第15話「撮るつもりじゃなかった」
海斗はカメラを肩にかけたまま、街を歩いていた。
何を撮るかは決めていない。
テーマは『美しい』。
花。
街並み。
夕焼け。
人。
撮ろうと思えば、いくらでもある。
けれど、どれもカメラを向ける気にならなかった。
「……美しいって、なんだよ」
自分で呟いて、馬鹿らしくなる。
綺麗なものなら、いくらでもある。
莉央だって綺麗だった。
華やかで、写真映えもする。
中庭で最初に撮った時は、そのままコンクールに出してもいいと思っていた。
なのに、今は違う。
何が違うのか、自分でも分からない。
海斗は立ち止まり、辺りを見回した。
いつの間にか、大学からずいぶん離れたところまで来ていた。
住宅街の中を歩いていると、少し先に低い建物が見える。
庭のような場所から、子どもたちの声が聞こえてきた。
「美玲ちゃんと同じのがいい!」
聞き覚えのある名前に、海斗の足が止まった。
「……え?」
門の向こう。
何人かの子どもたちが集まっている。
その真ん中に、美玲がいた。
「何してんだ、あいつ」
いつもの大学とは少し違う。
髪は簡単にまとめていて、服も動きやすそうな格好をしている。
目の前には、小さな女の子。
美玲はその子の顔を覗き込みながら、小さなブラシを動かしていた。
「目、閉じて」
「こう?」
「そうそう。動かないでね」
女の子がぎゅっと目を閉じる。
「力入れすぎ。もっと普通でいいの」
「むずかしい!」
「ふふっ」
美玲が笑った。
海斗は、門の外に立ったままその姿を見る。
大学で見る美玲は、いつも自分がどう見えるかを気にしている。
髪。
メイク。
服。
「私、可愛いでしょ?」
平気な顔でそう言う女。
なのに今は、自分の顔なんて気にしていない。
「できた」
美玲が手鏡を女の子に渡した。
女の子が自分の顔を見る。
「わあ!」
「可愛いでしょ?」
美玲が嬉しそうに笑った。
「うん!」
その笑顔を見た瞬間。
海斗の手が、無意識にカメラへ伸びた。
ファインダーを覗く。
女の子と一緒に鏡を見ながら笑っている美玲。
髪も完璧じゃない。
カメラが向いていることにも気づいていない。
ポーズも取っていない。
海斗はシャッターに指を置いた。
カシャ。
小さな音がした。
撮ってから、気づく。
「……何やってんだ、俺」
撮るつもりなんてなかった。
そもそも、美玲を撮りに来たわけでもない。
海斗はカメラの画面を見る。
そこには、女の子の隣で笑う美玲が写っていた。
「美玲ちゃん、次わたし!」
「待って。順番!」
「美玲ちゃんと同じのがいい!」
「私はお姫様みたいにして!」
「私、ピンク!」
「はいはい。順番ね。ちゃんとみんな可愛くしてあげるから」
「早くー!」
「待ちなさいって」
子どもたちに囲まれて、美玲が笑っている。
海斗はカメラの画面を見る。
そこには、女の子の隣で笑う美玲が写っていた。
「……こんな顔、すんのかよ」
海斗はカメラを下ろしたまま、その姿を見ていた。




