図書館の魔物(3)
その人物はガラス越しに、私にここで待つように身振りで伝え、急いで喫茶店入口へと向かっていった。しばらくすると、注文してきたらしい昼食を手に、隣の席へと座ってくる。
「久しぶり、先生。まさかこんな所にいるなんて、珍しいね」
切らした息を整えながら、彼は嬉しそうにそう言った。
「久しぶりだな、アンブローズ。一ヵ月ぶりくらい……収穫祭の後以来だな。今日は仕事はどうした?」
「今日は午前中に、大学で特別授業をしてきたんだ。午後からは休みでね、せっかくだから帰りに昼食でもとって帰ろうと思っていたんだけど……寄って正解だったよ。先生は? 図書館に来るなんて、何かあったのかい?」
その言葉に、私は一瞬言葉を詰まらせる。まさか彼が原因で、数週間も研究に没頭していたなどとは言えなかった。
私は直ぐに、当たり障りのない言葉を返す。
「気分転換に来てみたんだ。表に出る用事もなく、店に引きこもっていたらエルフィムに怒られてね。だが、出てきて正解だったよ。珍しい人に出会えたし、それにお前の元気そうな様子も見れて何よりだ」
嘘は吐いていない。少しだけ事実を隠しながら、私は思ったことを告げた。だがそれを聞いていたアンブローズの表情が一瞬固まる。そして軽く咳払いをした後に、彼は私に問いかけてきた。
「ええっと……珍しい人って言っていたけど、一体誰と出会ったんだい?」
私は先程起きた事を掻い摘んで説明した。それを彼は興味深そうに聞いている。
「その人にすら分からないのか……それにしても、まさかそんな種が存在しているなんて、是非とも一度話を聞いてみたいものだね」
研究者の性か、考え込むようにして彼は呟いた。
そうこうしているうちに、気付けば昼食も食べ終わり、空になったカップを私は軽く揺らす。そろそろまた本を漁りに行こうかと思った時、客が開けたドアから一緒に入ってきたのか、一羽の小さい鳥が店内に飛んでくる。
真っ白な身体に、黒の模様の入ったその小鳥を反射的に目で追っていると、私の方に飛んできて肩へと留まった。珍しいこともあるものだと、その鳥を指先で軽く撫でる。すると逃げる様子もなく、その小さな頭を擦り寄せてきた。私は目を細め、呟く。
「……可愛いな、随分と人馴れしているみたいだ」
「はは、先生の肩に留まるなんて、なかなか面白いこともあるものだね。それにしても見たことの無い鳥だな……なんて種だろう?」
近くでその鳥をまじまじと見つめ、彼は面白そうに笑った。まるでその言葉が分かるかのように、少しだけ羽をばたつかせる。
そんな時、ふと図書館の職員が慌ただしそうにしている事に気付く。ドアのガラス越しに、何やら話し声が聞こえてくる。
「……図書館にしては少し騒がしいね。何かあったのかな?」
私たちは食器を片付けてから、図書館へと繋がる扉をくぐりその声のする方に向かう。そこでは、ここの管理者だろう人物が、職員に何かしら問いただしているようだった。
「何故ここが開いているんです……!? 鍵はどこへ? 今日は貴方方が管理しているはずでしょう? 解錠の申請は今日はなかったはずですよね?」
「す、すみません。それが私たちにも分からなくて。鍵は鍵箱に入ったままなんです。本当に、勝手に開いたとしか……」
そんな会話が聞き取れる。なんでも関係者以外入れない書庫の鍵が勝手に開いてしまったらしい。耳を澄ましていることに気付かれないように、私たちは少し離れた椅子へと腰を下ろす。
「随分と怒っているみたいだが……そんなに大事な場所なのかな。もしかして……禁書庫、とか」
なんてね、と軽く笑うアンブローズの言葉に、耳元から返事をする声が聞こえる。
「あそこは確かに禁書庫ね。私もたまーにこっそり入ったりするのだけど……私の気づかない間に忍び込むなんて、一体何者かしら」
その声の方向に目を向けると、そこには私の肩に留まっている鳥だけが映る。まさか、と思いつつ、私はその鳥へと話しかける。
「……クラウディアか?」
「ふふ、正解よイヴ。さっきぶりね」
確かにその鳥からは、先程の死者の王と呼ばれる不死の種族――クラウディアの声が発せられていた。
驚いた表情で固まっているアンブローズの目の前を軽く飛んで、彼の膝の上へと彼女は留まりなおした。するとみるみるうちに、その姿を鳥から猫のものへと変えていった。
「……凄いな。彼女が、さっき言ってた人なのか?」
無意識に手を伸ばし、彼女を撫でようとしているアンブローズがそう問いかけてくる。私は彼を制止しつつ、口を開いた。
「多分……そうだと思う。姿を変えられるのか、それとも操っているのか……」
毛繕いをする彼女を見つめると、私の疑問に答えるように、返事を返してくる。
「前者ね、知っている動物に変化出来るのよ。どう? 可愛いでしょう?」
ぴょん、と私の膝に飛び移ってきた彼女は、そう言いながらわざとらしく擦り寄ってくる。その姿をつい撫でてしまいながら、私は先程の話の続きを聞いた。
「クラウディア、さっき禁書庫と言っていたが……そこに入られるというのはやはり危険なのか?」
「うーん……そうねぇ、私からすれば特に面白みのないものばかりなのだけど。きっと人間からすれば危険なものなんじゃないかしら? それこそ、禁書庫って言うくらいだしね。でもそんなことよりも……」
少し間を空け、彼女は続けた。
「これでもね、図書館内の事は全て把握しているつもりなの。面白いものがあったら分かるように、意識を張り巡らせているからね。それなのに、その私が気付かぬ間に禁書庫に侵入して、本を盗み出すなんて……してやられた気分だわ」
その言葉に私は引っ掛かりを覚える。彼女は禁書庫から本が盗まれた、と言った。まるで、既に確認してきたかのように。
「本が盗まれた……?」
「えぇ、だから貴女の所に来たのよ? 私の目を掻い潜って本を盗み出すなんて。もしかしたら貴女なんじゃないかと思って来てみたんだけど……違ったみたいね」
盗んだところで、問い正すつもりもなかったんだけど。
彼女はそう言うと、軽くため息をついた。自分が出し抜かれたことを気にしているようで、その小さな顔を少しムスッとさせている。
「クラウディアさん、でしたか。盗まれた本について伺っても?」
今まで話を聞く側に徹していたアンブローズが口を開く。クラウディアは、猫の顔ながらもニヤッとした表情で彼の方を向いた。そして、返事をした。
「あれはなんの本だったかしら。確か、珍しい種族が書いた本だった気がするわ。魔術に長けていて、その特殊な術が記述されていたはず。内容は……」
少しだけ無言になった彼女は、思い出したように話し出した。
「術を他のものへと移す、とか。そんな感じだったはずよ。物から物に移したり、人から物に移したり……その逆も然りね。確かに、人に使ったら危険な魔術かもしれないわね?」




