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叩く者と獣の子(7)

「本当にすみません……ダナと飲みに行く時は基本私は飲まないのですが、本当に、何とお詫びしたら良いか……」


「いえ……覚えているだけまだ……」


 結局潰れてしまった二人を私とアクロイドが何とか宿まで連れて帰り、次の日朝食を摂りに宿の食堂に向かった私達にばったりと出会(でくわ)したユエンがひたすら頭を下げてきた。



「おはようございます皆さん……あ、昨日結局ご飯行けませんでしたね。今日の夜一緒にどうですか? なんなら今日お休みになっちゃいましたし、お昼からでも大丈夫ですよ!」


「……完全に記憶が飛んでますね」


「ダナ……昨日飲みに行っただろう。お前、結局ワイン一本と麦酒大ジョッキ二杯、カクテル三杯は飲んでたぞ、記憶が飛んでるだけだ」


「……えっ、そんなまさか!? その程度で潰れませんよ……!?」


 もしかして、私にかけられた呪(まじな)いの影響でもあるのかもしれない。綺麗さっぱり昨日の夜の記憶が抜けているようで、当然のようにまた飲みに誘ってくる彼女をユエンが呆れたように止めていた。



「それにしても、私は記憶があるので……その、昨夜は本当に申し訳なかったのですが……ハーヴァーさんは随分とお酒に強いんですね」


「えっ、あぁ……まぁその、体質なんですよ……」


 本当は、アルコールが直ぐに体内で毒素として分解されてしまうので、酔うに酔えないだけなのだが。それのお陰で昨日は何とか乗り切ったと言えるだろう。付き合いとしてだけだったが、それでも確かに私はかなりの量を飲んでいた筈だった。



「うぅ……僕なんて、一杯でふらふらです……」


「無理に飲まなくていいんだぞ? アクロイドも一滴も飲んでなかったし……まだ若いんだ、無理しなくていい」


「で、でも、涼しい顔してお酒を飲める人って、何だか大人って感じでかっこいいじゃないですか……? 憧れます」


 そう言ってちまちまと水を飲みながら、サラダだけを黙々と食べるアーサーがそう言うと、昨夜酔い潰れた大人たちが複雑そうな表情になって食べる手を止めてしまう。やはり酒は程々にしておくべきだなと思いつつ、私も手元の卵料理に手を付け始めた。



「そうでした。今日は朝から森林警備隊が森に入るそうです。かなり敷地が広いですから、今日一日はかかるかと。昨日の魔石も提出しておきましたし、何も無かったとしても夕方頃には情報が入ると思います」


「分かりました。それまでは……何か出来ることなどありますか?」


「そうですね……彼らとの交流も半日しか出来ていないですし、資料をまとめることも出来ないでしょうから……もし良ければ、昨夜のお詫びとしてここの観光でもいかがですか? 温泉などもありますから、是非入って行って下さい」


 確かに、どの道出来ることがないのならそれでもいいかと私は頷いた。一度研究所へと連絡を取って、仕事の確認を終えたら出掛けてみようかと私は考え始める。



「一度研究所へと連絡を取るので、十時頃にまた集まりましょうか。プライス君は仕事は溜まっていないか?」


「僕はマニュアルを覚えてしまったので……本当だったらアヴストさんの手伝いをする予定だったんです。でも研究所に戻らないと出来ないことが多いので、今の所はないですね。もし良ければご一緒させて下さい」


「そうか、それなら一緒に行こう。アクロイドは……護衛の仕事と言っても、流石に今日は休みを貰えるんじゃないか? 休んでいても良いし、余裕があるなら一緒に来るか?」


 私の言葉に、彼は少し悩むようにしてから顔を上げて私を見てくる。そして少し遅れてから口を開いた。



「俺も……一度連絡を取ってみます。ですが……多分今日も護衛としてご一緒するかと」


「護衛としてなのか……中々厳しそうだな、君の所は」


 すると彼は、私の方をじっと見つめてくると少し悩むようにして首を傾げてくる。まさか、私関係でリアンに何か言われているんじゃないだろうかと不安になっていると、先程まで怒られてしょぼくれていたダナが顔を上げて、気を取り直したように私に話しかけてきた。



「ここは食べ歩きも出来るんです。その、お酒は控えますから、一緒にどうですか……?」


「はい、お酒は……飲まないでもらえると助かりますが、それでしたら是非」


「温泉に入るなら、流石にお酒は飲めないですからね……露店で呷るお酒も美味しいんですけど……ご、ごほん。とにかく、それぞれ予定が終わったら集合ですね」


 もう完全に遊びに行く気分らしい彼女は、先程までの大人しさなど一瞬で無くなってしまい、嬉しそうにそう言って食べ終わった食器を持って立ち上がった。



「それじゃあ皆さん、また後で。あ、着替えだけ準備して来てくださいね。お昼から入る温泉って凄く良いんですよ」


「おいダナ……一応仕事時間だから、ある程度そういった話もしておかないと後から上に……あぁ、すみません、私も先に失礼します。また後で、よろしくお願いします」


 そう言って食堂を後にする二人を見送りながら、私達も各々一度部屋に戻ることになった。昨日の鉱採種達の街の様子や暮らし、アーサーから受け取っていた鉱山内写真のデータ等を纏めたものを研究所へと送りつつ、今日は特にやることがなければ企業側の社員の指示に従うようにとの事で、無事私達はこの街を観光することになったのだった。







