第49話 フィーリア出陣
選手控室。白を基調とした清潔で広い室内のソファに、玲香は腰掛けていた。その隣には、藍色のスカートの裾を弄ぶ望愛と、壁に寄りかかって退屈そうに爪を眺めている加恋が並ぶ。Dブロックの開始アナウンスが室内に響いた瞬間、加恋がフッと不敵な笑みを浮かべて、私の前に立った。
「ねぇ、ツンデレ令嬢。あんたは次の本田励戦まで、後ろで立ちんぼしてなよ」
「……何?」
「加恋さんの言う通りよ、玲香さん」
望愛も静かに立ち上がり、私の前に立ちはだかるようにして、コバルトブルーの瞳を向けた。
「次の相手は、あの本田励。彼はさっきの戦いで、魔力を消費していないわ。……それに比べて、玲香さんは私達の戦略の要。こんな前哨戦で、手の内を晒したり、無駄な魔力を使うべきではないわ」
「……私に、二人を見物していろと言うのか?」
私の人生がかかっていると言っても過言ではないトーナメント。手を抜くように言われたみたいで、彼女達の傲慢な態度に声を低くして答える。そこに、加恋がショットガンを肩に担ぎ、ニヤリと笑ってウインクをしてみせた。
「何言ってんの。見物なんかじゃないよ。……あんたにあたし達の実力を、見せつけてあげるって言ってんの。Sランクだからって、下に見すぎ。チーム戦なんだからさ、頼ることできなかったら、この先勝てないよ?」
「加恋さん……」
望愛が嬉しそうに目を細める。私は二人の顔を交互に見つめ、やがて、観念したようにふっと表情を緩める。どうやら、傲慢だったのは私の方だったらしい。
「……フッ。頼もしい仲間を得たものだね。いいだろう、お前達の実力、見せてもらうよ」
「おっけー。……それじゃ、臨時だけどさ」
加恋が、望愛に向かって右手を差し出した。
「ホーリーアビス一時再結成ってことで。……望愛、いける?」
「ええ……。加恋さん」
望愛がその手を強く握り返す。コラボ対決での、搾取し、搾取されるだけの歪な関係ではない。対等な戦友として、お互いの実力を認め合った二人の、新しい絆の形。
『転送シーケンスを開始します。出場選手はアリーナへ』
システムのアナウンスと共に、二人の体がまばゆい光に包まれていった。
◇◇◇
『さぁ、アリーナに姿を現したのは救済の祈り手! だが、おやおや!? 氷の令嬢、氷室玲香は武器を持たずに後方へ下がっていく! 前衛に立つのは、聖堂加恋と深海望愛の二人だけだ!!』
寧琉ちゃんの実況に、観客席から大きなどよめきが上がった。対戦相手である黄昏の歌姫のリーダー、アリアが、ハキハキとしたギャルらしい仕草でマイクに向かって叫ぶ。
「えー! 氷の令嬢さん、私達のこと舐めすぎっしょ! 二人だけで勝てると思ってんの!?」
「舐めてなんかいないよ、アリアちゃん。……あんた達を倒すには、うちら二人でお釣りが来るってだけ。てか、キャラ被りしてるから雑魚はとっとと退場してよ」
加恋さんが不敵に口角を吊り上げ、胸の前で両手を組んだ。
「おいで……守護天使!!」
瞬間、加恋さんの背後に、巨大な白銀の翼を持つ、全長三メートルの美しくも圧倒的な質量を誇る鎧騎士が出現した。
『き、キタアアアア!! 聖堂加恋のスキル、自律型最強盾守護天使!! かつて、氷室玲香と泥沼の死闘を繰り広げたホーリーアビスの連携が、まさかのギルド救済の祈り手で公式復活だぁぁ!!』
「ソナタ、カノン、行くよ!!」
「うん、アリア。……『深淵のセレナーデ』」
セイレーンの三人が同時に魔導楽器を奏で、魔力を乗せた音波の歌声がアリーナ中に響き渡る。音波の圧力が加恋さん達に襲いかかるが――。
「クロムウェル、フロント!!」
加恋さんの指示の通り、巨大な守護天使が両腕の大盾を合わせ、セイレーンの広範囲音波を完全にシャットアウトした。傷一つ付かない白銀の装甲。そして、大盾の影に隠れていた望愛さんの身体が、アリーナの強固な地面の中へと、水面に飛び込むようにして一瞬で溶け込んだ。
「……後ろがら空き」
「えっ!?」
カノンさんが驚いたその一瞬の隙。彼女の真後ろの地面から、音もなく這い上がった望愛さんが、瞳を冷酷に輝かせて鎖鎌を一閃させた。首を刈られた瞬間、カノンさんの体力ゲージが無くなり、声を発することなくログアウト。
「きゃっ!?」
さらに、アリアさんの足元へ鎖を絡みつかせ、その機動力を完全に奪い取る。
「もらった!!」
加恋さんが白銀のショットガンを構え、正面へと肉薄する。至近距離での、容赦のない銃撃。
ドォン!!
轟音と共に、アリアさんの体力ゲージが一瞬にしてゼロになり、光の粒子となってログアウトした。一瞬で二人を失い、完全に孤立したソナタさん。
「クロムウェル、お仕置きしちゃって」
加恋さんの言葉に、巨大な鎧騎士が翼を羽ばたかせ、ソナタさんの眼前に迫る。その圧倒的な威圧感と、逃げ場のない望愛さんの鎖。観念したようにソナタさんが両手を挙げた瞬間、彼女の体力ゲージもゼロになり、試合終了を告げるブザーが響き渡った。
『勝負ありーー!! 試合時間、わずか一分二十秒! 氷室玲香を一切動かすことなく、ホーリーアビスの完璧な連携による、文字通りの瞬殺だぁぁ!!』
アリーナが割れんばかりの歓声に包まれる。加恋さんと望愛さんは、お互いにすれ違いざま、軽くハイタッチを交わし、不敵な笑みを浮かべて玲香さんの元へと戻っていった。すごい、すごすぎる! かけ声もアイコンタクトすらない、お互いを知り尽くした完璧な連携だった。
「やったぁぁぁ!! すごい、二人ともかっこいい……!!」
貴賓室でモニターを見ていたわたしは、思わずソファから飛び跳ねて大喜びする。けれど――。
「あ、あはは……」
すぐ隣から放たれる、凍りつくような冷たいプレッシャーに気づき、わたしは慌てて口元を押さえてソファに座り直した。隣に座る玲香さんのお父様――氷室帝人さんは、相変わらず表情を変えないまま、冷徹にわたしを見つめていた。
『さぁ、1回戦はすべて終了! いよいよ次は、準決勝! 黒鉄明楽 vs 鋼鉄の旅団のガチンコ対決だ!!』
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