悪戯少女の収穫祭(4)
「……アンブローズ、さてはお前真面目に探す気がないな?」
気付けば何故か辺りを見ずにこちらに視線を向けていた彼に、そう言葉をなげかける。
「えっ、いや、探す気はあるよ。ただ折角だしエルフィムの恩情をちゃんと使っておこうと思って」
「何を言ってるんだ……ほら、反対側はお前が見ないと、私一人では探しきれない」
私の言葉で渋々周りに目を向けるアンブローズを確認して、私はまた目線を周りへと移す。だがやはり人が多すぎて、めぼしいものを見つけることは出来なさそうだ。
せめて見た目が人のそれとは全く違ったり、宙に浮いていてでもくれればわかりやすい、などと、そんなことを考えている時だった。
こつこつ、という音が耳に入ってくる。その一瞬、まるで祭りの喧騒が途絶えたかのように思えた。それはまるで、動物の蹄が地面を蹴るような、そんな足音だった。こんな街中では本来聞こえるはずもないその音に、私は耳を傾ける。
足音のする方向を確かめ、そちらに目を向ける。するとそこには、可愛らしい耳の着いたフードを被る小さな少女が一人、道の端に立っていた。一見、可愛らしい仮装をしている普通の少女に見える。だがどうしてもおかしい所が一つだけあった。
その少女のスカートからは、まるで獣のような足が覗いていた。彼女が歩く事に、その蹄がこつこつ、と軽快な音を鳴らしている。
きょろきょろと辺りを見回し、何かを探しているような素振りを見せる彼女の両手には、青く輝く宝石の付いたブローチが握られていた。
「アンブローズ」
少女から目線を外さないまま私が声をかけると、彼はすぐさま私の見ている方向を確認する。
「あの女の子かい?……確かにブローチを持っているが、パッと見普通の子に見えるけど」
「あぁ、だが私には彼女の足が獣のものに見えている。眼鏡越しでも分からないのか……」
本来見えないものを可視化するその眼鏡を掛けてなお、彼にはあの少女が普通に見えるという。私は今の身体になってから、その手のものが見えやすくなっていた為、彼女の足を見ることが出来たのだろう。だがそうなってくると、かなり強い幻惑の魔術を使っている、ということになる。
「これを外しても見えるから、分からないふりをして話しかけても大丈夫だと思うよ」
眼鏡を外し確認している彼はそう言うと、その少女の方へと歩いていく。
「待て、下手に接触するのは危険かもしれない……あぁもう、仕方ないっ」
大丈夫だとでも言うように手をひらひらと振り歩いていく彼を、私は急いで追いかける。
「やぁお嬢さん、何か捜し物かい?」
そう彼に声をかけられた少女は、驚いたようにはっとこちらを見上げる。色白の肌に、プラチナブロンドの髪をふわっと揺らす彼女は、その見た目通りの幼く可愛らしい声で返事をする。
「……! こんばんは、おじさん。やっと見つけたわ! わたし、貴方を探していたの!」
ぱっと笑顔になったその少女は、嬉しそうにアンブローズへ抱きついた。それに驚く彼が口を開く前に、少女は言葉を続ける。
「あのね、貴方のために、これを。頑張ってみつけたのよ」
すると彼女は、手に持っていたブローチをアンブローズへと渡してくる。それを受け取った彼は、困惑した表情で少女へと問いかける。
「これを、俺に? どうしてまた……君とはどこかで会ったかな?」
するとその少女は、くすくす、と両手で口元を隠しながら笑う。
「いいえ、わたしがこっそり上から眺めていたの。それ、お店の前でじっと見ていたでしょう? きっと、いえ絶対に、大切な人へ渡そうと思っていたんだわ!」
だからね、それをあげようと思ったの。
彼女の言葉に、アンブローズは目を見開く。そして受け取ったブローチに目線を落とした。私はそんな彼の様子を一目見てから、その少女へ話しかける。
「こんばんは、お嬢さん。私の名前はイヴ。もしよければ君の名前を聞いてもいいかな」
「あら? 貴女は……お姉さん? 私と同じ、かしら? きっと貴方なのね! ええっとね、わたしはプーカっていうの」
その精霊種の少女――プーカはそう応えると、嬉しそうに笑ってみせる。
「実は少し聞きたいことがあってね、今いくつか聞いても大丈夫かな」
警戒しながらも私がそう尋ねると、彼女は笑顔で承諾してくれた。
「ええ、もちろん! 本当はこっそり見ていたかったんだけど、せっかくだからわたしも貴方達とお話がしたいわ」
「ありがとう。まずは一つ目なんだが、あのブローチは、どこから持ってきたものなのかな」
「あれはね、人が沢山集まっているところにあったのよ。あんなに人が居るのに誰も拾わないんだもの。きっと誰のものでもなかったんだわ。だからわたしが持ってきたの」
彼女は不思議そうに首を傾げる。それを聞いた私は、口から出かけたため息を飲みこみ彼女へと説明をする。
「あれはね、お祭りの景品だったんだよ。コンテストで優勝…一番良かった人に贈られる物だったんだ、わかるかな」
すると彼女は驚いた顔をしながら口を開いた。
「あら、そうだったの? こんてすと、というものはよく分からないけれど、誰かのものになるはずだったのね、それはよくないわ。でも、どうしましょう。もう渡してしまったのだし、取り返すなんて出来ないわ」
聞き分けのよい彼女の言葉に、ブローチを見たまま黙っていたアンブローズが話し出した。
「それなら大丈夫だよ、俺の方から返しておこう。それにしても、プーカちゃんだったかな。俺を気遣ってくれたんだね、お礼を言うよ。ありがとう」
そう礼を言う彼に、プーカはぽかん、とした表情をする。
「でも、でも、それじゃあ貴方は? 欲しがっていたそれは、もう貴方の物じゃなくなってしまうわ」
悲しそうな顔でそういう彼女に、彼は腰を落として目線を合わせる。
「大丈夫、それは俺がどうにかするよ。その方が、良いと思うだろう?」
彼の言葉に、驚いた顔をしながらも彼女はこくこくと頷いた。そして一目私を見てから、彼の耳元でこそこそと何かを囁く。
「きっと上手くいくわ、好きな人と結ばれないなんて、そんなの悲しいもの」
私に聞こえないよう、プーカがそう伝えると、彼は優しく笑った。
「……ありがとう。難しいだろうけど、すこしだけ勇気が出た。もう少し、頑張ってみるよ」
私はいまいち内容を把握出来ないまま、彼らの会話が終わるのを待つ。たとえ相手が精霊種だろうと、幼気な少女の内緒話を無理に聞こうとは思わなかった。しばらくして、話を終えた彼女はこちらを向き直した。
「お姉さん。聞きたいことって、まだあったのかしら? もしなければわたしも色々とお話したいわ!」
楽しそうにそういう彼女に、私は少し申し訳なさを感じながら、もうひとつの出来事について質問をすることにした。




