【閑話】名前の由来
休日のお話。少し甘めです。
「……難しいな、どうしよう。あまり上手くはまってくれる名前が思い浮かばない」
「はまる名前?」
「いや、何でもないよ。せっかくだし二人にも考えて貰っていいかもしれないね。どうだい?」
翌日、私の家に集まった彼らはすっかり角兎に夢中になっていた。ソファに座って仲良くその背を撫でているアーサーとエドワードを見て、反対側に座っていた私とアンブローズはこの子に付ける名前について考えていた。
「……しろ?」
「え、エドワード君。それはちょっと安直過ぎじゃ……可愛いと思うけど。えっと、ジーニーとかどうですか? 賢い子ですし」
「……っ、わ、私はやっぱりフルーツサンドがいいと思うんですよ! お邪魔します先生!」
裏口が開いた音と共に、ドタドタとリビングへ駆け込んできたエルフィムがそう声を掛けてくる。無事仕事が終わったのか、私の隣に座っているアンブローズを恨めしそうに見ながら一人用の椅子へと座って息をついた。
「……この子達ですね? 初めまして、イヴ先生の助手のミラ・エルフィムと申します。そしてフルーツサンドどうですか、あっ、これは本物ですよ」
「えっと、その、僕はアーサーです、アーサー・プライス……と申します。あ、ありがとうございます、頂きます」
「エドワード・アクロイドです……ありがとうございます」
彼女は手元の袋からフルーツサンドの入った箱を取り出すと、それを素早く二人へと差し出した。それを受け取って食べ始める様子を眺めつつ、私もエルフィムからそれを受け取りながら口を開く。
「まず食べ物の名前から離れないか……? そうだ、仕事はどうだった? 上手くいったか?」
「うーん……実は良く分からなくて。普通にインタビューは出来たんですけど、本当に聞きたかったことが聞けなかったり。記事には問題ないんですけどね」
「珍しいな。あぁ、ありがとうエルフィム。あれ、これ甘くないやつだな……何を企んでるんだい?」
同じようにサンドイッチを受け取ったアンブローズは、それがフルーツではなく甘くない具材だった事に気が付いて少し訝しげに彼女にそう声をかける。食べれない訳ではないが、少し甘い物が苦手な彼に合わせて買ってきてくれたらしい。
「失礼ですね、サンドイッチ専門店だったから色々と買ってきたんですよ。貴方のためじゃないですからね」
「フィー、ありがとう。うーん、でも流石にフルーツサンドが名前じゃな。ジーニーか、なかなか……何となくふんぞり返ってないかその子」
「気に入ってくれたんですかね。えっと、ジーニー?」
賢いと言われたのが嬉しかったのか、嬉しそうにお腹を向けてアーサーの膝の上に寝転がる角兎は、それでもその名前に反応はしないようだった。
「うーん……安直すぎたかな。えっと、何がいいんだろう……」
「……イリス、駄目かな。女の子か分からないけど」
ふとそう声をかけたアンブローズの言葉に角兎がぴょこっと起き上がったかと思うと、そのまま机に飛び乗って反対側に居た彼の膝と乗ってきた。気に入ったのか、彼がそう名前を呼ぶ度に嬉しそうにぴょこぴょことその小さな体を動かしている。
「どこから取ったんだ?」
「……内緒。でもいいだろう? この子も気に入っているみたいだし」
「うわ、私分かっちゃいました。そういうのどうかと思いますよアンブローズさん……いや、気持ちは分かりますけど、本当そういうのどうかと思いますよ」
名前の由来に気が付いたのか、エルフィムは目を細めて彼を睨んだ。まるで意に返さないようにそっぽを向く彼に、同じように意味に気が付いたのか少し焦ったようにアーサーが口を開く。
「あっ……えっと、イリスって、神話の本か何かで見た気がします。お花の名前なんかにもなってて可愛らしいですね」
「そういえば聞いたことがある気がするな……そうか。イリス、気に入ったのか?」
私がそう問いかけると、嬉しそうにこちらを見上げて私の膝に飛び移って来た角兎をそのまま抱き抱えてゆっくりと背を撫でた。すると何故かアーサーとアンブローズが少し微笑ましそうにこちらを眺めてくる。何となく恥ずかしくなって、よく分かっていない様子のアクロイドへとイリスを手渡した。
「……? 匂いが」
「え? あぁ、実はこの腕輪で分からなくなるらしくてね。流石にちょっとどうかと思ったから、止めてもらったんだ。もう匂わない……よな?」
「はい、もう分からないですね。……あ、その、すみません」
今朝、先にやってきていたアンブローズから貰ったこの腕輪には、種族を隠すことの出来る効果があるらしい。そこまで邪魔になるものでもない為付けていたが、本当に効果があるらしかった。だがその事を知らないエルフィムが少し訝しげにこちらを見てくるものだから、少しだけ萎縮してしまったエドワードがそう謝罪の言葉を口にする。
「まぁ何となく分かってますが。私も鼻が良ければ……っ!」
「それはどうなんだ……?」
悔しそうにサンドイッチを頬張る彼女に呆れつつ、私も貰ったフルーツサンドに手をつけた。結局名前の由来が何なのかは分からないままだが、後でまた聞いてみればいいだろう。気付けば随分と賑やかになったこの家での休日は、あっという間に過ぎていった。
「それじゃあお邪魔しました。えっと、所長も、ありがとうございました。お話を聞けて良かったです……!」
「時間があれば仕事の相談なら何時でも乗るから。また遊びにおいで」
