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アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
2章 極楽浄土に君臨せし破壊の修羅

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第53話 激突する修羅の爪牙

 ネオンブルーの光帯が弾け、視界が一気に開ける。 正面を見据える私の視界に飛び込んできたのは、準決勝までとは比較にならないほど膨れ上がった膨大なアバターの群れと、耳が聞こえなくなるほどの絶叫、そして視界を埋め尽くすサイリウムの光の海だった。


「ついにここまで来たわね、玲香さん」


 隣に立つ望愛が低く澄んだ声を紡ぐ。彼女を包む魔力は、かつてないほど濃密に研ぎ澄まされていた。


「ウチら三人揃って負けるとか、マジであり得ないから。さっさとあのクソ生意気な修羅ギャルをボコして、優勝かっさらおうじゃん」


 背後で、白銀のショットガンを無造作に肩に担いだ加恋が、いつもの強気な笑みを浮かべる。二人の頼もしい戦友の言葉に、私は静かに頷いた。胸の内に渦巻いているのは、冷徹な闘志だけではない。この戦いの勝利の先にある、お父様からの完全な自立。そして――何よりも、最愛の少女を誰の手にも渡さないという、狂おしいほどの独占欲だ。


『さあ、世界中のシーカー諸君、そして数億人の百合配信フリークの皆さん! 大変長らくお待たせいたしました! これより極楽浄土(エリュシオン)ベータテスト・トーナメント――運命の決勝戦を執り行うよ!』


 空中を自在に滑空するアルマに腰掛けた明石寧琉が、その白衣を大きくはためかせながら、アリーナ全体に響き渡る高らかな実況の声を上げた。


『先の戦いでSランクシーカー本田励率いるSECT隊を打ち破った救済の祈り手(フィーリア)! 彼女達に対するは、圧倒的な蹂躙劇を魅せて勝ち上がってきた最恐の一角! 闘源郷の主にして、生ける天災! Sランクシーカー、黒鉄明楽の入場だぁぁ!!』


 アナウンスと同時に、対面側のネオンブルーの光の中から、一人の少女がすたすたと暢気な足取りで歩み出てきた。奔放に波打つ焦げ茶の髪を揺らし、黄金色の猫のような瞳をギラギラと輝かせた少女――黒鉄明楽。彼女は、自らの周囲を取り囲む何百もの飛行カメラに向かって、無邪気にダブルピースを掲げ、これ以上ないほど爛漫な笑顔を振りまいている。


「やーっとまともな相手と戦えるよー! 今までの試合、相手がみーんな一瞬で吹き飛んじゃうから本当に退屈だったんだよねー。玲香が相手なら三十秒位は楽しめるかな?」


 アリーナの広大な空間に、明楽のあどけなくも、底知れない狂気を孕んだ声が響き渡る。その視線が、私の姿を捉えた瞬間、獲物を見つけた獣のように細められた。


「お前はここで負ける。……その軽口を叩いていられるのも、今の内だけだ」


 私は腰の剣の柄に手をかけ、絶対零度の魔力を足元から立ち上がらせながら、冷酷に言い放つ。ステージの床が、私の怒りに呼応してパキパキと白く凍りついていった。


「へぇー、言うじゃん。あ、そうだ、ところでさー。前からすっごく気になってたんだけどさ。……優奈ちゃんのあの魔力譲渡(マナギフト)のスキルを受けると、すっごくエッチなことしないといけないんでしょ?」


「――っ!? ぶっ、馬鹿か貴様は! 忘れるな、ここは世界中に同時中継されている公衆の面前だぞ!?  そんなことを堂々と口にするな!」


 予期せぬ明楽の言葉に、思わずクールな仮面を崩し怒声を上げた。まさか世界中が見守る決勝戦の壇上で、優奈のスキルの副作用についてダイレクトに突っ込まれるなど夢にも思わなかった。


「あはは! やっぱり本当なんだ! だから会議の時あんなに必死になってたんだ。自分の可愛い恋人が、他の女の子とあんなこととか、こんなことしてたら、そりゃあ嫌だもんねー」


 明楽は子供のように手を叩いて大爆笑した。その黄金の瞳の奥に、どろりとした嗜虐的な光が灯る。


「ちなみに僕ってさー、男とか女とかどっちもいけるタイプでぇ、しかも相手を泣くまでいじめるの、すっごく興奮するんだよねぇ」


 明楽はわざとらしく自分の唇を舌で湿らせると、吐息混じりの、おぞましいほど歪んだ笑みを浮かべて言葉を続けた。


「あ、そうだ。良いこと思いついちゃった。このトーナメントが終わったらさ、優奈ちゃんを僕の部屋に連れ込んで、ベッドの上一杯にエッチなことしてるところ、動画に撮って玲香に送ってあげるよ。にひひ……。たーっぷり可愛がっていじめてあげて、優奈ちゃんが涙目で僕に縋りながら、めちゃくちゃに感じてるところをさ。楽しみにしててよ?」


「…………外道が」


 私の口から漏れたのは、もはや言葉の形を成していない、極限の殺意を孕んだ絶対零度の呻きだった。


「下種ね。今すぐその腐った舌を根元から引き抜いてあげるわ」


 私の隣で、望愛から漏れ出た仄暗い魔力が爆発的な質量となって膨れ上がる。彼女の瞳からは完全に光が消え去り、明楽をただの肉塊に変えるための冷徹な殺意がアリーナの空気を物理的に圧迫した。


