叩く者と獣の子(11)
五日ぶりに研究室へと帰ってきた私は、室長机の前で今回のフィールドワークでの結果報告をテオドールへと伝えていた。私の提出した資料を確認する彼はほっとしたように微笑んでこちらを見上げた。
「予定より一日短くなってしまいましたが、資料の方もこれで何とかなると思います」
「はい、お疲れ様でしたハーヴァーさん。魔獣等で色々と大変だったでしょう、無事終わったようで良かったです。明日はゆっくり休んでくださいね」
あの後、無事私達は鉱採種達と交流出来たと言えただろう。相変わらず子供が寄ってきてしまう事もあったが、彼らの暮らしやその性質、今後取引をしていく際に必要であろう物品や通貨関係の確認も何とか済ませることが出来た。
鉱山内も見る機会があったが、彼らの技術は相当なものだった。鉱山資源だけでなく、今後は技術的な交流も増やしていければ良いだろう。その技術は基本的に採掘のみに使われているために、こちらからも技術提供をしていくことも可能だろう。
「あぁ、そういえば。今月末に殿下がお話をとの事です。ハーヴァーさんの研究の件でしょうか、午後空けておくようにと」
「分かりました。仕事……でしょうね。あまりお会い出来ていないのですが、殿下はおかわりありませんか?」
本当は、以前ケニスが時間を取らせるといった私を避ける理由の説明なのだろう。やはり今だに私一人が避けられていることに若干の不安を感じるのは確かだった。今までの事を考えると呪いが原因だと思うのだが、私が立てた予想はあまり信じたくないという気持ちが強かった。
「そうですね、特に身体を壊したりなどはしていませんよ。ですが……ストレスが多そうな日々を送っているみたいです。なかなか良い相手を見つけられないようで、もう表で食事をしたくないと嘆いていました」
「相手、ですか?」
「えぇ、結婚相手を探しているんですよ。今はあの方が次期国王の立場にいますから。後継者の為にも結婚をと……王家の人間としては仕方がないのでしょうが、あの方が結婚だなんて信じられませんよね」
残念ながら、私の予想は正しいかもしれない。あの人が私を避けているのも、ソフィーが言っていた言葉を鵜呑みにするのはどうかと思っていたが。彼女の言う通り、私はきっとその相手としてその血の呪いに選ばれてしまったのだろう。だからこそ、それを分かっていた彼は私を避け、別の相手を探しているのではないだろうか。
「……やはり王家ともなってくると、そういった義務が出てきてしまうんですね」
「そうですねぇ……せめて好きになれる方と結ばれれば良いのですが。グレイ殿下でさえ政略的な婚約者をお持ちでしたから。なんというか、良くも悪くも王家という立場は難儀なものですね……っと、流石にこれ以上はまた所長に怒られてしまいますね、今日は帰ってきたばかりですから、今回は上がってもらって大丈夫ですよ」
話が逸れてしまったことに気付いたテオドールは、そのまま私にそう告げてくる。帰ってきた時間が既に遅かった為、もうすぐ終業時間になる。私はそのまま自分の机に戻って軽く持ち物を整理してから、この研究室を後にした。
「えっ、先生この子を飼うんですか!?」
「あぁ、なかなか人懐っこい子なんだ。何となくこちらの言葉もわかっている気がしないでもないから、手もかからないぞ」
私が今日帰ってくることを知っていたエルフィムが夕食を一緒にとろうと我が家へとやってきて、そのまま私が連れ帰ってきた角兎を膝に乗せながら私にそう問いかけてくる。
「そういえばこの子は名前がないな……いつまでも角兎と呼ぶのは流石に駄目だよな」
「名前……うーん、先生の好きな物とか……フルーツサンド?」
「確かに好きだが……なんで食べ物にしたんだ。というかせめてこう、真っ白だから……うーん。駄目だ、私には名付けの才能がない」
「ここはもう別の人に頼みましょうか……どうせ明日にでもアンブローズさんが来るんでしょう?」
エルフィムの言う通り、明日は朝から彼が家に来るはずだった。今日は流石に疲れているだろうからと、研究所で少し顔を合わせただけで帰ってきたのだ。
「あとはプライス君とアクロイドが……」
「えっ、例の一緒に仕事に行った人達ですか? な、なんでそんな男の子達が遊びに来るんですか!?」
「この子の事が気になるそうだよ。随分と気に入っていたみたいだし、それにアンブローズもいるから……あの二人も私の事情を知っているからな。問題ないだろう」
誰かこの角兎を飼えないかと提案してきた張本人達もやはり気になるようで、色々と角兎用に差し入れを持ってきてくれるらしかった。アンブローズも自分がいれば特に文句も言わないだろう。
「……私も来ます」
「明日は何か用事があるんじゃなかったのか?」
「それはっ、そうですけど……来るったら来ます! 午後から!」
「午前で終わらせるつもりなんだな……その、無理はするなよ? 私はいつ来てくれても構わないから、焦らないようにな」
私がそう言うと、エルフィムは少しだけ嬉しそうに笑ってから、誇らしそうに腕を組んだ。
「実は私、少し偉くなったんですよ! 部下が出来たんです!」
「あぁ、そういえば最近忙しかったみたいだしな……って、余計に仕事は抜けられないんじゃないか?」
「大丈夫です、というか本当は明日休みだったはずなんですよ。でも急にとある方のインタビューを受けることが出来る事になったらしくて」
「とある方?」
「それは……まぁ記事が出てから見てください! 私はインタビューをして後からまとめ記事を書くだけなので明日じゃなくてもいいんですよ。ということで明日午後から絶対来ますから!」
彼女はそう言い終えて残っていた紅茶を飲み干すとそのままソファから立ち上がった。少しだけ悩んだような表情になってから、それを振り払うようにエルフィムは頭を振って荷物を取ると、また明日と元気に家を後にした。
「……なんだ? 私にはお前が何を言いたいのかいまいち分からないんだが……えっと、食べるか?」
ぴょこっと私の膝の上へと飛び乗って移動していた角兎が、私を見上げるとその首を傾げた。基本的に魔獣は雑食のためなんでも食べる。テーブルに置いてあったクッキーを差し出すと、食べはするもののまたこちらを見てその首を傾げてくる。
「んん? うーん……あぁ、撫でて欲しかったのか。はは、可愛いな。早く名前をつけてやりたいが……スノウ、なんて安直か。お前はなんて呼ばれたい?」
冗談のつもりでそう話しかけると、小さく欠伸をしてそのまま膝で寝始めようとしてしまう。やはりエドワードのようにはいかないかと、私は小さくまるまった角兎を抱えて寝室へと向かったのだった。