「貴方の家じゃないでしょうっ! もう、なんで帰らないんですか!」
「一応俺名義で借りてる場所だからね。先生とはまだ話もあるし」
何故この二人はすぐ火花を散らすのだろうか。喧嘩するほど仲がいいとも言うし、私は特に心配していないけれど、そんな様子を見ていたアーサーが少しだけあたふたしてしまっていた。
「お邪魔しました。次はジェフを連れてきてもいいですか……?」
「彼も随分と忙しいみたいだが、また一緒に遊びに来るといい」
「……俺がいる時にね」
三人を見送る寸前、私にしか聞こえない声で隣に立つアンブローズがそう呟いた。扉が閉まり、二人きりになった玄関で私は彼の言葉に返事をする。
「お前……ほら、戻るぞ。何か話したいことがあったんだろう」
「そうだね、やっと二人きりになれた」
屈託なく笑う彼に小さくため息を着くと、そのままリビングへと戻った私達は先程より少し近い距離でソファへと座った。けれど何故か少しだけ考え込むように悩んだ表情になる彼は、そのまま口を開きかけて閉じてしまう。
「どうした?」
「いや、ちょっとね。話したかったことを話していいか迷ってて」
「なんだ? 何かまずいことでもあるのか」
「まずいことというか……先生、出来ればあの人には会わないで欲しい」
彼の言うあの人とは、きっとリアンのことなのだろう。確かにあの呪いの影響下にあるあの人は危険と言えるかもしれないが、その為にもケニスと共に行動しているはずだった。
「どの道今後の事は話さなくては駄目だろう? お前は会えているんだよな、様子がおかしいのか?」
「いや、そうじゃないんだけど……ちょっと疲れてるようではあるかな。俺が心配なのは、あの人の呪いの出処についてだ」
「出処?」
「……殿下のあの呪いは。国の為なんかじゃなくて、もっと危険なものかもしれない」
何でも私のこの甘い匂いをどうにかする方法をクラウディアに聞きに行った時に、彼女とその呪いをかけたとされる女神についての話をしたのだという。
「それで、その女神の性格が悪いって……いまいちピンと来ない話だな」
「そう言われるとそうなんだけど……って、どうかした?」
話を聞いているうちに彼の肩へと頭を預けた私に、少し驚いたようにそう声を掛けてくる。私もよく分からないまま、何となくそうしたかっただけだった。
「……何となく」
「えっと、先生。もしかして、嫉妬してくれてるのかい?」
「……嫉妬?」
少し複雑そうな、それでも嬉しそうに私の頬をつついてくる。私がその指を掴んで止めると、彼は可笑しそうに笑った。
「先生ってわかりやすいよね、よく表情に出るから。もしかして俺がクラウディアさんに会いに行ったのが嫌だった?」
「私はそんなにわかりやすいのか? 嫉妬だなんて。今更そんなことは、ない……と思う。確かに彼女は美人だし、お前と同じ種族かもしれないが」
そこまで言って、何となく自分が小さな不快感を覚えている事に気が付いた。けれどそれが彼の言う嫉妬などとは思えなかった。
「……なんだ」
「俺結構頑張ってる気がして……よし、夕食は外に行こう。ここだと、少し不味いから」
私に指を掴まれたまま手を握り返して来た彼は困ったような表情でソファから立ち上がった。私も手を引かれて同じように立ち上がると、そのまま玄関にかけられたコートを羽織り家を出た。
「次から図書館には二人で行こう。正直俺が行くより先生が来た方があの人も喜ぶと思うよ」
「そもそもお前はなんでそう足繁く通ってるんだ?」
「あの人しか知らない術式とかがあるからね。魔法なんかも使えるらしい、あれは少し難しくて……先生?」
彼の腕を掴んだ私は、そのまま普段より近い距離で街道を歩いていく。私以外の人に魔術を教わっていると聞いて、またもやもやとした感情が湧き上がってくるような気がした。どの道彼に教えられることなどもうないのだが、教え子が手を離れていくような感覚が私は嫌だと感じているようだった。
「……私の教え子なのに」
「っ……表に出てて良かった。先生、ちょっとそれは……可愛すぎると思う。俺の先生は貴女だけだよ」
「な、それは……年甲斐もなく嫉妬など」
「俺としては、まさか先生がそんな風に思ってくれてるなんて嬉しいだけなんだけどね。先生って案外子供っぽいところあるし、本当に……誰にも渡せないな」
その言葉に、私は少し驚いて顔を上げた。いつもと変わらない笑顔でこちらを見下ろしてくる彼に、何となく油断ならないと感じた。自分でもよく分からない感情でくらくらしそうになる私は何とか話題を変えようと口を開いた。
「そ、そうだ。イリス……角兎の名前、何が由来だったんだ? フィーとプライス君は気付いていたみたいだが」
「気付いてなかったんだね。そういえば花の名前でもあるんだったか……俺の名前もそうらしいから丁度いいかな」
「コリウス? 名前か。……お前まさか」
「気がついた? 家族が増えるだなんて言ってたからいいかなと思ったんだけど……駄目かな」
「……駄目じゃない。はまる名前ってそういう意味だったのか」
彼が付けたあの名前は、私と彼の名前を掛け合わせたものだったらしい。話題を変えたというのにまた恥ずかしくなるような話になってしまい、ようやく辿り着いたレストランを見て私はほっと息をついた。
結局仕事の話をする事になった私達は、呪いの話などすっかり忘れていつも通りの休日を過ごすことになったのだった。
次回から第二話になります。




