図書館の魔物(1)
収穫祭から約一ヶ月、秋も暮れ、肌寒さが増してきたこの時期。快晴の空の下に立つ私の目の前には、この国で二番目に大きいと言われている建物が建ってる。その美しい造形のみならず、見上げると首が痛くなるほどの大きさを誇っているその建造物へ、私は迷いなく入っていく。
「……ここに来るのは、何年ぶりだろうな」
アルストロ国立図書館。ここには国中の本という本が集められているだけでなく、様々な国、出典が不明な怪しい洋書、そして他種族の本まで、探せば無いものなどない、という程の蔵書数を誇っていた。
書籍として発行されたものは全て収集されるため、ここに来れば大体の本が見つかる――はずなのだが、逆に多すぎる本の中から、目当てのものを見つけ出せないことがあるとすら言われていた。
だがそれほど様々な本が集められている為か、その内容の真偽が不明な物も多々あり、ほぼ読まれていないような本が溢れかえっているとも言われている。
当然のごとく私も、信用性に足る本にのみあらかた目を通し、それ以降はあまり来ることがない場所だった。
だがそんな本の中にも、まさか、があるかもしれない。ここ数週間ほど家に籠り、研究に没頭していた為、私は息抜きがてらにここへ来ることにしたのだ。
本来外出する予定はなかったのだが、エルフィムに外に出るよう口酸っぱく言われたことも、一つのきっかけだった。
「先生、もうここ何週間も家から出てないでしょう……!? 確かに研究や実験は大切かもしれませんが、そんなんじゃ身体は元気でも、心が参っちゃいます。このままじゃダメです、せめて外に出て、日に当たって、美味しいものを食べてきて下さい!」
自分の記事が載った雑誌を届けに来たエルフィムは、そう私に説教をしてきた。確かに彼女の言う通り、ここ数週間、私は人間らしい生活を送っていなかったと思う。
前回の一件で、私は焦っていた。急ぐ理由もなく、少しずつでもと生きてきた私にとって、気付いたら十年、二十年と経ってしまっているの当たり前だった。
だがそんな中、急がなくてはならない理由が出来たのだ。人の寿命は短い。だからこそ、友人が死んでしまうよりも前に、悲しませてしまう前にと、私は研究へ没頭してしまっていた。
そんな私の変化にいち早く気付いたエルフィムは、怒りつつも心配してくれたのだ。私は少し頭を冷やし、人間らしい生活、というものを意識することにした。
「先生は極端なんです、なんでも程々にこなすことを覚えてください!」
なんて言われてしまったら、もう返す言葉もない。
「それで図書館に来る、というのも結構病的だがな……」
私の当初の目的である、この不老不死の呪いからの脱却は不可欠だ。だが人間らしく無理はしない程度に、それで図書館へと来ることにしたのだった。
無理しない程度に、人並みに、程々に。だが調べ物はする、という方向で行こうと思っていた。そうしないとまたエルフィムに怒られてしまうだろう。
そう意識しつつ、私は魔術書の置かれている場所を確認する。図書館の入口近くの棚に置かれている専門書に目ぼしい情報はないだろう。そのため、洋書や、多言語、他種族系の本棚を私は探すことにした。あまり読まれる事がないのか、閲覧可能な書庫の、最上階の更に一番奥という、辺鄙な場所へと向かう事になった。
建物の奥へと向かいながら、私は本棚を確認していく。するとふと目に止まった本があった。真っ黒な装丁のその本を手に取り、私は表紙を確認する。
そこには、見たことの無い文字にも関わらず、「不死の種族」というタイトルが書かれている事が分かる。
「これは……精霊種の書いた本か?」
精霊種の書いた本。そう言っても、この種にも様々な者がいる。収穫祭で出会ったような幼さない精霊や、頭が良く知識を好むもの、更には、取引という形で相手を陥れるようなものまでいると言われている。
だが実際、まだ彼らの情報は少なく、交流もほぼない。被害にあった、という話も、ただの御伽噺のように伝えられているものばかりだった。その中でもこの本は、知識欲の強いものが記したものだろう。
しかし私の手に取ったこの本は、不死という言葉が書かれているものの、その種族についての本だという。そのため私にとって有益な情報が得られるとは限らない。
だが、どんな本でも読んでみることにしようと決めていた。そもそも、息抜きを兼ねてここに来たのだ。本の選別を本格的に始めたら、それこそ今までの二の舞になるだろう。
私は他にも数冊めぼしい本を選んで、近くにある読書用のテーブル席へと座った。小さい窓から差し込んでくる光に照らされたそこに、私は本を置いた。
早速、先程の本を開いて中を確認する。最初のページをめくるとそこには、聞いたことのある種族から、見たことも無いような名前の種族までもが載っていた。私は眉をひそめつつも、少しずつ読み進めていく。
「何故こんな本がここに置いてあるんだ……」
私は無意識にそう呟く。それもそのはずだった。その中の情報は、あまりにも危険なものだったのだ。
種族の名前からその特性、生息域、そしてその身体の構造。ましてやその身体を作る物質までもが事細かに書かれている。
こんな物が表に出てしまったら、きっと悪用しようとする者が後を絶えないだろう。そんな代物が、国の図書館に存在している。そのこと自体が信じ難い事だった。だが、それを読み進めていくうちに、ふと気づく。
「……そうか、そもそも人間には、これは読めない」
この図書館自体、本であればなんでも蔵書している、という特性があった。そのために、人間が読めなくとも保管されているものが多々ある。その一つがこの本なのだ。
人間の読める本で危険と判断されたものは、禁書庫行きとなっているだろう。だからこそこれは、本を管理している本職の人間であっても、読めないものだったのだ。
だがそれを読めてしまったことに、私は深いため息をついた。だが直ぐに意識を切り替え、読めるのなら読んでおこうと、読書を再開する。
初めのうちは、精霊種についての記載が多かった。その身体の大部分は魔力で出来ており、肉体を持たないものは、寿命がない。その代わり存在自体が不安定である。寿命はなくとも、何らかの影響により、消えてしまう可能性もある。
そういったことが書かれている頁を少しずつめくっていくと、別の種族の記述へと切り替わった。そこには、吸血種、と書かれてある。更にページをめくると、いくつかのスケッチと共に、その内容が書かれている。
その文章を読み進めようとしている、その時だった。
「やぁこんにちは、お嬢さん。もし良かったら、相席してもいいかしら?」
気配を感じさせることなく、いつの間にか私の傍に立っていたその女性は、リン、と鈴のなるような美しい声でそう問いかけてくる。
その姿を見て、私は息を飲んだ。
少し暗い室内ですら、まるでぼんやりと光っているかのように見える美しい白髪に、黒い服を着ているからか、より一層その白さが際立っている陶磁器のような肌。そして、まるで全てを見透かしたように見つめてくる真っ赤な瞳。
人形と言われたら信じてしまいそうなくらいの精巧な顔立ちをしたその女性は、私の手元にある本のスケッチそっくりに、私に微笑みかけてきた。




