驚きながらも彼は直ぐに姿勢をただし、後ろの青年を紹介する。
「彼はエドワード。私の相棒です」
彼の後ろに立つ黒髪の青年――エドワードと呼ばれた彼は、無表情のまま口を開く。
「……エドワード・アクロイドです。よろしくお願いします」
まるでジェフリーとは正反対のように、静かに挨拶をする彼は、それだけ言うと一人図書館の受付へと歩いていった。その様子を見ていた彼は少し焦りつつ言葉を続けた。
「そうでした。挨拶はそこそこに、今日は仕事で来たので、少し失礼しますね」
そう言って、エドワードの後を追いかけて行った彼を見送り、私たちは先程の椅子に座り直した。遠くからその様子を見つつ会話を始める。
「あの子はその、女性に対してはいつもああなんだ。いい子なんだけどね、あの振る舞いのせいでよく修羅場になるんだ……」
「そういえば、本来なら来るはずがないと言っていたが。あの子たちは一体何者なんだ?」
私の問いかけに、彼は悩む仕草をする。
「これ、本当だったら表に出しちゃいけない話なんだけど……」
それを聞いたクラウディアが、唐突に指をパチン、と鳴らす。
「これで周りの人間には声が届かないはずよ。どうぞ続けて?」
「……変化を見た時点でかなり驚きましたが、本当に規格外ですね。一体どんな原理でそんな芸当が出来るのか……話を戻そう。彼らとは面識があってね。一応お互い国に仕えてる身だから。表向きは、国の警備の人間なんだけど、実際は違う」
一拍置いて、彼は続ける。
「特殊警備隊……言ってしまえば、国のために秘密裏に動く特殊部隊。彼らはそこの隊員なんだよ」




