悪戯少女の収穫祭(7)
「……先生。あんなことがあったのに、なんで俺達はまるで何も無かったように遊んでるんだ……?」
疲れた顔で彼はそう呟く。その目線の先には、エルフィムにバートン、そしてプーカ。さらにその隣に、一人の少年が立っている。プーカに視覚化される術を教わったウィスプが少年の姿をとり、祭りの屋台で遊んでいる。
「そこ! そこですよ! あっ、あとちょっとです!」
エルフィムの掛け声に合わせて、ウィスプが縄で出来た輪っかを投げている。
「あらっ、やったわ! おじさま、今のは当たりでしょう!」
吸い込まれるように景品に飛んでいった輪っかを見て、プーカは嬉しそうにはしゃぐ。
わなわなと身体を震わせながらも、持っていけと店主が景品のぬいぐるみを投げてよこす。それを受け取ったウィスプは、とても嬉しそうに笑っていた。
「本来であればお前の仕事だぞ。それに皆楽しそうだ、結果的にもいい事じゃないか」
「確かにそうだけど……皆まだまだ元気だなぁ」
「はは、人を年寄りだと言っておきながら、お前ももうだいぶ歳をとったな」
私は軽く笑ってそんなやり取りをしながら、彼女らを背中を見守る。仕方ない、と一言呟いたアンブローズが輪へ入っていった。
その後も、私たちは祭りが終わる時間まで歩き回った。気付けばもう祭りの終わる時間になっている。
景品のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、ウィスプは名残惜しそうに呟く。
「タノシカッタ。トモダチ、ウレシイ……アリガトウ」
「それは何よりだ。……もう人を攫ったりするなよ」
私が優しくそう言うと、彼はこくこくと頷く。
「私もすっごく楽しかったわ……!ありがとう、人間さん達。どうかまた、一緒に遊んでね」
その瞬間、精霊種はぱっとその姿を変える。身体が透け、ウィスプはまるで炎のような見た目になり宙に浮く。プーカは、足が私以外には見えなかった獣のものにかわり、背中に現れた透き通る羽で飛び上がる。
姿が見えなくなったことに少し驚くバートンとアンブローズは、直ぐに魔力視の眼鏡をかけ、彼らを見上げた。
「また遊んで下さいね〜! 待ってます!」
エルフィムがブンブン手を振ると、彼らは嬉しそうに笑いながら。ウィスプは表情は分からないが、きっと笑顔なのだろう。
「……オネエサン、マタ、アソンデネ」
私にだけ聞こえるように、彼は呟く。そして精霊達はまるで初めからいなかったかのように、消えていった。エルフィムとバートンは名残惜しそうに彼らの消えた場所を見つめている。
「なんだかんだ、色々ありましたけど……終わってしまうと寂しいものですね」
「そうですね、二人とも可愛かったですし。でもきっと、遅くてもまた来年、ですよね!」
全て終わったかのように語る彼女らに、私は言葉を発する。
「……さて、感慨深くなっている暇はないぞ。もう時間も遅いが今から事後処理だ。特にアンブローズとバートンさん。きっとまだ見回りの局員がいるだろう。町外れの廃教会の倉庫に行方不明者がいる。急いで人を送った方がいい」
その言葉を聞いて、バートンは元気よく返事をする。疲れ顔だったアンブローズも、仕方ない、仕事時の表情に切り替わった。
「私たちはどうしようか。フィーはどうする? 付いてくるか? 彼らには悪いがいいネタになるかも知れないぞ」
私が少し悪い顔で笑うと、エルフィムはニヤッとしながら目を輝かせる。
「もちろんですよ……! 今回のこと、出来る限り隣人さんを悪く思われないように、記事を書かないとですからね!」
そう意気込みながら、エルフィムはアンブローズ達の方へと向かっていった。私はその様子をみて笑いながら後へと続く。
そうしてその日は、日付が変わる直前まで、事後処理に追われる彼らの声で静かになることはなかった。
