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アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
1章 氷の令嬢はわたしの浄化なしでは生きていけない

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第8話 お弁当

 次の日の朝、キッチンに、小気味よい音が響く。タレに浸した鶏もも肉を油の中に入れると、ジュワッと活きのいい音が鳴り、香ばしい匂いが広がった。わたしはスマートフォンでタイマーをセットして、いつもの癖でSNSをチェックする。ダンジョンや探索者(シーカー)の情報をSNSで収集するのが基本だった。手軽にパパっと確認できるというのもあるけど、やっぱりSNSの情報は鮮度が高い。リアルタイムで探索者達が発信するから、ダンジョンの今が分かる。と言っても、Fランクのわたしがそんなことを知ったところで、全く活かせないんだけどね。これはわたしの趣味に近いかもしれない。トレンドには、相変わらずアークライトインダストリーの文字。昨日の配信で、魔力回復薬『アストラルブースター』がお披露目されたらしい。


「評判、すごいなぁ……。株価もストップ高かぁ」


 画面の中では、薬を飲んだ探索者達が、目に見えて動きを速めている。この薬があったら、わたし、いらなくなっちゃうのかな……。ふとよぎった不安を、唐揚げをバットに乗せる音でかき消した。


「おはよう、優奈。朝からいい匂いだね」


 リビングに現れた玲香さんが、寝癖のついた銀髪を揺らしながらわたしの手元を覗き込む。


「おはようございます。これはお弁当用です。今日は少し遠出するって聞いたので、気合を入れて作っちゃいました」


「ダンジョンでお手製のお弁当が食べれるなんて……。ありがとう、今日の探索がすごく楽しみだ」


 玲香さんに喜んでもらえた。彼女の柔らかな微笑みに、胸の奥が温かくなる。


「えへへ……。そうだ、朝ごはん準備しますね」


 お弁当箱に料理を詰めた後、朝食の準備を始める。目玉焼きとトーストを出して、コップにオレンジジュースを注ぐ。


「今日は探索者達の砦(シーカーズフォート)に行こうと思う」


探索者達の砦(シーカーズフォート)ということは二層目に行くってことですよね? わたし二層目には行ったことがなくて……」


 探索者達の砦(シーカーズフォート)は二層目へ続く大穴前にある探索者のための拠点だ。


「大丈夫。本格的に二層目に行こうとは思っていなくて、今回は下見程度だよ。優奈への負担も未知数だしね」


 ダンジョンは下へ向かうほど、空間に漂う魔力が濃くなる。低ランクの探索者は濃い魔力を処理しきれずに、めまい、頭痛や呼吸困難といった症状がでるのだ。なので、わたしみたいなFランク探索者は実力不足以前にダンジョンを深く潜れない。本来玲香さんならもっと深い層を探索できるし、したいはずなのに、わたしが彼女の足かせになってしまっているのだ。


「すみません……」


「ゆっくり、進めていけばいいさ」


 玲香さんは優しく微笑んでくれたけど、彼女の優しさに甘えていてはダメだ。Sランク探索者を支えられるようなサポーターにならないと! とは思っても、わたしができることって料理位だよね……。あとは、マッサージとか? わたしって本当になにもできないよね……。まぁ、くよくよしても仕方がない。自分なりのやりかたで玲香さんをサポートしよう。そう決意して、わたし達はゲートへ向かうのであった。


◇◇◇


 ゲートを通ってダンジョンへやってきた。玲香さんとこの景色を見るのも大分慣れた気がする。


「配信は開始しないんですか?」


 いつもなら、ミシャに指示するはずなのにそれがない。不思議に思って聞いてみる。


「ああ。今日は取れ高がほぼないだろうしね」


 玲香さんはそう言って、いつもと違う方角へ歩き始めた。彼女の行先に心当たりがあったので、ああ、なるほどと納得する。幻想的な水晶の森を歩いていると、巨大なコンクリートの建造物見えてきた。殺風景なプラットフォームに警備兵が立ち並ぶ物々しい雰囲気だ。コンクリートの階段を降りて底にたどり着くと、轟音を立てて鋼鉄の塊が滑り込んでくる。ダンジョン内を走る輸送用列車、魔導列車(マナトレイン)だ。