 少し早めに部屋を出てロビーで少し資料を読んでいる私に、部屋を出たことに気付いたのかエドワードが傍へと歩いてきた。彼も連絡を取り終えたようで、やはりというか制服姿のまま私の斜め前にある椅子へと座ってくる。



「アクロイド、警備隊への連絡はどうだった?」


「……続けて護衛を続けるようにだそうです。貴女の傍から離れないようにと、そう殿下に」


「……そうか。あの人は何を考えているんだろうな、ただの過保護か……それとも」


 やはり、呪いの影響がまだあるのだろうか。私を避けているにしてはいまだに随分と気にかけてくれているようで、エドワードが言った通り私がいるからこそ彼を護衛に付けたのだろう。その呪いの影響も明確ではなく、本人の意思なのかどうかもいまいち分からないままだった。



「……あの子が釘を刺していたが、あれに意味があるんだろうか」


「……ハーヴァーさんは、殿下と仲が良いんですか? サーカス団の一件でも、随分と気にかけていたようでしたから」


「いや、あれは……あの人は私を拾ってくれただけというか。なんて言えばいいんだろうな……」


 彼の兄に誘拐され、その事件に巻き込んだことや私のこの呪いの責任を感じて、仕事をくれたり気にかけてくれていたりしているなどと、そうそう上手く説明出来ることではないだろう。そもそもエドワードにそんな話をしてしまって良いものかと悩んでいると、彼の方から別の質問を投げかけてきた。



「グレイ隊長が捕まってから……あの方が指揮を取るようになって。俺の事も、よく気にかけて下さるんです。きっと隊長に、あの実験施設へとよく連れていかれていたから……貴女も、もしかして俺と同じような境遇なのではないかと、そう思って」


「あぁ、そうか……なるほどな。だから彼と面識があるかどうか聞いてきたのか……あの人とは、一度話しただけだよ。だが……確かにあの人に使われたという点では少し似ているかもしれないな」


 今思うと、グレイに拾われたエドワードのことや、資料があったからとはいえ得体の知れない私の事さえもこうして普通の生活をさせてくれているあの人は、中々に情が深いのかもしれない。そういう相手だからこそ、手元に置いておくのが一番安全だからという事もあるだろうか。



「……グレイ隊長は。出会った時から恐ろしい人でした。本能的にそう感じたのもあります……けれど、国に対する思いは本物で、俺の事も……確かに大切にしてくれていたんです」


「そうか……君は小さい頃から彼を傍で見てきたんだな。私はあまりあの人の人となりを知らないんだ。だが、出会った時は……」


 実の弟や私の教え子、そしてその場にいた部隊員達全員を平気で殺そうとした恐ろしい人物だったと。そう言いかけて私は言葉に詰まった。エドワードは彼の側には付いていないのだと分かっていても、彼にとっては拾って育ててくれた恩人でもあるのだろう。あまりそういった事を言わない方がいいかと迷っていると、彼が小さくその口を開いた。



「……分かっています。あの人は、目的の為なら平気で人を殺せる人です。別に何を聞かされても驚きませんし、ショックも受けません。……どうか教えてください」


「……あの人は私の目の前で、大勢を殺そうとした。何とか止めることは出来たが、それでもかなり危険な状況だった。詳しいことは言えないが……私が知っている彼は、そういう人間だった」


 なるべく要所は伏せつつも、私は彼にそう告げる。本当に驚いた様子はなく、静かに何か思考しているらしく私は彼の続く言葉を待った。



「……そうでしたか。もしかして、あの人が捕まった現場に居たのが貴女だったんでしょうか。何故隊長は貴女を……まさか、貴女のそれに関係が……まるで似たような……その匂いが」


「アクロイド……?」


「っ……いえ、違います、すみません。……そろそろ行きましょう。集合時間ですから、皆降りてくる頃かと」


 彼は椅子から立ち上がると、私が立つのを確認してから宿の前へと向かった。その後に続いて私は先程の言葉について考える。


 彼は一体何を言おうとしていたんだろうか。私のその匂いとは、一体どんなものなのだろう。一体何に似ているというのだろうか。結局考えても分からず、きっと彼に聞くと困らせてしまう事なのだろうと私は一度考えるのをやめた。



 晴れない頭のまま、何とか思考を切り替えようと私は軽く頬を叩く。そして宿の前に集まった彼らと共に、この街の観光へと向かう事になったのだった。

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