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監獄での邂逅(2)

お話が長めです。

「何故かと言われたら……そうだな。これは夢だと思えばいい。私はただ話をしに来たんだよ」


 彼と出会ったのは一度きり。私を連れ去り、大事な教え子や自身の実の弟を殺そうとした彼が確かに私の目の前で悠然と座っていた。独房へと入れられているはずなのにも関わらず、当たり前のように笑顔を崩さないその姿に私は息が詰まった。



「夢なはずがない、一体どうやってここに入ったんですか」


「さて、どうやってだろうね。あぁ、叫んで助けは求めない方がいい。君が妄言を吐いていると思われるだけだよ」


「……話をしに来たんでしたね。私が貴方に何かを教えると思いますか?」


 私は彼を睨みつけたまま、そう言葉を投げかけた。それでも彼は微笑んだまま、少し困ったように笑ってその口を開く。



「随分と嫌われてしまったらしいね。そうだな……君にかけられたその呪いの術式を全て覚えていると言ったらどうかな。知りたくないかい?」


 そんな彼の言葉に、私は目を見開いた。兄弟揃ってこの身体の呪いの事を言ってくるだなんて随分と厄介だ。それにまさか全て覚えているだなんて。だがあれだけ複雑な術式をあの短時間で覚えられるのだろうか。そもそも嘘の可能性も否定できない。だが私の動揺に気が付いた彼は、嬉しそうに笑って言葉を続けた。



「君はその身体を治したいんだったよね?」


「……私がこの身体を治すとしても。貴方の手助けを受けるつもりも、取引をするつもりもありません」


「それならこの情報はリアンに渡すとしようか。今のあの子なら上手く使ってくれるだろう。君を閉じこめる程だ、きっと私の提案を呑むだろうからね」


 微笑みを崩すことなくそういう彼は、一体何をしたいんだろうか。急に現れたかと思えば、私のこの身体の呪いの術式を覚えていると言い始め、更にはそれをリアンとの取引材料にしようなどと。



「……貴方は一体何がしたいんですか」


「まぁ言ってしまうと暇なんだよ。こうして他の独房へ行き来出来ても、今のところ私とソフィーしかここにはいない。そして彼女の入っている檻には……君の大事な教え子が作った術式が張り巡らされている。魔術の介入が出来なくなるものだ。だから話したくても話せないんだよ」


 それが本心だとは思えないが、実際ソフィーとの会話は不可能なのだろう。やはりと言うべきか彼は何かしらの術を使ってこの部屋へとやってきたようだった。そして二転三転する彼の口ぶりはどうにも信用し難いものと言えるだろう。



「……貴方の性格の悪さはわかりました。壁を抜けられるのか何なのかは分かりませんが、それならここから逃げ出すことも出来るのでは?」


「残念ながら移動できるのはこの建物内だけだよ。外には出れないように細工してあるからね……まぁもし出れたとしても出るつもりなんて更々ないけれど」


「何故?」


「出たら追われてしまうからね。それなら一年の刑期を全うした方が妥当だろう?」


 わざと捕まった、と彼は言っていた。それなら何かしらここにいる利点があるのだろう。ただでさえ何を考えているか分からない人物だが、きっとその行動全てに理由があると思った方がいい。



「わざと捕まったんですよね。それなら、実際は彼らを殺すつもりはなかったと?」


「それは言わないでおくよ。君からの評価をこれ以上下げたくないからね。だが、いずれあの子が私を捕まえるとは予想していた。そうあるべきだと思っていたのは事実だ」


「それはどういう……」


 私がそう問いかけるよりも前に、彼は持っていた本を置いて椅子から立ち上がった。そのままベッドに座っていた私を見下ろすと、また綺麗に微笑んでその口を開く。



「ほら、君の質問に答えたんだ。今度はこちらからの質問にも答えてくれるよね?」


 そう言われて、私は彼を質問攻めにしてしまっている事に気がついた。本来であれば話さないことが正しいのだろうが、彼の考えや情報などがあまりにも少な過ぎた。結局私のこの呪についての話を聞いてしまい、口を閉じ損ねてしまっていた。



