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アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
2章 極楽浄土に君臨せし破壊の修羅

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第51話 陽電子の閃光

 正面。アリーナの反対側に転送されてきたのは、洗練されたダークグレーのコンバットスーツを纏った三人。中央に立つ男――政府特殊部隊SECT総隊長、本田励。彼は身の丈ほどもある巨大な大剣を背負い、静かに私達を見据えていた。


「本田。お前がこのような大会に出場するとは、予想外だったよ」


 私が問うと、本田は顔下半分を覆う鋼鉄のマスクの奥から、くぐもった声で答えた。


「これは管理局と軍の共同訓練システムでもある。我々SECTにとっても、今後の運用を見据えたテストプレイに過ぎない」


「テストプレイ……。実戦のついでに、データを回収するということね」


 望愛が鎖を静かに鳴らしながら呟く。


「お前達の事情は把握している。……国としても、桜優奈という希少リソースの行方には関心がある。だが、俺個人としては彼女に興味はない。……とはいえ、手を抜くつもりはないぞ、氷室」


 本田が背負っていた大剣を片手で引く抜き、正眼で構えた。大剣の刀身、その極限まで研ぎ澄まされた刃先に沿って、ネオンライトの如き白色の魔導光がキィィィンと鋭い音を立てて輝きを増す。


「ふん。手を抜かれてはこちらも興覚だ。……全力で迎え撃とう」


 私は腰に携えた剣を片手に、半身に構えた。戦闘開始のブザーが鳴り響く。瞬間、本田の手がハンドサインを刻む。背後にいた二人のSECT隊員が一斉に左右へ散り、手にした魔導アサルトライフルから、容赦のない弾幕を望愛と加恋へ向けてばら撒き始める。同時に――目の前にいた本田の巨躯が、物理法則を無視して爆発的に加速。私に向けて一直線に突進してきた。


「ハァッ!!」


 重戦車のような大剣の一撃が、上段から振り下ろされる。私は剣を交差させ、その強大な質量を受け止めた瞬間、凄まじい衝撃がのしかかる。


 ズドォォン!!


 両足がアリーナの床にめり込み、そこを起点として地面が陥没する。やはり、純粋な肉弾戦における彼の膂力は、Sランクの中でも最上位だ。私は踏み込みの力をいなし、本田の剣を滑らせて後退する。だが、彼は一分の隙も与えず、追撃の横薙ぎを放ってきた。


「チッ……!」


 紙一重で身をよじり、刃を躱す。本田の狙いは、明確な各個撃破だ。射撃能力に長けたSECT隊員二人に、加恋と望愛のコンビネーションを徹底的に撹乱させ、その隙に、Sランクである私をタイマンで瞬殺する。役割分担を徹底した軍人らしいロジカルな陣形。大規模スキルで、取り巻きごと一気に片を付けたいが……。


 私の脳裏に焦燥が走る。広範囲を凍結させるような大技、例えば氷獄の風(コキュートス)は、発動に莫大な魔力と、一秒にも満たない集中(隙)を必要とする。だが、本田の繰り出す怒涛の連撃は、その一秒未満の隙すらも、私の首を撥ねる決定的な一撃に変えてみせるだろう。それに――。


「……ここでは、広範囲殲滅スキルは使えないだろう、氷室」


 本田が大剣を構え直し、冷酷に指摘した。


「この狭いアリーナだ。お前の代名詞ともいえるスキル氷獄の風(コキュートス)を使えば、お前の仲間……聖堂と深海もろとも凍結させることになる。……自らの手で、パーティーを崩壊させるか?」


 本田の言う通りだった。私の冷気は、アバターの味方認識システムを無視して、視界に入るすべての物質の熱を奪う。この限定された空間では、最強の広範囲スキルは、味方を巻き込む自爆ボタンと同義。迂闊には使えない。激しい剣戟を繰り広げる中、本田の周囲に形がはっきりしない光の球体がいくつか浮かび上がる。それが、あいつのスキル発動の合図。光の球体の輪郭をしっかり視認できるようになると準備完了。


「避けれるか? ――刺突光(スティングレイ)


 球体が弾けると白光の光線が放たれた。空気中の原子から陽電子を強制的に電離させ、それを一筋のラインに収縮して放つ、およそ一万度を超える超高温の熱線。本田励が陽光の戦士と呼ばれる所以だ。超硬金属タングステンカーバイドすら一瞬で焼き貫くその光線が、私の肩をかすめて背後の防護壁に直撃した。透明な壁が、凄まじい炸裂音を立てた。当たれば一発で体力ゲージが消し飛ぶ、即死級の熱線。しかも、光速の攻撃は見てからでは回避不能で、このスキルは驚くほど燃費が良く連射が可能。


「何あのビーム! やばすぎでしょ!!」


 加恋が横目で見ながらそんなことを言う。アサルトライフルによる弾幕をクロムウェルの大盾で防ぎつつ、加恋はその陰からショットガンで応戦している。望愛も地面に潜りつつ、攻撃をしかけているが決定打にならない。SECT隊員は距離を維持しながら、防御や回避に注力しているからだ。SECT隊員は加恋達を釘付けにし、私との連携を封じるのがあいつらの役割なのだ。


刺突光・散弾スティングレイ・スプレッド


 十数個を超える光球が一斉に破裂し、何本も光の光線が放たれる。ビシッ、ビシッ、とアリーナを切り裂くように放たれる白光の光線。本当に厄介な相手だ。私は身体強化を極限まで引き上げ予兆を察し、スティングレイの射線を紙一重で回避し続けた。綱渡りのような、極限の攻防。 だが――本田の動きが、ほんの一瞬だけ、ガクンと鈍った。


