監獄での邂逅(1)
少し長めです。
「……本当に、ここなんですか?」
「はい、殿下よりそう承っております。中でお待ちのはずです」
月末。午後から時間を空けておくようにと言われていた私は、研究所に来た迎えの車に乗ってとある場所へとやってきていた。てっきりあの人の仕事場に呼ばれたのかと思ったが、まさかこんな場所に連れてこられるとは。
「確か……グレイが捕まっている刑務所、だよな。まさか彼のことも含めて話をするつもりなのか?」
私の目の前には、この国の犯罪者収容施設、その中でも特に異質だと言われる建物が立っていた。主に大きな罪を犯した犯罪者が収容されると同時に、この国の重要人物、例えばグレイのような王族が犯罪を犯した際にも使用されると言われている場所だった。その意味は、上に立つ人間としての意味を強く認識させる為、一番厳重な警備の為等と言われていたはずだった。
「すみません、イヴ・ハーヴァーと申します。リアン・アルストロ殿下はいらっしゃいますか?」
「ええ、話はお聞きしています。案内致しますのでこちらへどうぞ」
門前に立つ警備の男性に話しかけた私は、そのまま案内をしてくれる彼の後に続いてこの建物の中へと入っていく。真冬だからか、それとも心因的なものだろうか、この建物内は異様に空気が冷たく感じられた。少しだけ身震いしながらも、確かにここからは誰も出られないだろうなと思わせるような厳重な警備の中を私は歩いていく。
「こちらです。中にも警備の者が待機していますので、御用の際はそちらにお声がけ下さい」
「はい、ありがとうございます」
私は幾つもの鍵のついたその扉の先へ行くよう促され、きっとここが一番奥なのだろう場所へと足を進ませた。正直、あの人に会うのは少しだけ緊張してしまう。ここ一ヶ月程会っていない事も、あの時の彼の呪いに関しても。そして、私を避けていたその理由も。
けれど元はと言えば、私があのサーカス団で事件に巻き込まれなければ良かったのだろうと思っている節もあった。それにあれは私を害するものではなかった為、あの人に会うこと自体は問題ないのではとも思っている自分がいた。
「……来たか」
「殿下、お久しぶりです。お話があると聞いてきたのですが、ここは」
私の進む先、一つの独房の前に立っている久々に会うその人へと声を掛けた。彼は振り向くことなく、こちらへと返事をする。
「ここは……国の上に立つ人間が犯罪を犯したときに使用される施設だ。普通の刑務所とは違い、王家が直接管理している。グレイやソフィーもここに収容されているんだ」
「それは……何となく知っていましたが。ここで何を?」
「……少し見てもらいたいものがある。付いてきてくれ」
彼はそう言って、空室なのか鍵の開いたその独房内へと入っていった。その先誰かいるのだろうかと、私は彼の後に続いてその鉄扉の中へと足を踏み入れた。その先には更に頑丈そうな鉄格子があり、その扉の更に先で彼はその背を鉄格子に向けたまま立っている。
「ここは……随分と豪華な作りですね」
「そうだな、ここは特別なんだ。……ハーヴァー。その机に置かれた本、それはこの国の、そして私達王家の事について記されたものだ。適当に座ってもらって構わない、少し読んでみてくれ」
独房内の鉄格子に寄りかかって腕を組み、考え込むようにして目を閉じた彼の横を通って、少し奥にあるその机の上に置かれたその本を私は手に取った。確かに図書館等では見たことの無い本だったが。これと私を避けていた理由とでどのような繋がりがあるのだろうか。
「殿下、今日は以前話して下さると言っていた私を避けている理由についてでしたよ、ね……殿下?」
私がふと振り向いてそう問いかけると、何故か彼は鉄格子の扉の前へと移動していた。まるで扉を塞ぐように立つその様子に異様な違和感を覚えつつも、そんな彼の返事を私は待つ。
「……やはり、君は少し人を信用しすぎだな。それだけは、直して貰わないと駄目なようだ」
彼はまだ軽く俯いたままそう小さく呟くと、その表情は見えないままこちらを見ることなく言葉を続けた。
「君を避けていた理由だったな。残念ながら、私は王位を継ぐつもりはない。だが、ノアはどうしてもあいつと結婚したいと言って譲らなくてな」
「それは、以前聞いた時は結局どうなるかまだ決まっていないと言っていました。ですが室長が、貴方が結婚する相手を探していると……」