「……何が聞きたいんですか」


「君は律儀だね、別に大したことは聞かないよ。なんなら世間話でもいい。とりあえずは、君がここに閉じ込められている理由についてかな」


 私の言葉に彼は嬉しそうに笑うと、そのまま私の隣へと座ってきた。妙に近いその距離に若干鳥肌のたった私は急いで身を引く。すると彼は少しだけ不思議そうな表情になる。



「……近いです」


「え? あぁ、そうか。すまない、いつもの癖でね。残念だな、こうすると女性は頬を染めて喜んでくれるんだけど」


「括りが女性なのが非常に不愉快ですね……というか、それは貴方の中身を知らない人のことでしょう?」


「酷い言われようだな。私は国民を愛しているんだ、もちろん君の事も、他の人達の事もね。だから嘘はついていないつもりなんだが……そう睨まないでくれ。冗談だろう? 嘘ではないんだけれどね」


 何となく、この人の性格が分かってきた気がする。とにかく面倒で、厄介で、そしてやはり何も信用出来ない相手だと言えるだろう。冗談っぽく笑う彼は、それでも危険人物である事には変わりない。



「あぁ、話が逸れてしまったね。それで、君はなぜここに閉じ込められているのかな? リアンに連れてこられたのは分かるが、何かやらかしたのかい?」


「……そうですね。あの人の望まない事をしようとして、止められました」


「具体的には?」


「……言いたくないです」


 私がこの身体であることをやめないと知られてしまっまたら、それこそリアンにその呪いの情報を渡すと言って脅されかねない。もしそれが渡ってしまったら、私は無理やり人間に戻されてしまうのではないだろうか。そう考えた私は、結局最初の質問には答えることが出来なかった。



「別に無理には聞かないよ。それなら別の質問だ……リアンに求婚されたんじゃないのかい? 少なくともあの子に欠点などほぼないと言っていいだろう。何故受けなかった?」


「え? いや、そんなことは」


「……されていないのか。あぁ、そうか。君に別の相手がいるんだな。なるほど……それならここに閉じ込められたのも納得だ」


「どういう、意味ですか」


「……そうだな。せっかくだからその彼にも会ってみたい所だよ。君とは違う方法で不死の身体を手に入れたんだろう、あの所長さんは。だからこそもう戻る気はないんだね。確かにそんなことを知られてしまえば、あの子に閉じ込められるのも無理はない」


 壁を通り抜けられるだけでなく、心でも読めるのだろうか。いや、これはある種の誘導なのだろう。質問を受けた時点で、結果など分かりきったものだったのだ。何せ私はわかりやすいらしい。表情や態度、その様子の節々から、彼は相手の考えていることを読むのに長けているのだろう。



「……貴方とまともに会話しようとした私が馬鹿でした」


「そんなことはないよ。正直微妙なところだったんだ。リアンの望まないことと言えば、君がその身体を治さないことだろう。そしてあの子が今は王位を継ぐ立場だからね。結婚相手でも探さなくてはならない頃だろうし、君はあの子の好みだろうから。それなら君を妻に迎えたいと思うだろうけれど、求婚していないとなれば、君には他の相手がいるんだ。あの子も知っている人物の中にね」


「それは……少し非現実的な考えでは?」


「でも当たっていただろう? 唯一外れる可能性があったとしたら、君が全然関係の無い長命の種族と結ばれていること……とかかな。まぁそれも、リアンに会った後にはありえないだろうし。少し経ったこの時期にここに連れてこられたと言うことは……君との関係が深く、そして後天的に不死になった相手。だからこそ、それを知った貴女はそんな彼のために治さないことを決めたんだろう?」


 彼は随分と自分の弟のことを買っているらしい。それとやはり彼は少し常人から外れた思考回路なのだと私は思った。その突飛な考え方や、それでも確実に正解を引いていくその頭脳も。そもそもあの人が私に求婚などしてくるとは思えない。もしあったとしても、それは呪いのせいなのではないだろうか。