「ここから列車に乗るよ。荷物の積み込みの間に乗り込もう」


 玲香さんに促され、わたし達はガランとしたコンテナ車両に乗り込んだ。薄暗い車内には、既に数人の探索者が座っていた。その中の一人と目が合った瞬間、わたしの心臓が嫌な音を立てた。


「なーんか、見た顔がいるなぁと思ったら、うちをクビになった歩くモバイルバッテリーじゃねぇか」


 人を見下したような態度で粘りつくような嫌な声。そこにいたのは、アークライトの幹部、葉山大樹(はやまだいき)さん。大柄なこの男性はダンジョン探索では神崎さんに代わってリーダーを務めることもある実力者だった。


「お、お久しぶりです、葉山さん……」


 葉山さんは意地の悪い笑顔を浮かべながら、近づいてきた。


「最近、大活躍らしいなぁ。Sランク様のペットになって」


「あはは……。お陰様で」


 じわりと嫌な汗が背中を伝う。葉山さんと話していると過去のトラウマがフラッシュバックする。何度も役立たずだと罵倒された。それも皆のいる前で見せしめのように。時には蹴られたり、物を投げつけられたりした。足が震えそうになった時、わたしの前にスッと玲香さんが立つ。


「私のパートナーに何か用か?」


 氷の刃のような声。玲香さんの背中に守られ、わたしはようやく息ができた。


「元部下だったよしみで挨拶しただけっすよ。それより氷室さんこれ知っています? 我が社の新商品アストラルブースター」


 葉山さんはわざとらしく媚びた笑みを浮かべ、褐色の小瓶を差し出した。


「知らないな」


「それは勿体ない。これさえあれば、そこのゴミみたいなサポーターなんて用済みですよ。一瞬で魔力が全快する、夢の薬だ。一度試してみませんか?」


 用済みという言葉にビクッと体が強張った。アストラルブースターがあれば玲香さんの魔力は回復するのだから、わざわざわたしの副作用有のスキルに頼る必要がないのだ。そしたら、わたしの存在価値って……。


「……そんな怪しい薬は必要ない。私は、優奈を信頼している」


「そうですか。……せいぜい、そのポンコツに足元をすくわれないよう気をつけてくださいよ。へへっ」


 葉山さんは馬鹿にするような笑い声を上げ、奥の身内達の輪に戻っていった。


「玲香さん、本当に良かったんですか? あの薬を使えば、わたしなんて……」


 心臓がドキッとする。わたしの口に指をあてられ言葉を遮られてしまった。


「それ以上言うのは禁止」


 わたしがコクコクと首を縦に振ると、玲香さんは指を離す。それっきり、わたし達は会話をせず静かにしていた。普段なら何か話さないとって思って気まずいところだけど、玲香さんといる時はこうした沈黙も不思議と心地よく感じられた。


『まもなく探索者達の砦(シーカーズフォート)に到着、まもなく探索者達の砦(シーカーズフォート)に到着』


 車内放送後、魔導列車(マナトレイン)が目的地へ到着した。空気が抜ける音と同時にドアが左右に開く。


「さぁ、いこうか」


 列車から降りて、わたし達はホームの階段を上って地上に出る。うす暗い空の下、鋼鉄の街が広がる。探索者達の砦(シーカーズフォート)、ここは探索者達の前線基地なのだ。地面、建物、全てが鉄板に覆われ、遠くに見える巨大な金属の壁がぐるりと街全体を囲っていた。まるで、要塞のような造りは、モンスターの侵攻を防ぐ。わたし達は、二層への扉が開くまでの間、休憩スペースで待機することにした。


「玲香さん、二層へ行く前にお昼にしませんか? 体力をつけておいた方がいいと思うんです」


「そうだね。優奈の唐揚げ、楽しみにしていたんだ」


 玲香さんが隣で目を細める。わたしは少し誇らしい気持ちで、リュックから大切に持ってきた二段重ねのお弁当箱を取り出した。蓋を開けると、食欲をそそる醤油と生姜の香りが、冷たい砦の中にふわりと広がった。黄金色に揚がった唐揚げ、彩りの卵焼き。朝から一生懸命作った、わたしの真心そのものだ。


