【閑話】生徒と助手
国立魔術研究所本部。国の首都、メリアの中心地にあるその研究所の所長室で、俺は書類の整理に勤しんでいた。
昨晩の報告書の作成や、国内の公共施設の最新設備案などの書類を確認して頭を抱えている時、コンコンと扉を叩く音がする。
「どうぞ」
「失礼します、所長。実はお客様がいらしてまして……なんでも記者の方だとか。昨晩の件だそうですが、どうしますか?」
入ってきた局員はそう言い、私の返事を待っている。昨晩の件、と聞いて思い当たるのは一つ。経った今報告書を作成している失踪事件の事だ。だがここの研究所が関わっていることを知っているのは、少なくとも一人だけだと記憶している。
「いいぞ、通してくれ」
「えっ? わ、分かりました、お連れします」
まさか二つ返事で了承すると思っていなかったのか、驚きを隠せないままの局員が部屋から出ていく。しばらくして、再度扉が叩かれた。
「お邪魔します〜」
俺の返事を待たず扉から入ってきたのは、きらきらと光る金髪を靡かせ、人とは違う特徴的な尖った耳をその髪の間から覗かせる、美しい少女だった。
「やぁ、エルフィム。突然どうしたんだ?」
「おはようございます、アンブローズさん。実は昨晩の記事が出来たので、確認してもらおうと思って」
彼女はそう話しながら執務机まで歩いてくると、数枚の用紙を渡してくる。
「昨日の今日だろう? 昨晩も遅くまで現場にいたのに、随分と早いんだな」
俺は記事を確認しつつ、言葉を返す。それを聞いたエルフィムは客用ソファへ座りつつ、ふふん、と鼻を鳴らした。
「それはもちろんですよ! 記事は鮮度が命ですから、本当は朝刊で出したかったんですが、流石に内容にも少しデリケートな所がありますし……一応、聞いておいた方がいいかな、と。昼刊には間に合わせたいので」
そんな彼女の説明を聞きながら、俺は記事を読んでいく。内容としては、事件と言うよりも不思議な面白おかしい話として纏められている。精霊種への興味や恐怖が薄れるよう上手く作られていた。
「いいんじゃないか? よく出来てると思うよ。……それにしても、わざわざ記事の出来を聞きに来るなんてな。他にも何かあるんだろう?」
俺がそう問うと、つんとした表情で彼女は答える。
「まぁ、確かにそれは口実みたいなものですけど……どうですか? 例の場所、入れそうですか」
俺は少しだけ訝しげな顔で彼女を見る。その話については少し前にもしたはずだった。
「それについては前も言ったはずなんだが……今はまだ厳しいよ。流石に何かしら口実がないと入れないからな、あの書類保管庫は」
「口実があるといいんですね? それじゃあ、まだ色々と事件を漁らないとですね……」
彼女は考え込むようにそう呟く。俺はその様子を見ながら、質問を返した。
「随分と焦ってるみたいだが……先生に何かあったのか」
すると彼女は、呆れ顔でこっちを見てくる。なんでそんな目で見られなくてはならないのか分からずにいると、エルフィムはわざとらしくため息をついてから口を開いた。
「だって、アンブローズさんが随分と先生に近づくものですから。こっちは本っ当に焦ったんですからね? ……まぁ仕方ない気もするので、止めようとも思いませんが」
「まさかそんなことで……」
「そんなこと、じゃありませんよ!! 先生はちょっとぶっきらぼうですけど、すごく優しい人なんですよ。アンブローズさんだってわかってるはずです。このままじゃ……先生が、辛い思いをしてしまうかもしれないじゃないですか」
エルフィムは、まるで自分の事のように辛そうな表情になる。彼女も、随分と先生の事が好きなのだと分かる。だが直ぐにむっとした表情に変わり、言葉を続けた。
「ですから、少しは進展があったのかな、って思ったんです。もしあの保管庫に入れたら、先生の問題だって直ぐ片付く可能性だってあるんですから。先生の事がどうにかなれば、そのあとは自由にしてもらったって構いません。いい返事が貰えるかは知りませんけど!」
ふーん、と子供っぽく顔を背ける彼女を見て、俺はついおかしくなって笑ってしまう。
確かに、彼女の話は最もだった。不老不死である先生に、俺がこの想いを伝えなどしてしまったら。優しいあの人はきっと苦しむだろう。
「だからこそ、こうして高い地位まで上り詰めて、いつその機会が来てもいいよう待っているんだろう? 年齢の焦りは確かにあるが……それも、自分でどうにか頑張っているつもりだ。十年前から容姿だってほぼ変わってない。まだまだこの術は不完全だけどね」
これなら、彼女が見た目で焦ることも無いだろうと、俺はそう言う。それを聞いて、彼女はすっと立ち上がった。きっとこれが本音なんだろう、そんな言葉を去り際に残していく。
「本当は、私だってもっと先生と一緒にいたいんです! でも、それは先生のためにならない事くらいわかってますから。ただの愚痴です! 記事、確認してくださってありがとうございました、また来ますね!」
「また来るのか……たまに吐き出したくなったらいつでも来るといい。流石に仕事をしながらの対応になるけどな」
ぷくっと頬を膨らませこちらを一目見ると、彼女は失礼しました、と言って部屋を出ていった。
「森棲種は長命と言うが……見た目通りの子供っぽさだよなぁ」
彼女は、俺より歳下だと言ってはいたが、それが本当かどうかは正直なところ分からなかった。子供っぽい一面はあれど、それでもやはり行動から分かる頭の良さや、言動から察せるその考え方は、子供のそれとは言い難い。たまに見せるその様子を、少しだけ怖く感じることすらあった。
「やっぱりエルフィムには、悪いことをしているよな……」
先生は、自分の呪いを解きたいと願っていて。
俺も、その願いを叶えてあげたいと思う。俺の場合、半分は私欲だが。
そしてエルフィムも、先生のことが好きで、その願いを叶えたいと思っている……はずだった。だが、それを叶えてしまえば、彼女は確実に置いていかれる側になってしまう。それは、辛いことだと。分かっていてなお先生の手伝いをする彼女の気持ちは、俺には計り知れないものだった。
「せめて俺も……」
つい、頭をよぎったその恐ろしい考えを振り払う。先生が知ったら、きっと笑ってくれるだろう。でも、そんな笑顔は見たくないと、そう思った。
きっとこの先も葛藤して生きていくのだろう。だがいつか来るかもしれないその日を考えて生きていくのは、きっと間違っている。
俺は今出来ることを、まずは目の前の書類整理から手をつけることに意識を移した。




