叩く者と獣の子(6)
「それでっ……ユエンさんまだお酒返してくれないんですぅ……ひっく……うぅ」
「飲み過ぎですよ……あぁ、スキットルを没収した理由が分かったな……」
所謂飲み屋街へ行かずとも、ここは温泉が有名らしくその手の外食産業が盛んな為、近場にある飲み屋に入った私達は早速酔っ払ったダナに絡まれていた。保護者であるユエンはというと、今回の件で仕事が増えたらしく今も部屋で作業中なのだという。後から向かうと言われたが、彼が来るよりも前に彼女がワインを一本飲みきってしまったのだ。
「お酒を飲みながらお酒の話をするなんて……その、凄い人ですね……あ、お冷頂けますか?」
店員にお冷を人数分頼んだアーサーは、ちまちまと度数の低いカクテルを飲みながら、手元の肉料理をつついている。エドワードは仕事だからと水だけを手に、彼女に泣き付かれている私を少し不憫そうに見つめてきた。
「別に近場なんだ、君も飲んだっていいだろう……」
「……いえ、遠慮しておきます」
「そうですよっ! ここの地酒は美味しいんですよぉ……温泉の香りがするんですから……あれぇ、ハーヴァーさんって、近くで見ると美人さんですね……ふふ……」
「完全に絡み酒だな……ユエンさんが居ないと止められなさそうだ。わっ、ちょ、水を飲んでください……」
彼女がそのまま私の胸元へと抱きついてきたその時、私の右手首が軽く青色に光った。その途端、彼女は突然気絶するように私に倒れかかってくる。
「なっ…………寝てる。まさか……こんな事で発動するのか?」
「ダナさん寝ちゃったんですか……? どうしましょう、ユエンさんもまだ来てないのに……」
そろそろ落ちてもおかしく無さそうだなと思っていたが、まさか彼女が抱きついてくるだけで術式が発動するなんて。吹き飛ばされるようなものじゃなくて良かったと安心しつつ、アンブローズにこれが何なのかを聞いておくべきだったと私はため息をついた。
「すまないが少し連絡をしてくる。一応寝かせておくが、様子を見ててくれ」
「わ、分かりました……あ、ユエンさん。お疲れ様です」
「お疲れ様です皆さん……嘘だろう、もう一本飲んだのか……? あ、そういえば酒を返してなかったな……」
立ち上がったのと同時に、店に入ってきたユエンに軽く挨拶をして私は一度店の外に出た。通話機を取り出して耳元に当てると、一コールで通話相手の声が聞こえてくる。
『 先生、お疲れ様。どうしたんだい?』
「……アンブローズ。お前、この腕の術式の睡眠はいつ解けるんだ?」
『えっ、まさか何かあったのか!? 一時間程度で解けるはずだけど……な、何かされたんじゃ』
「今回一緒になった仕事仲間と食事に来てるんだ。その内の一人が絡み酒が酷くて私に抱きついてきたんだが……こんな事で発動するのかこれは」
『……男の人?』
「女性だよ……なぁ、他の術式は大丈夫だろうな……?」
『良かった……その、だ、大丈夫だよ……多分……せ、先生? 聞こえてる?』
彼の曖昧な言葉に少し頭を抱えていると、丁度飲み屋に入ってこようとしていた大柄の男性二人に私は声をかけられてしまった。酔っているのかその顔を赤くしてこちらへと近付いてくる。
「あれ……? お姉さん綺麗だね。入らないの? 良ければ俺達奢るよ?」
これは、なかなか酷いタイミングだなと私は思う。何となく自分の右腕に恐怖を覚えつつ嫌な予感がしながらも私はその二人へと返事をする。
「すみませんが連れがいるので……あ、触らない方が……」
もう既に何件か飲んで回っているのか、お酒の匂いのする彼らの片割れが私の腕を掴もうとしてくる。多分これは駄目だろうなと、悪い予感通りに私を掴んだ男性がそのまま地面へと倒れ込んだ。
「……アンブローズ、二人目の犠牲者が出たぞ」
『……聞こえてたよ。でも今のは俺は悪くないと思うんだけど』
少し怒ったような口調でそう返事をする彼に、私は小さくため息をついた。そして白目を向いて倒れている男性に、もう一人が急いで駆け寄りながらこちらを見上げてくる。
「な、何しやがった!?」
「何もしてない……とは、言い難いな。これは」
「ハーヴァーさん、何かあったんですか……えっと、何かしたんですか……」
外が騒がしいことに気付いたのか、様子を見に来たエドワードが倒れている男性を見てこちらを見つめてくる。多分私の方が被害者なのだが、彼らの方が酷い目にあっているためにそんな彼の言葉を強く否定出来ないなと私はまたため息をついた。
「……随分と酔っ払っているようですね。警備の者を呼びましょうか」
「なっ……おい起きろ、もう帰るぞっ!」
君が警備の人間だろうと、そう思いつつも口には出さなかった。彼の言葉に、焦ったように倒れた片方の腕を担いで二人組はこの場を去っていく。この辺りではよくある事なのか、道行く人達もあまり気にしていない様子で私は更に頭を抱えた。
「ありがとうアクロイド……すまないがまだ通話中なんだ」
「……終わるまで傍で待機します。俺の事は気にしないで下さい」