「いや、ノアが継いでもいいと言い出してね。その代わり、私の子を養子に貰うつもりらしい」
「なるほど。確かに王家の血であれば……。だから継がないと決めた後も、相手を探しているんですね」
確かに、どの道結婚させられるのなら。王位を継がずに自分の子を養子に出す方が余程自由が効くと言えるだろう。そもそも彼が王位を継ぎたくない理由は、国王になってしまっては出来ない仕事を続けたい為のはずだった。だとすると、それはある意味良い落とし所と言えるだろう。
「そもそも今回の件は私の怠慢のせいで起きた。元々グレイを捕まえるつもりだったんだ。それなら私にその継承権が移ることを考えた上で早めに婚約者でも立てておけば良かったんだがな。何せ結婚などするつもりなど元はなかったんだ」
「だからこそ、今になってその問題に直面しているんですよね」
「そうだな……だからこそ。この呪いはその血を絶やさない為に、その相手を選んだんだ。それが、君だった」
――やはり、私の予想は当たっていたらしい。だからこそ彼は、その呪いの影響が出ないようにと私を避け、別の相手を探し始めたのだろう。
「君を巻き込むつもりはなかった。別に君が嫌いな訳ではないが、彼の事もあったからな……極力そういった衝突は避けたい。それなら別の相手を娶った方がまだ良いだろう」
「それで避けてくれていたんですか……彼というのはアンブローズのことですよね?」
「そうだ。そもそも彼も君の事があって少し不安定だっただろう。出来る限り、私のせいで余計なことを考えさせたくなかった」
そういえばリアンの呪いについての話を聞いたアンブローズは、俺の為なのかと呟いていた。その意味がようやくわかったが、うちの上司は随分と部下想いらしい。
「私を避けていた理由は分かりました。ですが、どうしてここに?」
私はようやく、ここに呼ばれた理由を問いかけた。未だに腕を組んだまま顔を逸らしている彼を一瞥してから、手に持ったその本に目を向ける。その分厚い表紙を捲ると、そこには絵本などで登場するような一人の女性の絵が描かれていた。
「……巻き込むつもりはなかったんだが、少し話が変わってきたんだ。残念だが、君には少し考えを改めて貰わないと駄目だろう」
私がその言葉に顔をあげるより前に。ガチャリ、という音が響いた。私は焦ったように彼のいた場所へと目を向ける。閉じられたその鉄格子の先に立つ彼は、その真っ赤な瞳をこちらに向けていた。
「っ……殿下、どうして」
「ケニスが居ないことを先ず警戒するべきだったろうな。まぁいい……答えろハーヴァー。何故君は元に戻るつもりが無くなった?」
そして私はようやく、今の状況がおかしい事に気が付いた。ここに来たこと自体はまだいい。だが、彼の言う通り本来であれば一緒に居るはずのケニスが、この独房内にも、この監獄内にも居ないのだ。そして、私がもうこの呪いを解くつもりがないことを、リアンは把握しているらしい。
「……何故それを」
「情報の出処などどうでもいい。何故戻るつもりが無くなった? 君は確かに、あの事件の容疑者の一人だった。けれど君が意図してやったことでは無いことくらい分かっている。なら何が君を変えた?」
「それは……」
今の彼に、それを言ってしまって良いのだろうか。あの子が人間では無くなってしまって、私もそんな彼と共に生きることを決めたのだと。この状況で言うには些か不味いだろうと私は口を噤んでしまう。
「……どういうつもりなのか知らないが、少し頭を冷やせ。彼の事もあるだろうに、戻るつもりがない等と。それなら私が君を貰ってしまってもいいんだぞ」
「違っ……彼の事を嫌いになった訳では」
「それなら明日までにどんな理由があるのか説明出来るようにしておけ。残念だが、それなりの理由でない限り君を治す事を止めるつもりはない」
「何故そんな……それまでここに居ろと言うんですか? そんな勝手が許されるはずが」
「この場所なら何も問題は無い。理由をあげるとするのなら……君がグレイと繋がりがあった可能性がある、というのはどうだ? あいつは自ら捕まったと言っていた。ならばあいつに捕らえられていた君も何か関係があると踏んでいいだろう」
今の彼にはもう取り付く島がなかった。それに、確かにグレイはあの時抵抗もせず随分と大人しくしていたが、まさか自らの意思で捕まっただなんて。そうなってくると確かに私の立場は随分と危ういのではないだろうか。
「……殿下、知っていましたか」
「何だ」