「ちょっと二人ともー! あんなあからさまな挑発に、まんまと乗ってんじゃないわよ!」


 背後から、加恋の鋭い怒声が飛んできた。彼女はショットガンの銃口をガチリと鳴らし、苦々しげに舌を打つ。


「あいつ、ウチらの冷静さを奪うためにわざと言ってんの! 玲香センパイも望愛も、頭冷やしなさいよ!」


 加恋のまっとうな一喝に、私と望愛は辛うじて理性の手綱を引き戻した。確かに、ここで頭に血を上らせてフォーメーションを崩せば、あの怪物の思うツボだ。対面の明楽は、「にひひ……」と不穏な笑みを浮かべている。


『さあさあ! 試合開始前から火花どころか、次元が歪むほどの殺気がぶつかり合っている 両者! 運命の決勝戦、カウントダウン、スタート!!』


 寧琉の実況が鳴り響き、アリーナの頭上に巨大なデジタルホログラムの数字が浮かび上がる。


【3】、【2】、【1】――【BATTLE START!!】


 けたたましい電子音の炸裂と同時に、明楽の纏う空気が一変した。低く腰を落とし、半身の構えを取ると、その細い四肢に凶悪な魔力を収束させる。


「――金剛身術(アダマンスフィア)」


 パキィィン、と空間が凍りつくような硬質な音が鳴り響く。明楽の両腕と両足が、禍々しい漆黒の金属光沢を帯びていった。 四肢を鋼鉄よりも硬く変質させた修羅に隙などない。だが、私達に恐れや迷いはなかった。


「守護天使《ガーディアンクロムウェル》!!」


 加恋の鋭い号令とともに、全長三メートルを超える巨大な白銀の鎧騎士が明楽の目の前へと一瞬で立ちはだかった。巨大な大盾で明楽の視界を完全に遮断する。


「消え失せろ……!」


 間髪入れず、私は頭上に数十本もの極大の氷剣を生成し、明楽の頭上から一斉に超音速で射出した。空間を切り裂く氷の雨。しかし――。


「はぁっ!!」


 明楽は一切動じず、ただ右足の強烈な回し蹴りを一閃させた。ドンッ!! という大気の爆発音とともに、放たれた数十本の氷剣と鎧騎士諸共、文字通り木っ端微塵に粉砕されて霧へと変わる。


「想定の範囲内だ……! 氷獄の風(コキュートス)!!」


 明楽が回し蹴りの隙を晒したその刹那、大技を発動。本田戦と全く同じ戦術。私の発動の合図よりも早く、望愛と加恋はすでに潜行(ディープダイビング)によって、アリーナの強固な地面の中へと完全退避を完了させている。アリーナ全体を包み込む、全てを分子レベルで凍結させる絶対零度の嵐。直撃を確信した。いくら明楽の肉体が硬化していようと、この冷気は肺腑の内側から凍らせる。だが――。


「あはは! そんな攻撃当たらないよー」


 明楽は、冷気の波がその足元に到達するよりも早く、膝を深く曲げると、爆弾が弾けたかのような勢いで真上へと大きく跳躍した。アリーナの地面を蹴り上げ、彼女の身体は一瞬にして数十メートルの上空へと垂直にカッ飛んでいく。私の視界を遥かに超えた、仮想空間の天井近くまで、冷気の届かない高高度へと一瞬で退避してみせたのだ。直感的に、私の背筋に極限の戦慄が走る。上空の明楽が、肉体を反転させ、その漆黒の踵を真っ直ぐにアリーナの地面へと向けた。


「望愛! 加恋! 地上へ逃げろ!!」


 私は喉が裂けんばかりの声で叫んだ。


「あはっ! まとめて、砕けちゃえぇぇ!!」


 上空から、明楽が地面に向けて強烈なかかと落としを叩き込んできた。弾丸どころではない。隕石そのものの質量と速度を持った、漆黒の質量兵器。


ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!


 アリーナ全体が、爆撃を受けたかのように大爆破を起こした。 巨大な地鳴りとともにアリーナ全体が狂ったように激しく揺れ、衝撃波がガラス張りの貴賓室を激しく震わせる。明楽の着弾点を中心に、アリーナの強固な地面が、まるでガラスの床のように蜘蛛の巣状にバキバキと粉砕され、巨大なクレーターが穿たれていく。


「あっぶな、マジで死ぬかと思った!?」


 クレーターの端、間一髪で私の警告に従って地上へと緊急脱出を果たした加恋が、転がるようにして立ち上がる。彼女の隣には、同じく息を乱した望愛の姿があった。直撃こそ免れたものの、地形そのものを破壊し尽くす災害級の暴力。だが、恐怖している暇などない。小手先の戦術は明楽には通用しない。ここからは、正真正銘の肉弾戦での純粋な力のぶつかり合い。本当の戦いが始まる。


「行くぞ……!」


 私は剣を強く握り直し、明楽の懐へと突撃した。ここからは、一切の思考を挟む余地のない、極限の超高速戦闘が幕を開けた。本田励をも凌駕する、明楽の神速の肉弾戦。


「にひひっ!  耐えるね玲香! 面白いっ!!」


 明楽の漆黒の拳が、私の顔面を掠める。空気が爆ぜる音が鼓膜を打つ。私はそれを剣の腹で受け流し、即座にカウンターの突きを放つ。その私の死角を補うように、望愛の鎖鎌が明楽の首筋を鋭く狙い、加恋のショットガンの散弾が明楽の関節部へと正確に叩き込まれていく。阿吽の呼吸。三人で一つの生命体となったかのような、完璧なフォーメーション。


 明楽の見立てでは、一瞬で私達の防衛網を食い破り、瞬殺できる算段だったのだろう。だが、数十手、数百手の攻防が交わされる中、私達のチームが未だに誰一人として体力ゲージを減らさず、むしろ互角以上の立ち回りを繰り広げている事実に、明楽の表情に初めて驚きと違和感が混じり始めた。

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