「わあ……。本当に美味しそうだ」


「えへへ、どうぞ。玲香さんの分はこっちに――」


 割り箸を渡そうとした、その時ミシャから報告があった。


『お食事中失礼いたします。優奈様の二層目への立入申請が受理されていません。玲香様、受付までお越しください』


 ミシャからの報告に、玲香さんが眉を寄せた。


「すまない、優奈。代表者としての申請を忘れていた。すぐ戻るから、待っていてくれるかい?」


 二層目へ行くにはランク制限がかかる。具体的に言うと、Fランクは単独ではいけないけど、パーティーを組んでいたら問題ないといったものだ。探索者の安全措置とはいえ、それだけわたしと玲香さんの間には実力差があるということを実感する。もう少しランクが高ければ、こんな申請なんていらないのに。


「あ、はい! 大丈夫です。お弁当は冷めないようにしておきますね」


 玲香さんを見送り、わたしはお弁当箱を膝の上で大切に抱えた。早く玲香さんに食べてもらいたいな。そんなことを考えていた、その時。


「――げっ。何だその貧乏臭い匂いは。ダンジョンの中でピクニックごっこか?」


 鼓膜に張り付くような、再びあの嫌な声。見上げると、葉山さんが数人の部下を連れて、ニヤニヤとこちらを見下ろしていた。手にはさっきのアストラルブースターの小瓶が握られている。


「あ、葉山さん……。これは、その、玲香さんのサポートとして……」


「サポートぉ? 笑わせんな。お前の作った脂っこい肉が、魔力回復に一ミリでも役に立つのかよ」


 葉山さんはズカズカと土足でわたしの目の前にに踏み込んでくると、あざ笑うようにわたしのお弁当を指差した。


「いいか。一流の探索者ってのは、効率を食うんだ。こんな出処の知れないゴミを腹に入れて、もし戦闘中に胃もたれでもしたらどうするんだ? お前、責任取れんのか?」


「それは……でも、ちゃんと栄養も考えて……」


「黙れよ。今の氷室さんに必要なのは、そんなまどろっこしいモンじゃねえ。……ほらよ、こいつを試させてやるよ」


 葉山さんはそう言うと、持っていた薬の瓶の栓を抜いた。嫌な予感がして、お弁当箱を引っ込めようとしたけれど、それよりも彼の手が動く方が早かった。


「おっと、手が滑ったわ」


 わざとらしい声と共に、瓶の中のどろりとした紫色の液体が、色鮮やかなお弁当の上にぶちまけられ、ツンと鼻を突く薬品の匂いが立ち込める。黄金色の唐揚げも、彩りの卵焼きも、真っ白なご飯も。すべてがどす黒い液体に浸かり、無残な姿に変わっていく。


「あ…………っ」


「ははは! 悪ぃ悪ぃ。でも、これでそのただの肉も魔力回復薬漬けの特効薬に早変わりだ。感謝しろよ、桜」


 葉山さんの取り巻きたちが、ドッと下品な笑い声を上げる。目の前が、怒りと悲しみで真っ暗になった。早起きして、玲香さんの喜ぶ顔を想像して、一生懸命作ったのに。それを、こんな、汚らしい液体で……。


「……ひど、い……」


 わたしの指先が、怒りと悲しみでガタガタと震え始めた。こんな惨めな自分が悔しくて……! わたしが俯いていると、いつの間にか笑い声が消えていた。それどころか、周囲の喧騒すら聞こえない。不思議に思って、恐る恐る頭を上げると、葉山さんが呆然とした表情で固まっていた。そして、他の人達も同じようにある方向を向いて何かを凝視している。


――キィィィィィン……ッ!!


 空気が凍る音がした。パキっ、パキっとガラスを踏み潰すような音と共に、周囲の気温が氷点下まで一気に叩き落される。


「あ……」


 横を振り向くと、そこには冷気と殺気をまき散らし、周囲を威圧しながら歩く玲香さんがいた。顔は無表情なのに、一目見ただけでまるで修羅の如く彼女が怒っているのが分かった。


「お前達……。優奈に、何をしている」


 玲香さんはこれまで聞いたこともないほど低く、地獄の底から響くような声を発したのだった。

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