「貴方の呪いが出る時の事ですよ。もしかしたら私だからそう見えるのかも知れませんが……瞳が赤くなるんです。今の貴方は、その呪いが出ているようだ」
私の言葉に、彼は少しだけ呆気に取られた表情になる。だが結局、そのまま振り返ってここを出ていこうとする。
「……明日の夜、またここに来る。出来れば君がまた元に戻りたいと言ってくれるのを期待しているよ」
そう言い残し、その鉄扉は固く閉じられてしまった。これは、一体どういうことだろうか。その呪いは国の為になるようにとかけられたもののはずだった。だがそれなら、今回のこれはどこに国の為になる要素があったのだろう。
「やはり本当に危険人物だと思われている……んだろうか。とにかく明日、なんて説明しよう。今のあの人に、あの子のことを言ってしまっていいのか……?」
そもそも、理由を説明したところでここから出して貰えるのかも分からないこの状況は、大分手詰まりと言えるだろう。このまま彼の納得する理由を言えなければどうなってしまうのだろうか。
「……とにかく、どうにかするしかないな。アンブローズを呼べれば一番楽なんだろうが。頼んで呼んでもらえるのか? いざとなったら私が一人で説明するしかないか」
今の状況でもうやれることなどそれしかないだろう。私は諦めてベッドに座ると、手に持った本を読み始める。そこにはこの国が出来た数百年前の事が、まるで御伽噺のように書かれていた。
元々この世界には、神と呼ばれたものが多く存在していたという。決して超常的な存在ではなく、力の強い者、その土地を豊かにし民を従えた偉大な権力者、そして種族の長など。そういった力のある者たちの総称だったらしい。
「女神メティス……魔術と知識を尊びそれを探求していた。眷属を従え、その知識を集めさせていた……メティスの落とし子と呼ばれる。魔術と知識を尊ぶ……まさか、ケニス達の種族がそれなのか?」
彼らは王家のみと関わりがあり、そして魔術と知識を尊ぶ種なのだと言っていた。建国時に祝福を与えたとされる女神の落とし子だと言うのならそれも頷けるだろう。そもそもこの本は表に出されている物ではないらしい。なら何故、私にこれを読ませたのだろう。
「駄目だ、まだ少し頭が混乱する。今日はここに泊まりか……家にあの子が来る予定はなかったが、明日仕事に行かなければ心配するだろうな。あの人の事だから、他の仕事を任せているなどと言いそうだが」
王家にかけられたあの呪いは、一体なんなのだろうか。あまりにも歪なそれは、本当に国の為のものなのだろうか。本を読み進めても、女神やその祝福についての記述は少なかった。結局それ以降この国の歴史や実際に起きた事件の真相などが書かれていて、確かにこれは表に出せないだろうなと思わせるような内容ではあった。
結局やれることも無く、私は六時間ほどかけて何とかこの本を読み終えた。ここの所員はやはり王家の人間の息がかかっているらしく、ただ呼ばれてやって来た私が閉じ込められていることに何の驚きも示さなかった。そして独房と言うには少し豪華すぎるこの場所は、暇以外に不自由なことなど何も無いと言えるだろう。
「……明日も一日ここか。せめてペンと紙でもあればいいんだが、流石に無理か」
私はすぐに本を読み終えてしまったことを後悔した。何せここには時間を潰せるものが何も無い。いつまでここにいるか分からない私が何かを要求した所で通るとも思えず、結局明日の夜までただ思考を巡らせることくらいしか出来ないだろう。
私はそのままベッドに横になり、少し高い位置にある窓から外を眺めた。今は雪も降っておらず、晴れた空に丁度月が浮かんでいた。こんな状況だと言うのにやれることも無いせいか、気付けば私はそのまま意識を手放していた。
真夜中、私はふと目を覚ました。部屋が暗くなり、月明かりにのみ照らされている室内を、少しぼやけた視界で眺める。そして、ベッドの近くに置かれたその椅子に、座っている人影があった。私は急いでベッドから起き上がると、月明かりのみで本を読んでいるその人物を確認する。
プラチナブロンドを月明かりで綺麗に輝かせるその男性は、私が起きたことに気が付くとその綺麗な顔をこちらに向けて来た。
「おはようハーヴァーさん……貴女はイヴ・ハーヴァーさんで間違いない、よね?」
「っ……何故貴方がここにいるんですか」
そんな私の問いかけに。その男性……グレイ・アルストロは静かに微笑んだ。




