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叩く者と獣の子(5)

「それで、結局鉱採種さん達とお話するばかりになっちゃったんですね」


「……思ったより友好的な種族みたいだ。待機して貰っていた護衛の人達ともいつの間にか仲良くなっていたし、他の種族にそこまで恐怖を抱いてないみたいだったな」


 鉱山から戻ってきたアーサー達と合流した私達は、この街の長だという高齢の鉱採種の男性に挨拶した後、今日は一度街へと帰ることになった。少し日が落ち薄暗くなった山道を歩きながら、お互いの結果を報告し合っていた。



「鉱山の方はどうだったんだ?」


「それが凄かったんです……! キラキラで、広くて……あ、この言い方じゃ分からないですよね……えっと、写真も撮らせて貰えたので、後でお見せしますね!」


 嬉しそうに語るアーサーに明日は私も見せてもらいに行こうかと考えていると、ふとエドワードがその足を止めた。そしてその腰に下げた剣の柄に手を添えると、小さく、それでも通る声で一言呟いた。




「……血の匂いがします」


「な、俺達には分からないぞ……? 兄ちゃん、何の血の匂いか分かるか?」


「……獣の物です。この辺りは肉食の獣は出ないと聞いていましたが」


 私達を守るように、エドワードと護衛の彼らが四方へと立って様子を伺った。すると後方、私やアーサー、そしてエドワードが見つめている方向から微かな唸り声が聞こえてくる。



「……これは不味いな、黒犬だ。こんな場所にいるはずがないんだが。冬だから獲物が減って降りてきたか?」


「黒犬……?」


「あぁ、どこぞのおとぎ話の黒犬(ブラックハウンド)じゃない。その見た目からそう呼ばれてんだ。普段は山奥に住んでる魔獣だが……困ったな、あいつらは触れただけで呪詛みてぇなもんを掛けてくる」


 私の疑問に、護衛の男性の一人がそう答えを返してくる。この辺りでは珍しいようで、彼らも急いで武器を掲げると四方にその目を凝らした。



「……一、二……三匹います。進行方向、二時の方向に一匹、九時の方向に二匹」


「鼻が利くのか何なのかわかんねぇが、了解だ兄ちゃん。全員少し後ろに下がっててくれ。後は俺らで何とかする」


 その言葉に頷いて、私達はゆっくりと後ろへと下がった。なるべくアーサー達を庇うように私が九時の方向を見やると、その先には確かに四つ、赤く光る目が浮かんでいた。



「……来ます」


 彼の言葉と同時に、三匹が同時に彼らへと飛びかかってくる。何故か護衛の一人に見向きもせず、私達の方向へと走ってくるその一匹の黒犬の首が目の前で飛んだ。その勢いのままその身体だけが私達の目の前へと倒れ込んでくる。



「っ……も、もしかしてこの子がいるからですか!?」


 アーサーの抱えていた角兎に目をつけたのか、仲間を殺された黒犬達は一度身を引いたものの、警戒しながらこちらへとにじり寄ってくる。先程首を切り落としたのだろうエドワードが後ろへと下がりつつ、私達を守るように立ち塞がった。



「プライス君、その子を私に」


「え、わ、分かりました」


 ぷるぷると怯えたように震える角兎を私は抱きしめてゆっくりと撫でる。そして既に魔石に変わった黒犬の居た方向へとそのまま少しずつ歩いていく。



「大丈夫だ、お前は私が守るよ……こちらを狙うなら、集中させた方がいいだろう。ユエンさん達は少し私から離れてください。アクロイド、頼めるか?」


「……はい、分かりました」


 私が角兎を抱えて少し離れたことを見ていた黒犬達は、こちらへと視線を向けてくる。その間に立つようにして護衛である彼らもそちらへと武器を向けた。そして私が更に後ろへと下がろうとしたその時、残りの二匹が飛びかかって来た。



「……へっ、この人数相手に飛びかかってくるなんて、命知らずだな」


 そんな声と同時に、黒犬の断末魔が小さく響いた。一匹は首を、もう一匹は真っ二つに切り裂かれ絶命した――筈(・)だ(・)っ(・)た(・)。今度はユエン達が雇った護衛が切り落とした首が、その勢いのままこちらへと飛んできてしまった。私はそれを角兎を庇うようにして左腕で跳ね除ける。



「……な、嬢ちゃん、大丈夫か!?」


「わ、私は平気です……首が飛んできただけですから。無事避けれましたし」


 私はそう嘘を付き、びりびりと痛みの走る左腕を確認する。直接触ったわけでもなければ、切り落とした筈のその首ですら呪詛はかかってしまうらしい。その体が魔石に変わるまでは油断は出来ないのだと私はその危険性を改めて理解する。



「……ハーヴァーさん」


「アクロイド……っ、な、何だ?」


「……いえ、行きましょう。急いでここを出た方がいい。明日は森林警備隊に連絡をして、鉱山には向かわない方がいいでしょう」


 私の左手を取った彼は、まだ治りきっていない私の腕を軽く掴んだ。小さく走る痛みに私が表情を歪めると、そのまま急いで振り返る。彼は全員にそう言葉を告げると、急いで森を出るようにと促した。



「そうですね、急いで戻りましょう。明日以降については帰ってから相談という形になります……まずはここを出なくては」


 ユエンが彼の言葉に頷いて、怯えていたダナを安心させるようにその手を取って指示を出す。確かにこのままここにに居続けるのは危険だろう。私もまだ少し怯えたように立ち尽くすアーサーに角兎を持たせて、落ちた魔石を三つ拾ってから彼の背中を押すようにしてこの場を後にした。