「チッ……!」


 本田が、自らのコンバットスーツの肩や脚に視線を落とし、苦々しげに舌打ちをした。スーツの表面に、うっすらと白銀の霜が降り、関節の防護プレートが収縮して動きを阻害している。私は不敵に口角を吊り上げた。


「……気づくのが遅かったな」


 私はただ逃げ回っていたわけではない。周囲に氷結の魔力を大気中に散布し、不可視の結界を張っていたのだ。結界の気温を徐々に、徐々に、本田に気づかれないように、氷点下よりもさらに落としていく。極寒の冷気による、肉体の運動遅延。気づいた時には、本田の防具と筋肉は、寒さによって本来のパフォーマンスを奪われていた。


「やっと、私から離れてくれたね。……この時を待っていたよ!」


 本田の動きが鈍り、距離が開いたその一瞬。剣をアリーナの地面へと強く突き刺した。


氷獄の風(コキュートス)!!」


「仲間もろとも凍結させる自爆攻撃……。馬鹿が……」


 本田が見透かしたように目を細め呟いた。だが、私の心に一切の躊躇はなかった。なぜなら――。


 キィィィィィン……ッ!!


 一陣の絶対零度の突風が、アリーナ全体を飲み込む。瞬間、世界が色を失う。本田は陽電子による魔力シールドを展開し、凍結を紙一重で免れたが、左右で射撃を続けていた二人のSECT隊員は、私の冷気を直撃され、一瞬にして氷の彫像へと変貌した。彼らの体力ゲージが、一瞬でゼロになり、光の粒子となってログアウトしていく。


 本田の魔力シールドの余波による熱線と冷気が激突し、アリーナ全体に凄まじい白い水蒸気が立ち込める。視界が完全に遮られた。本田は、私がこれで一騎打ちを仕掛けてくると確信し、大剣を正眼に構えたはずだ。 だが、蒸気が静かに落ち着いたそのアリーナの中央に――。


「……なっ!?」


 私の姿は、おろか。加恋、そして望愛の姿も、どこにもなかった。静まり返ったアリーナ。本田が、怪訝そうに周囲を鋭い眼光で見回した、その瞬間。


 ガクッ!!


 本田の巨躯が、不自然に膝をついた。彼の影から、音もなく伸びてきた鎖が、右脚にガッチリと絡みつき、地面の底へと引きずり込もうと強く引っ張っていたのだ。


「なんだと……!? どこから……!」


「ふふ……。そういう表情もするのね」


 地面の影から這い上がってきた望愛が、冷酷に瞳を輝かせ、鎖を強く引く。さらに、本田の目の前の地面がぐにゃりと歪み、そこから白銀のショットガンの銃口が、ぬっと突き出された。


「あはっ! 死んだと思った? 引っかかったね、SECTの隊長さん!」


 ドォン!!


 ゼロ距離から放たれた散弾の衝撃が、本田の右腕を正確に打ち抜く。凄まじい衝撃波。本田は、右腕の防護プレートを粉砕され、握っていた巨大な大剣をアリーナの床へと落としてしまう。


「……終わりだ、本田」


 本田の背後。完全に死角となっていた上空から、私は剣を振りかざし、一気に落下。翡翠の剣が本田の胸を貫通し、彼の体力ゲージが一瞬にしてゼロへと消し飛んだ。試合終了を告げる、無機質なブザーがアリーナに鳴り響く。


『き、決まったァァァァァーーーーーっ!!!!』


 寧琉の実況が、アリーナのスピーカーを破壊せんばかりの爆音で響き渡る。


『氷室玲香の大技の発動! 仲間を巻き込むという自爆の罠を、まさかの影の潜伏で完全無効化! 冷気が吹き荒れる一瞬、聖堂と深海は地中へと潜り、避難していたのだぁ! 地中からの鎖による拘束、ショットガンによる武装解除! 最後は氷の令嬢による、完璧な空中からのフィニッシュ! これぞ、救済の祈り手(フィーリア)の、完璧なる三位一体の連携だぁぁ!!』


 アリーナが割れんばかりの大歓声に揺れる。本田は、ゆっくりと立ち上がり、自らの失われた大剣を見つめた後、鋼鉄のマスクを外して、フッと爽やかな笑みを浮かべた。


「まさか、氷獄の風(コキュートス)をあのような形で味方に防がせ、地中からの奇襲に繋げるとは。……お前が大技を使えないという先入観そのものが、俺の最大の敗因だった」


 本田が右手を差し出してきた。私は剣を納刀し、その手をしっかりと握り返した。


「有意義な戦いだったよ、本田。……君達のタクティカルアクションも、冷や汗ものだった」


「氷室にそう評価されるとは光栄だな。決勝戦、健闘を祈る」


 本田はそう言って、SECTの隊員たちを引き連れて、光の粒子となってアリーナからログアウトしていった。


「……やったね、玲香センパイ」


「完璧な勝利ね、玲香さん」


 加恋がショットガンを肩に担いでウインクし、望愛が嬉しそうに目を細めて私に並び立つ。


「ああ。……二人とも、最高の連携だったよ。これなら――」


 私は、高い、高いガラス張りの貴賓室を見上げた。そこでは、きっと優奈が、お父様の隣で飛び跳ねて喜んでくれているはずだ。


「――あの修羅が相手であっても、私達は絶対に負けない」


 私は、確かな勝利の予感と、愛しい彼女を守り抜くという強い決意を胸に、決勝戦へ向けて、選手控室への転送シーケンスを受け入れるのだった。

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