悪戯少女の収穫祭(6)
収穫祭も終盤に差し掛かった頃。
私たちは街中にある公園のベンチに座って、買ってきた食べ物などを広げ休憩をとっていた。
「あの一件以降、特に問題もなかったようだし、そろそろ俺たちもお役御免かな。予定通り祭りを満喫出来て良かったよ」
ゴミを片付けながら、ほっとしたようにアンブローズはそう言った。だがやはり見回りの件で疲れていたのか、彼はベンチに座り直して小さくため息をついた。
「お疲れ様です、所長。結局失踪事件のことは何もわかりませんでしたけど、元から情報も少なかったですし、正式に要請が来るまでは大丈夫ですよね?」
「そうだな、そもそも俺達が出る幕じゃないかもしれないし、問題ないだろう」
そんな会話を聞きながら私はベンチから立ち上がった。
「それは私が捨ててこよう。お前たちはもう少し休んでるといい」
「ありがとう、先生。それじゃあお願いしようかな」
アンブローズが片付けていたゴミを受け取って、少し離れた所に設置してあるゴミ箱へと向かう。ゴミを捨て終え、私はふと広場を眺めた。だいぶ人も少なくなってきて、小さくなった喧騒がちらほらと聞こえてくる。
そんな、静かになった広場に居心地の良さを覚えていた、その時――視界に、影が映った。
私は一瞬身構えて、その影を目で追う。空中に浮いているそれは、私の方をじっと見下していた。
その影は、人型でありながらその細すぎる体をユラユラと揺らしている。タキシードのようなその黒い身体の上には、収穫祭の象徴である、野菜をくり抜いて作られた顔型のランタンが乗っていた。その特徴に、見覚えがあった。
「お前は……愚者火、か?」
私がそう呼んだその精霊種は、まるで頷いたかのようにランタンの中の炎を揺らす。本来であれば言葉を発することの無いその口から、小波のように揺れるような声が聞こえてくる。
「……ソウ。オマエハ、ニンゲン?ボクトオナジ、ニオイガスル」
同じ、匂い。その言葉に私ははっと目を見開いた。だが直ぐに身構え直し、その姿に問いかける。
「同じ匂いがする、か……お前はどうしてここにいる?」
すると、少しだけ私に近づいてきて、目の前でゆらゆらと揺れる。
「ヒト、オオイ。ダカラ……トモダチガ、ホシカッタ」
まるで子供のように、ウィスプはそう呟く。私は一瞬呆気に取られた。だがその言葉に、ふと違和感を覚える。私は、少しカマをかけてみることにした。
「攫った人間は、友達とは言えない。……もしお前が望むなら、私がその友達になろう。だから」
その言葉を聞いていた彼は、ピタッと動きを止める。私は言葉を止め、その様子を見守る。
もしかすると、私は言葉を間違えたかもしれない。そう不安が頭をよぎった、その時だった。
「……イヴ先生!」
その声に、ウィスプは驚いたように身体を震わせる。その後ろには、帰ってくるのが遅い私を心配して迎えに来たであろうアンブローズが立っていた。
だが次の瞬間、視界が暗転する。ウィスプが膨張するかのように、私の回りを囲ったのだと気付く。
先生、と私を呼ぶ声が途中で途絶え、全く違う景色が視界に映る。
気付けば私は、暗い建物の中に立っていた。倉庫か何かだろうか。がらんとした広い屋内には、木箱が積み上がっていた。外からは、川でもあるのか水の流れる音が聞こえてくる。
「転移!? ここは、倉庫か何かか……?」
私は先程までとは違う場所に少し動揺する。辺りを見渡すと、高い位置にある窓から、月の光が僅かに差し込んでいて、照らされた場所以外は暗く見えにくくなっている。
だがそこには先程のウィスプと、その後ろに数人、人が倒れているのが見えた。
「なっ、大丈夫か……!?」
私は急いで彼らに駆け寄り、意識を確認する。脈も息もある。ただ気絶しているだけのようだった。
「ネテルダケ、ダカラ。ダイジョウブ……」
ウィスプは近づき私の横まで来てそう言った。
「何故ここに連れてきた?」
「……ニゲナイヨウ、ニ……ネェ。ダカラ、サッキ……ツヅキ、ハ?」
そういう彼に、私は数秒考え、意味を理解してから言葉を発した。
「……だから、彼らを解放してやってくれ。気絶したまま、話すことも無く、起きたら逃げていくようなら友達とは言えないだろう?」
警戒しつつ、私は先程の言葉の続きを伝える。それを聞いたウィスプは首を傾けるような仕草をする。しばらく考え込むような様子で、どれくらい時間がたっただろうか。彼は言葉を発した。
「イイ、ヨ。デモソノカワリ、オネエサンガ……アソンデクレル?」
きっと、不安そうな声と言ってもいいだろう、そんな声で彼は聞いてくる。
「わかった。君は何がしたい? 付き合おう」
「! オマツリ……ダレモボクガミエナイミタイデ、オカシ、トカ、タベテミタイ……」
私はその言葉に頷く。今からすぐ戻ればまだ少しは屋台を回る時間くらいあるだろう。同じ場所へ戻れるかどうか聞くと、彼は頷く仕草をする。
「彼らはどうする? 出来れば直ぐにでも戻してやりたいんだが」
「ソレナラ、ダイジョウブ……スグ、オキル。カギ、ナイカラ。デテイケル」
それを聞いて、私は倉庫の入口を開けてみる。外を確認すると、そこは町外れにある教会の裏だということに気づく。
「こんな場所に……だがここなら大丈夫そうだな。それじゃあ、祭りに戻ろうか」
私はまた扉を閉め直し、ウィスプの方へと戻る。すると先程と同じように、彼は私を覆うようにして――飛んだ。
気付けばまた、先ほどの公園に立っていた。少し違うのは、アンブローズの代わりにそこにはバートンが立っている事だ。
「ハーヴァーさん! よかった……! もしかしたら戻ってくるかもしれないから、って、私だけここで待っていたんです……えっ!? あ、えっと、その隣の方は……!?」
彼女は眼鏡をかけていたからか、私の隣でふわふわと浮いているウィスプに気付いて、驚きの声を上げた。
「あぁ、この子は……一緒に祭りで遊びたいそうだ。人数は多い方がいいだろう、皆を呼べるか?」
するとバートンは、焦りつつも察したように仕事用の通話機を取り出した。
「コノヒト……ボクガミエルノ? ホカニモ……?」
「あぁ、他にもいるよ。遊ぶのなら、人数は多い方がいいだろう?」
そうこう言っている間に、公園の外にある街道から走ってくる影が三つ近づいてきた。
「先生ーっ! ご無事でしたか!?」
そう大きな声で走ってくるエルフィムよりも先に、もう一人が私の前まで走ってくる。彼は私の肩を掴むと、焦った声で話しかけてくる。
「先生! 大丈夫か!? 怪我は? 何もないかい? 本当に大丈夫……」
「落ち着けアンブローズ、私は大丈夫だ。怪我の心配がないことは、お前もよく知ってるだろう?」
私の言葉を聞いた彼はハッとすると、大きな声で溜息をつく。
「よかった……本当に。目の前で消えた時は、どうなることかと……」
「大丈夫だ。心配をかけたな……随分と探し回ったみたいだ、ありがとう」
息もたえだえに、今まで走り回って探したのだろうその様子が窺えた。私は昔の癖で彼の頭を軽く撫で、礼を言う。
「だが、今は安心している暇はない。祭りが終わってしまうからな」
私の言葉に、三人は呆気に取られた顔をした。