「……怖い人ですね貴方は。もうここから出ないで欲しいんですが」


「残念だけどあと九ヶ月程で出所だよ。そうだ、あの子達は元気にしてるかい? 君も会ったことがあるだろう。特にエドワードなんかは……ソフィーに襲われて怖い思いをしただろうから」


 そう言って困ったように笑う彼のその表情に、私は困惑してしまった。それは確かに、自分の大事な部下を思いやる人の顔で。この人は、やはりどこかズレているのでは無いだろうかと私は小さく身震いをした。



「……彼は元気ですよ。最近一緒に仕事に行きましたから」


「それは良かった。あの子はなかなか辛い人生を送っているからね。最初に出会った時も、人攫いに連れていかれそうだったんだ。そして、迷いなく私の手を取るようなその在り方も。あの子が幸せなら何よりだよ」


「……平気で人を殺すような人には見えませんね、きっと今のは本心でしょうに、何故こんな所に入ってるんですか」


 なぜ彼は、このような場所に入れられるような人間になってしまったのだろうか。きっと大切なものを思う気持ちは同じだろうに。呪いにも操られず、その自らの意思で犯罪を犯してきたと聞いていた私にとって、この人が一体どんな人間なのかが分からなくなってしまう。



「それは間違いだよハーヴァーさん。確かに私は悪い人間だ。君だって、私に攫われた事を忘れた訳じゃないだろう?」


「それはそうですが……なら何故貴方はその悪いことをしていたんですか?」


「……きっと、君にもリアンにも分からないだろう。そうだな、王家の呪いについてはもう知っているんだろう? 私はね、一度だけその呪いが出たことがある。確か十の時だったかな。根っからの悪人が国の上層部に居たのを知った私は……彼の首を切り落としたんだよ。それは確かに呪いが原因だった。けれど私は、それを正しい事だと思ったんだ」


 横領や情報漏洩、更には人身売買にまで手を出していたというその官僚を、彼はその悪事を十歳という若さで全て調べ上げ、そして自ら手を下したのだという。本来であればそれを告発してその官僚はお縄にかかるはずだった。けれど、その時初めて呪いの影響が出たのだという。



「呪い自体不安定でね。その人物の人格に依存するのではと言われているんだ。だからこそ、その時から私は危険性のある子供として見られてきた。もちろん私の父と母のみがそう警戒していたんだけど。そうそう、私には妹がいてね。彼女が生まれた理由もそれなんだ」


「……貴方が本当に危険な人物だった時のために、王家としての滑り止めで、ということですか?」


「そうだね。もちろんあの子のことは家族みんな愛していたよ。今の私を見れば分かるだろうが、父上の判断は正しかったと言えるだろう。私は平気で人を殺せてしまう人間だ。もちろん、国の為にならなければそんなことはしないけれど。それでも自分のやっていることは正しいと信じているんだ」


 彼は、きっと本当にそれが正しいと思っているのだろう。確かに、言葉も通じず、平気で犯罪を犯す人間はこの世に多く存在しているだろう。そんな彼らを止めるにも、犠牲が出て、証拠を集め、確実に捕まえられる状態でなくてはならないと言える。そしてそんな彼らも、一度捕まったからといって更生するとは限らない。だからこそ、そんな国を脅かす犯罪者たちを彼は自分の意思で殺してきたのだ。



「……その理屈は分かります。けれど、それを許容してしまっては駄目でしょう。だからこそ、貴方も自分を悪い人間だと言っているんでしょうから」


「君も……ああ、彼(・)女(・)に選ばれた理由が分かったよ。聡明さというのは、いずれ自分の首を締めることになるだろうね」


「彼女?」


 彼は複雑そうな面持ちで私を見ると、ふと、その表情を消す。先程までの笑顔などなかったかのような真面目な様子でその口を開いた。





「……気をつけた方がいい。君は、偶然こんな目にあっている訳じゃない。私が君を見つけたのも、あの子が君を気にかけるのも。全て仕組まれたことだ。その身体の呪(・)い(・)さえもね」

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