数日後。私の元へアンブローズが尋ねてきた。行方不明事件の報告を兼ねて、冬に向けた商品案の企画書を受け取りに来たのだった。
「それで、見つかった彼らには何とか納得して貰う形になったよ。隣人さん、という言葉は便利だね。幸福を運んでくる、なんて言われることもあるから、かなり早くに収まってくれたよ」
アンブローズは、図案を確認しながらそう説明する。軽く頷いてそれを書類ケースにしまうと、彼は一息つく。
「それにしても、あの時は急いでいたせいではぐらかされたが……何があったんだい? あの時は流石に肝が冷えたよ」
私はその言葉に答えるよう、あの晩、教会の倉庫で起きた事を説明した。それを聴いている彼の表情が少しずつこちらを睨むものへと変わる。
「先生。俺ももう子供じゃないし、馬鹿でもないんだ。文献だっていくつも確認したことがある。……精霊種とそんな約束をするなんて、何が起こるか分からないんだぞ」
「わかってるさ、私も勝算がなければあんなことはしない。それにあの子は私を、同じ匂いがする、といったんだ。取引にはならないよ」
それを聞いたアンブローズは、苦虫を噛み潰したような表情になる。肩手で頭を抱える仕草をし、小さくため息をついた。
「それはそれで、全然嬉しくないな……とにかく、もうこんな無茶なことはしないでくれ。そのために俺たちが居るんだから」
――不死身だからといって、どうなるか分からないんだぞ。
彼はそう言って、手元のお茶に口をつける。
「……そうだな、気をつけるよ。もう大分、人との感覚とはズレが生じてきている。私の代わりに少しだけ、気にしていてくれ」
私は困ったように笑ってみせる。アンブローズはすこしだけ考えるような仕草を見せた後、もちろんだよ、と一言応えた。
しばらく、無言の時間が続いた。だがそれに耐えきれなくなったようにアンブローズが口を開く。
「……よし、説教はやめにしよう。少し話は変わるんだが、以前カーティスの生徒が世話になっただろう? 今回の案の分と一緒に入れておくよ。……それと、これを」
彼はケースの中から小さな箱を取り出した。手のひらより少し小さく、その箱は綺麗な包装紙で包んであった。
「これはまぁ……いつものお礼、かな。開けてみて欲しい」
私はそれを受け取り、中身を確認する。するとそこには、深い青色の綺麗な宝石のついた銀細工のブローチが入っていた。私はそれを取り出して、光に透かしてみせる。宝石は中で優しく光を反射させ、とても綺麗に輝いた。
「随分と良い物じゃないか、高かっただろう。……これを、私に?」
すると彼は軽く笑ってブローチを見る。そして目を指さす仕草をして答える。
「綺麗だろう? 見かけた時は驚いたよ。……先生の瞳にそっくりだ。貴女はあまりアクセサリーなんて気にしない人だから、たまにはいいかと思ったんだ」
それを聞いて私は少し驚いた。随分と洒落たことをするようになったと、私はつい笑ってしまう。
「……ありがとう、アンブローズ。ありがたく受け取っておくよ」
「せっかく買ったんだ、たまには付けてくれよ、先生」
その言葉に私は軽く頷くと、彼は嬉しそうに笑った。それじゃあ、と彼は持ち物を片付け、仕事へ戻るため家を後にした。
アンブローズが帰り、静かになったリビングで貰ったブローチを眺める。そして、私は小さくため息をつく。
「私の生徒は本当に……随分と大きくなってしまったみたいだな」
収穫祭で起きた盗難事件を思い出しながら、私は独り言ちた。
「あの子も、わかってるんだろう……どうにか、もう待たせないで済むようにしてやらないとな」
いつからか、考えることをやめてしまった私は。それでも、もう目を逸らすことの出来ない事への覚悟を決める。
それがどういう結果になるのかは、まだ分からない。だがせめて、少しでもあの子の想いに報いてやれるように。
私はそう思いながら、店へと戻っていった。




