第16話「メイクは魔法」
子どもたちに囲まれて、美玲はまだ笑っている。
大学にいる時とは、ずいぶん違う。
そう思って見ていると、一人の女の子が海斗に気づいた。
「お兄ちゃん、何してるの?」
その声に、美玲が振り返る。
目が合った。
「……え?」
美玲の顔から笑顔が消える。
「なんでいるの?」
「たまたま通った」
「こんなところを?」
「歩いてたらここまで来た」
美玲は怪しむように海斗を見る。
「何それ」
「美玲ちゃん、この人だれ?」
女の子が海斗を見上げる。
「大学の人」
「友達?」
「違う」
即答だった。
「おい」
「だって友達じゃないでしょ」
「まあ、そうだけど」
女の子が二人の顔を交互に見る。
「彼氏?」
「もっと、違う!」
今度はさっきより大きな声だった。
海斗は思わず笑う。
「何笑ってんのよ」
「いや、別に」
「美玲ちゃん、顔赤い」
女の子たちが笑い出す。
「赤くない! もう! ほら、次誰?」
美玲は誤魔化すように化粧品を並べ直した。
海斗はその手元を見る。
ケースに入ったアイシャドウ。
リップ。
チーク。
どれも見慣れた化粧品より、ずいぶん小さい。
「それ、子ども用?」
「そう。水で落とせるやつ」
美玲はリップを一本取り出した。
「普通の化粧品は使えないから。私が持ってきてるの」
「いつも来てんの?」
「うん。お母さんと」
美玲が少し離れたところを見る。
椅子に座った女の子の髪を、一人の女性が切っていた。
美玲より少し柔らかい顔立ちで、大人なのにどこか可愛らしい雰囲気がある。
「雰囲気似てるな」
「そう?」
「お母さん、美容師なの。地域のボランティアで、月に一回来てるの」
「昔から?」
「うん。私も小さい頃からついてきてた。お母さんが髪切って、私はメイクしてあげるの」
「へえ」
美玲は並べた化粧品を見ながら、ふっと笑った。
「私がメイクやりたいって思ったのも、小さい頃なんだよね」
「そうなの?」
「うん。テレビでやってたの。街の女の人をメイクで変身させるやつ」
まだ小さかった頃。
美玲には、毎週楽しみにしていたテレビ番組があった。
街で声をかけた女性を、プロのメイクアップアーティストが綺麗に変身させる企画。
「さあ、奥様を輝かせるわよ!」
明るい声でそう言って、メイクアップアーティストが女性の顔に色を重ねていく。
アイシャドウ。
マスカラ。
チーク。
シェーディング。
ハイライト。
使っているものは、美玲にはまだよく分からなかった。
けれど、色を選んで、少しずつ顔が変わっていくのが魔法みたいだった。
そして最後に、鏡が渡される。
「ほら、ご覧なさい」
女性が鏡を覗き込む。
「うわぁ……私じゃないみたい!」
その瞬間、女性の顔がぱっと明るくなる。
美玲は、その笑顔を見るのが何より好きだった。
「メイクはね、別の誰かになるためのものじゃないの。その人が持ってる綺麗を、もっと輝かせるものなのよ」
そして決まって、最後に笑う。
「いつまでも可愛く! これがアタシのモットーよ!」
テレビの前で、美玲は目を輝かせていた。
「お母さん!」
「なあに?」
「私、大きくなったらメイクする人になる!」
母は驚くこともなく、笑った。
「うん。美玲ならなれるよ」
それからずっと、美玲はメイクが好きだった。
「――で、今もやってるってわけ」
美玲は何でもないことみたいに言って、アイシャドウを手に取った。
「美玲ちゃん!」
「今度は何?」
「これがいい!」
女の子がオレンジ色のアイシャドウを指さす。
美玲はその子の顔を見る。
「んー」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど、こっちの水色が似合うと思う」
美玲が別の色を手に取った。
「こっち?」
「うん。絶対可愛い」
「ほんと?」
「ほんと。美玲ちゃんを信じなさい」
「じゃあ、それ!」
女の子が嬉しそうに目を閉じる。
美玲は笑って、ブラシを手に取った。
海斗は黙ってその様子を見ていた。
「……全員に似合うやつ選んでんの?」
「当たり前でしょ」
美玲は女の子の瞼に、そっと色をのせる。
「好きな色が似合うとは限らないし。でも、好きな色も使いたいじゃん。だからその子に合うようにするの」
「ふーん」
「メイクって、別の誰かになるためのものじゃないから」
海斗が美玲を見る。
美玲は鏡を女の子に渡した。
「はい、できた」
女の子が鏡を覗く。
ぱっと顔が明るくなった。
「可愛い!」
「うん、とっても可愛い」
美玲も嬉しそうに笑った。
小さい頃、美玲がテレビで見ていたのと同じ笑顔だった。
「だから私、可愛いもの好きなの」
海斗は何も言わなかった。
最初に会った日のことを思い出していた。
『私も撮っていいよ?』
自分が可愛いから、撮られて当然だと思っている女。
そう思った。
けれど、美玲は自分だけを可愛いと思っているわけじゃなかった。
あの子も、この子も。
似合う色も、似合う髪型も違うのに、みんな可愛いと本気で思っている。
――こいつ、こういうやつだったのか。
美玲は次の女の子を椅子に座らせる。
「じゃ、何色にする?」
「美玲ちゃんと同じ!」
「またそれ?」
「だって美玲ちゃん可愛いもん」
「それは知ってる」
「自分で言った!」
子どもたちが笑う。
「本当なんだからいいでしょ」
海斗も小さく笑った。
「……やっぱそこは変わんねぇのな」
「何か言った?」
美玲が不満そうに海斗を見る。
「いや、なんでもない」
その顔を見ながら、海斗は思った。
俺はこいつのことを、
ちゃんと分かってなかった。
――もっと知りたい。
初めて、そう思った。




