↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
2章 極楽浄土に君臨せし破壊の修羅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/52

第50話 蹂躙する修羅

「さぁ、次はあいつの番だね……」


 選手控室の巨大なホログラムモニターを見上げながら、加恋がゴクリと喉を鳴らした。モニターに映し出されているのは、割れんばかりの大歓声に揺れるアリーナの中央。準決勝第一試合――黒鉄明楽と、Aランク実力派ギルド鋼鉄の旅団(アイアンガレージ)の戦いが、間もなく始まろうとしていた。控室の空気は、先ほど黄昏の歌姫(セイレーン)を瞬殺した時の弛緩したお祭り騒ぎから一転し、重苦しい沈黙に支配されている。私は腕を組み、明楽の一挙手一投足を焼き付けるため画面に視線を固定していた。その隣では、望愛が鎖鎌の刃を静かに布で拭いながら、コバルトブルーの瞳に冷徹な光を宿している。


 画面の中、対戦相手である鋼鉄の旅団(アイアンガレージ)の三人が、重厚な金属音を響かせながら転送されてきた。リーダーの大河は、身の丈を超える巨大なタワーシールドを地面に突き立て、全身に傷跡のある渋い顔をさらに引き締めている。その背後では、メカニックの鉄平が肩に担いだ魔導ヘビーランチャーのチャージを開始し、もう一人の俊也が、銃身の長い魔導アサルトライフルを構えて射撃ポイントを確保した。無駄な動きが一切ない。泥臭くも磨き上げられた、Aランク最上位としての完璧な戦術フォーメーション。


 対する黒鉄明楽は――。小柄な体を、所在なさげにゆらゆらと揺らしながら、暢気な足取りですたすたとアリーナの中央へ歩いていく。武器は何も持っていない。ただの素手。野生の猫が散歩でもしているかのような無防備さで、彼女は大河たちの目の前、わずか十メートルの距離で立ち止まった。そして、ふにゃりとした締まりのない笑顔を浮かべ、左手をひらひらと振ってみせた。


「おっすー、ガレージのおじさん達! うーんとね、せっかくの準決勝だけど、僕、強すぎるからさ。ちょっとハンデあげるよ」


 明楽は腰に右手を当て、不敵に首を傾げる。


「僕はここから一歩も動かない。おまけに、使うのは左手だけ。にひひ……これなら、少しは遊べるでしょ?」


 あからさまに相手を格下と見なした、舐め腐った態度。並のシーカーであれば、プライドを傷つけられて激昂するか、あるいは罠を警戒して身を縮こまらせるところだ。しかし、百戦錬磨の職人集団である鋼鉄の旅団(アイアンガレージ)の面々は、一切の動揺を見せなかった。大河はタワーシールドの隙間から、ただ静かに明楽を見据えている。彼らはわきまえていたのだ。自分達Aランクと、目の前に立つSランク――それも破壊の修羅と呼ばれる怪物との間に、どれほど絶望的な実力差が存在しているかを。大河は深く息を吐き出し、地響きのような低い声でマイクに応えた。


「……配慮に感謝する、黒鉄殿。それでは、遠慮なくやらせてもらう」


 戦闘開始のブザーが鳴り響いた。瞬間、鋼鉄の旅団(アイアンガレージ)の連携が爆発した。大河が巨大なタワーシールドを構え、魔力ブースターを噴射して一直線に明楽へと突進する。重戦車のような突撃。同時に、背後から鉄平の魔導ヘビーランチャーが、大気の歪むほどの熱量を帯びた高エネルギー弾を射出した。さらに、俊也が右側面に回り込み、明楽の回避ルートを潰すように魔導アサルトライフルの弾幕をばら撒く。


 一歩も動かない。左手しか使わない。明楽がその不遜な宣言を守るならば、この三方向からの同時重火力攻撃を、左手一本で防ぎ切るか、あるいはその場から動かずに最小限の動作で捌き切るしかない。大河の盾が、明楽の目の前に迫る。避けようのない同時飽和攻撃。その渦中で、明楽の瞳が、獰猛な獣のようにギラリと輝いた。


「にひひ……。なーんてね。金剛身術(アダマンスフィア)


 明楽が静かに呟くと、両足両腕が変質し黒色金属の光沢を放つ。そして、大気が爆ぜた。


 一歩も動かないという宣言も、左手しか使わないというハンデも。彼女は最初から、守るつもりなど微塵もなかったのだ。明楽の姿が掻き消えた。そう錯覚した瞬間には、彼女はすでに大河のタワーシールドの目の前だった。


 ドンッ!!


 強烈な打撃音が、防音仕様の控室にまで微かに響く。明楽が繰り出したのは、宣言を完全に破った右手による正拳突きだった。極限まで硬化された漆黒の拳が、厚さ数十センチを誇る超硬タングステンカーバイド製のタワーシールドを、紙細工のように一撃で貫通した。大河の強固な鎧の胸板に直撃し、彼の体力ゲージが一瞬にして消し飛ぶ。


「な、に……っ!?」


 大河が驚愕する間もなく、明楽はくるっと方向転換。ランチャーを再装填しようとしていた鉄平の懐へ、一瞬で肉薄する。硬化した左腕の肘が、鉄平の持っていた巨大な魔導ランチャーをへし折りながら、彼の顎へと鋭く突き刺さる。骨の砕ける不快な音がアリーナに響き渡った。


「がはっ……!」


 さらに、明楽は軸足をコンクリートの地面へと踏み込む。アリーナの床が、彼女の踏み込みの衝撃だけでクモの巣状にひび割れた。凄まじい旋風を伴った、右足による回し蹴り。側面から銃撃を続けていた俊也の腹部に、脚が突き刺さった。正拳、肘打ち、回し蹴り。あまりにも速く、あまりにも無駄のない、天災のごとき三連撃。観客席から見れば、明楽がアリーナの中央で一瞬だけブレたように見え、次の瞬間には、三人同時に攻撃が着弾していた。


 ドゴォォォン!!