「……はい、黒犬と呼ばれる魔獣が出ました。降りてきたようです。はい、三匹、証拠の魔石もこちらに。はい、明日にでも、よろしくお願いします」


 宿に辿り着いた私達は、一階にある休憩所で一度今後についての話し合いの為に集まっていた。護衛をしていた彼らは一度自分たちの仕事場へと戻り、黒犬が出たことについてを説明すると帰っていった。ユエンも直ぐに森林警備隊へと連絡を取り、通話を終えるとこちらへと振り返って口を開く。



「明日は森へは行かないようにとの事です。本来なら現れないような魔獣が出たということで、一度森に警備の者が入るそうで……少なくとも明日一日はお休みになります。皆さんも今日は早めに休んでください」


 彼の言葉に私達は頷くと、そのまま今日は解散になった。そのまま部屋へと戻っていく彼らを見送って、私も一度休憩しようと膝に乗っていた角兎を抱えて席を立ち上がろうとした時、まだ残っていたエドワードが声を掛けてくる。



「……左腕を見せてください」


「……アクロイド、やはり見ていたんだな。何とか彼らは誤魔化せたんだけどな」


 私の言葉に、彼は少し咎めるように目を細めてこちらを見てくる。何となく狼に睨まれたような気分になった私は、大人しくそのまま椅子へと座り直して左腕の袖を捲って彼に見せた。



「……消えていますね。全(・)て(・)」


「そういう体質なんだ……こう、人より魔力が多いから……って言っても納得出来ないか」


 人より魔力が多いからと言って、呪詛が無くなるわけではない。きっとあの黒犬が残したのは、かけられた相手が少しずつ衰弱して死に至るものなのだろう。だからこそ余計に、私のこの治り方は普通ではなかった。



「……傷も、ないんですね。貴女は……その、人間とは少し違った匂(・)い(・)がするので」


「……まさか、だからあまり驚かなかったのか。というか、傷って……そもそも私も匂いが違うのか?」


 そういえば、彼は獣人特有の鼻の良さで、種族等の匂いを嗅ぎ分けられるのだと以前聞いたことを思い出した。まさかケニスだけではなく、私までもが人間とは違う匂いがするなんて。そもそも彼の言っている傷とは、一体なんの事なのだろうか。



「……血の匂いがしたんです。確かに、床にも血痕があって。ですが誰も怪我をしていないと……けれど貴女の左腕だけが、確認出来ませんでした」


 彼の言っているのは、以前彼がソフィーに連れ去られた時の事だろう。無意識のうちに誰かを傷付けてしまった事を知られないようにと隠していたが、血の匂いで直ぐに気付いてしまったらしい。いつの間にか確認していたらしく、私が彼に見られないようにと隠していた左腕だけ確認できなかったのだという。



「……そういえば、やたらと左腕を気にしていたのはそれのせいだったのか。首の傷も気になっていたようだったし……匂いに気付いたのは何時だ?」


「……お礼を言いに行った時からです」


「かなり前じゃないか……その、なんだ。変な匂いがするんじゃ……ないよな?」


 流石に自分で自分の匂いを嗅いでも、洗髪剤の匂いくらいしか分からなかった。もしかしてこの体は嫌な匂いがするんじゃなかろうかと不安になったが、それに気付いたらしい彼は少し焦ったようにして口を開く。



「す、すみません……女性にそのような事を言うなと……ジェフに、言われたばかりでした。その、変な匂いがする訳ではなく……どちらかというと、甘(・)い(・)……匂いが……」


「甘い? 何故そんな匂いが……魔力自体にそんな匂いがあるものなのか……? だがそれでは嗅ぎ分けることなど……いや、ケニス達の種族はどうなんだろうか、鉱採種達も……」


 私は何故そんな匂いがするのだろうと考え始めていると、何故か少しだけ俯いてしまった彼がそのまま小さく私の疑問に答えてくれる。



「匂いは……その種族特有のものです。鉱採種は鉄や土、あの男性からは……そういえば、まるで冬のような匂いがすると思っていましたが……薄らと、同じ甘い匂いがしました」


「私が彼らと同じ匂いがする? どういう事だ……」


 そういえば、私のこの呪いには彼らの種族が書いた魔術書の術式も含まれていた筈だった。もしかするとそれが関係しているのかもしれないと私は何となく納得する。そんな時、私の膝に乗っていた角兎がそのまま飛び跳ねて、俯いていた彼の膝へと飛び移った。



「……? どうした。えっと……いや、そうじゃなくて」


 彼の膝の上でぴょこぴょこと動く角兎を見て、彼は困ったようにそう呟く。まるで会話しているみたいだと思ってふと私は彼に問いかけた。



「……まさかその子の言いたいことが分かるのか?」


「いえ、この子は……表情が豊かなので、何となくですが……」



「……あれ? お二人共、まだここに居たんですか? 部屋をノックしても居なかったようなので探しに来たんです。すっかりエドワード君に懐いてますね、その子」


 そう言って、私達へと声をかけてきたアーサーはエドワードの隣の椅子へと座ると、角兎を撫でながら嬉しそうに笑った。



「今日はここでこの子も預かってもらえるそうで良かったです。……あ、そうでした。ダナさんが一緒にご飯を食べに行きませんかってお誘いに来たんです。二人とも一緒にどうですか?」


「あぁ、黒犬の件があって有耶無耶になっていたが……そうだな、行こうか」


「俺も……外に出る際は護衛としての仕事がありますので」



 私達は席を立つと、一度受付で角兎を預けてから部屋へと戻って外出の為の準備をしてから、表で待っていたダナと共に近場へと繰り出したのだった。

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