私は仕方ないと軽く頷いて、手に持ったままの通話機を再度耳に当てた。
『……先生、その』
「……まぁ今回は助かったよ。飲んだくれの連中だったからな、上手く誤魔化せた」
『飲み屋街にいるのかい……? なんでまたそんな所に』
「いや、宿屋の近くにある店だよ。そもそも温泉街はこんなものだろう……」
『エドワードもちゃんと連れてるんだね。どう? 何だか既に色々と大変そうだけど……フィールドワークは上手くやれてるかい?』
「……それについては明日詳しく伝えるが、もしかすると数日森に入れないかもしれない。この辺りには出ない筈の肉食の魔獣が出たんだ」
『怪我人は……連絡が来てないってことは居ないんだよね。あぁ、さっき報告の資料が届いてたみたいだ……俺も行こうか?』
「……お前は仕事があるだろう。だが、どうしたものかな。明日以降の予定が狂うと中々面倒だ。早くとも明後日には森に入れる可能性もあるが、そうならないと少し困るな」
『そうだね。その辺多分明日企業側からも連絡が来るはずだから、今はゆっくり休んでくれ』
「分かった。どの道アクロイドは五日で戻らないといけないだろうし、代わりに人が……あっ」
『……どうしたんだい先生、まるで嫌な事を思い出したみたいに』
「……帰ったら教えるよ。そうだ、うちは動物を飼っても大丈夫だったよな? 多分家族が増えるだろうから、それだけ伝えておくよ。それじゃあまた明日」
『え? ちょ、ちょっと待って。それってどういうこと? まさか本当に何か拾っちゃったのかい、先生』
「どうせ休みには家に来るだろう? その時まで内緒だ。お前も早めに家に帰れよ、おやすみアンブローズ」
『えぇ……うん、おやすみ先生。また明日』
通話を切った私は、この身体の事がエドワードに知られてしまった事、そして角兎を飼うことになるだろう事など。帰ったら彼にどう説明しようかと悩み始める。すると隣で待機していたエドワードがふとその口を開いた。
「……研究所への連絡、だったんですか?」
「あぁ……まぁそんな所だ。あ、発動条件を聞くのを忘れてたな……」
そういえば、この術の発動条件とは一体何なのだろうか。私が呪詛を受けた時の左腕をエドワードが触っても特に問題はなかった筈だった。すると敵意や害意を持っている者に効くのだろうか。だがそうなるとダナにも発動したのはどういうことだろう。
「また明日聞くしかないか。そろそろ戻ろう、遅いと心配させてしまう」
「……その、アンブローズさんとは、仲が良いんですね」
「え? あぁ、そういえば君も彼を知っているのか。そうだな、長い付き合いだ。……私は、見た目通りの年齢じゃなくてね。彼の何倍も歳上なんだ」
少し不思議そうに首を傾げていた彼に、私は困ったように笑ってそう告げた。既に怪我が簡単に治ることも呪詛すらも効かない事を知られている、態々もう隠し立てする必要も無いだろう。
「……精霊種、なんですか?」
「いや、元人間だ……これは内緒にしてくれよ。あまり大っぴらに出来ないんだ」
「ジェフも……知っているんでしょうか?」
「いや、傷が治ったところは見られたが……そういえば言ってなかったな」
そういえば、私の傷が治ったところをジェフリーは二度も見ていたが結局何も聞かれないままだったなと私は思い出した。敢えて聞かないでくれたのか、それとも忘れているのか。流石に後者はないだろうと思いつつもそれを否定するようにエドワードが口を開く。
「……貴女の怪我について、ジェフに聞いたんです。彼は嘘が下手ですから……多分、傷の事は普通に抜けているだけかと。本人も少し抜けているので」
「……まぁ想像はできるな。思い出さない限りは彼にも言わないでいて欲しい。いや、バレてもおかしくはないんだが……この事を知っているのは、君の所の指揮官とアンブローズ、それに私の所属する部署の研究員と私の友人くらいだ」
「……指揮官、リアン殿下ですか? ……ハーヴァーさんは隊長と……グレイ殿下とも、面識があるんでしょうか」
彼の唐突な言葉に、私は目を見開いた。だが直ぐに、彼はグレイに拾われた子だった事を思い出した。そういえば、彼らの部隊は特殊警備隊のままだった事を思い出し、態々こんなフィールドワークに着いてくるのもおかしいのではないかという考えに至る。まずは彼の質問にどう答えたものかと悩んでいると、店の扉が開いて少し顔を赤くしたアーサーがこちらへと声をかけてきた。
「ハーヴァーさん、エドワード君……その、ユエンさんが話をやめてくれなくて……助けて下さい……」
「まさか二人とも酒が入ると駄目な人だったのか、今戻るよ……アクロイド、その話は後でまた。明日はどうせ休みになる。私も……彼については少し聞いておきたいんだ」
「……分かりました」
私達は一度話を切り上げて店内へと戻る。いつの間にか先に戻ったアーサーを隣に座らせて話し続けているユエンを何とか止めながら、私達は結局彼が潰れるまで付き合うことになったのだった。