 凄まじい衝撃波と共に、大河、鉄平、そして俊也の巨体が、木の葉のように虚空を舞った。三人はアリーナの端まで弾き飛ばされ、場外への落下を防ぐために展開されている透明な防護壁に激突。激しい金属音を立てて崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。試合終了を告げる、無機質なブザーがアリーナに鳴り響いた。試合時間――わずか、三秒。


『つ、強すぎるーーーーーっ!!!!』


 寧琉の実況が、アリーナのスピーカーを破壊せんばかりの爆音で響き渡る。


『偽りのハンデ宣言からの、強烈極まりない神速の三連撃! しかし、誰が彼女を卑怯などと罵れるでしょうか! 相手はAランク最上位の三人、対する彼女は一人! 仮に宣言通り左手だけで戦っていたとしても、試合時間が五秒伸びる程度のものでしょう! もはやAランクの実力では、時間稼ぎをすることすら許されない! これこそがシーカーの頂点、Sランク黒鉄明楽の実力だぁぁぁ!!』


 数百万の観客席から、地響きのような大歓声と、明楽の名前を呼ぶコールが巻き起こる。ネット配信のコメント欄も、明楽の「なーんてね」という狡猾な騙し討ちと、それをねじ伏せる圧倒的な暴力に、熱狂的なお祭り騒ぎを起こしていた。


『明楽ちゃんマジ修羅ギャル最高ww』


『ハンデを一瞬で破るとか、守るつもり最初からないの笑う』


『盾ごと粉砕されてて草。あれ人間のパンチじゃねえだろ』


『Aランクがゴミのように吹き飛ばされた……。準決勝、一瞬で終わった』


 画面の中で、明楽は観客席に向かって「にひひ」と嬉しそうに両手を振り返している。その無邪気な笑顔が、先ほどの圧倒的な蹂躙劇と相まって、底知れない不気味さを醸し出していた。一方、選手控室の空気は、完全に凍りついていた。


「……一応、聞くけどさ」


 加恋が、自身の愛用する白銀のショットガンを握る手をガタガタと震わせながら、掠れた声で呟いた。そのトパーズの瞳には、隠しきれない戦慄が浮かんでいる。


「……今の、明楽センパイの連撃、見えた? ちなみに、あたしは攻撃の軌跡が、かろうじて光の残像として見えた程度なんだけど……」


「安心しろ、聖堂」


 私は腕を組んだまま、静かに、けれど氷のように冷たい声で答えた。


「……見えてはいる。私の身体強化と動体視力なら、彼女の動きの軌跡を完全に追うことは可能だ」


「マジ!? さすがSランク! それなら――」


「だが、避けられるかどうかは運次第だな」


「何が安心しろよ!!」


 加恋が思わず飛び上がり、私の胸元を掴む勢いで叫んだ。


「運次第って意味ないじゃん! さっきの見たでしょ!? あんな分厚い大盾が、一発もらって粉々になってたんだよ!? あんなの、まともに一撃食らったら、体力ゲージとか関係なくアバターごと即死するわ! 戦いが始まったら、うちら十秒も持たない! どうやって勝つのよ、あの化け物に!」


「加恋さん、落ち着いて……。息が荒くなっているわ」


 望愛がそっと加恋の肩に手を置き、彼女を宥める。けれど、望愛のコバルトブルーの瞳も、かすかに揺れていた。


「落ち着いてられるわけないじゃん!」


 加恋は頭を抱え、畳の上に座り込むようにして絶叫した。


「妹の命がかかってんだよ!? 負けるわけにはいかないの! なのに、あんな災害みたいな女、どうやって止めろって言うのよ! うがーーー!!」


 腰まで伸びる金色のストレートヘアをクシャクシャに掻きむしり、ギャルらしいプライドもかなぐり捨ててテンパる加恋。その必死な姿を、私はただ静かに見つめていた。


「……分かっている。負けられないのは、君だけじゃない。私にとっても、これは人生のすべてがかかった戦いだ」


 私は、テーブルの上に置かれた自身の剣の柄に、そっと手を添えた。


「優奈を……私の最愛の恋人を、あんな獣の玩具にさせるわけにはいかない。……負けるつもりはない」


「加恋さん、まずは次の戦いに勝つことに集中するべきよ。……黒鉄明楽を警戒するあまり、目の前の敵を見誤れば、決勝にすら進めないわ」


「目の前の敵……。政府特殊部隊SECT、本田励か。望愛の言う通りね。まずは、あいつを倒さないと」


 加恋はなんとか呼吸を整え、ショットガンを抱え直すと、システムのアナウンスが室内に鳴り響いた。


「そうだな。本田励……彼もまた、明楽とはベクトルの違う、極めて危険な戦士であり、最強のSランクの一人だ。……行こう、玲香、望愛」


 SECTの隊長本田励が待ち受ける準決勝第二試合が、間もなく始まろうとしていた。私達は立ち上がり、戦いのステージへと続く転送ゲートへと、静かに歩みを進める。転送光が視界を白く染め上げ、次の瞬間、私達は割れんばかりの歓声が渦巻く巨大アリーナのただ中へと降り立っていた。

この作品・続きにご興味をお持ち頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をクリックして頂けると執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。