第47話 四人で訓練
わたし達救済の祈り手に、かつての宿敵である聖堂加恋さんを加えた四人は、再びスノーメビウス地下開発棟のダイブポッドへと身を横たえていた。プシューという厳重な排気音と共に、意識が現実の肉体から引き剥がされ、無限の落下感の果てに、あの真っ白な仮想空間極楽浄土の初期トレーニングスペースへと降り立つ。
「うわ、マジで現実と変わんないじゃん。スノーメビウスの魔導科学力、マジでバグってない?」
白と金を基調とした、いつもの煌びやかなギャル聖女仕様の修道服に身を包んだ加恋さんが、アバターの自分の手を握ったり開いたりしながら、驚きの声を上げた。その隣には、武骨なジャケットとショーツを組み合わせた玲香さんと、深い藍色のキャミソールにスカートを合わせた望愛さん。そして、白とピンクのフリルケープにミニスカートというサポーター衣装のわたしが並び立つ。
「感心している暇はないよ、聖堂。トーナメント開催まであと五日。私達には、優奈抜きであの怪物達を退けるだけの完璧な連携を体に叩き込む義務がある」
玲香さんが焦燥を孕んだ声で腰の剣を引き抜いた。それに、加恋さんは不敵に口角を吊り上げて見せる。
「はいはい、わかってるって。……まぁ、まずはあたしの真の実力ってやつを見せてあげるよ。コラボ対決の時はスピード重視の配信構成にしてたから、あえて使わなかったあたしのスキル、しっかり目に焼き付けなよ?」
加恋さんが一歩前に出ると、その橙色の瞳が鋭く細められた。彼女が胸の前で両手を組み、静かにスキルを口ずさむ。
「守護天使……!!」
瞬間、彼女の背後の空間がぐにゃりと歪み、まばゆい純白の魔力粒子が激しく渦巻いた。光の奔流が急速に収束し、そこから這い上がるように姿を現したのは――全長三メートルはあろうかという、圧倒的な質量を持った人型の巨大な鎧騎士だった。その全身は、傷一つない白銀の甲冑で覆われており、両腕の肘から先は、厚さ数十センチはありそうな強固な大盾そのものへと変形している。そして背中からは、金属製の白い羽根で構成された、一対の美しい翼が静かに羽ばたいていた。
「……デカい。それに、凄まじい密度の魔力だ」
玲香さんが驚嘆の声を漏らし、望愛さんも「ええ……」と静かに頷いた。
「あはは、ビビった? クロムウェルは、あたしの魔力出力を極限まで防御力に変換した自律型ゴーレム。あたしの思考とリンクして、どんな攻撃からもあたしを守る最強の壁だよ」
加恋さんはそう言うと、自身の空間ストレージから、白銀の銃身の無骨なショットガンを召喚し、慣れた手つきで構えた。
「あたしの戦闘スタイルは、クロムウェルをフロントの壁にして敵のヘイトを買いながら、あたし自身は中距離、あるいは接近戦でのショットガンによる制圧。ショットガンだから取り回しも良いし、敵が無理に懐に入り込んできても近接射撃で蜂の巣にできるの。……望愛、うちらが組んでた時の連携、玲香センパイに説明してあげて」
加恋さんに促され、望愛さんが一歩前へ出ると、口を開いた
「ええ。……基本フォーメーションは、クロムウェルが中央で全ての敵の攻撃を受け止め、ヘイトを固定。その影から加恋さんがショットガンで徹底的に相手を削り、足止めの弾幕を張る。……そして、敵の意識が二人に完全に集中した瞬間、死角である地面に潜んでいた私が、不意打ちで致命傷を叩き込む。……それが、私達の必勝パターンだったわ」
「なるほど……。完璧な、役割分担の構築だ」
玲香さんが顎に手を当て、感心したように呟いた。
「コラボ対決の時は、スピード特化の特攻を仕掛けたから、その堅実な防衛陣形が崩壊した。……だが、本来の君達の強さは、その要塞のような耐久力にあるのだね」
「そうそう。ツンデレ令嬢の割には理解が早くて助かるわ」
加恋さんがショットガンを肩に担ぎ、ウインクしてみせる。玲香さんはその不遜な態度を受け流し、真剣な面持ちでわたし達の顔を見回した。
「希望が見えてきたよ。……黒鉄明楽との戦いにおいて、最大の課題は『いかにして彼女の機動力を殺し、足を止めるか』だ。一対一では不可能な彼女の足止めも、クロムウェルという強固な壁が加われば、実質的に私達は四人で戦うことができる」
「四人……。確かに、クロムウェルが明楽さんの最初の一撃を受け止めてくれれば、その隙に玲香さんの氷結と望愛さんの鎖で、彼女の四肢を縛り上げることができます!」
わたしの言葉に、玲香さんが力強く頷いた。
「そうだ。クロムウェルが前衛を維持し、聖堂が中距離から弾幕で彼女の回避ルートを制限する。その隙に望愛が死角から鎖で拘束し、私が最大火力の『氷獄の風』で分子レベルまで凍結させる。……これなら、あの破壊の修羅が相手であっても、十分に勝機はある」
「……ええ。作戦としては、極めて合理的だわ」
望愛さんも、鎖鎌の鎖を静かに鳴らしながら同意した。一歩、勝利への道筋が見えた。けれど、わたしの胸の奥には、いまだに消えない重大な懸念が残っていた。作戦は完璧だけど……肝心の、魔力供給はどうするんだろう? 今回の追加ルールにより、わたしは試合中にフィールドに立つことはできない。玲香さんと望愛さんの魔力は、わたしの魔力譲渡による超潤沢なパスがあって初めて、Sランク最上位のスキルを連発できる仕様になっている。さらに、Aランクの加恋さんがクロムウェルを維持し続けるのにも、莫大な魔力が必要なはずだ。わたしのスキルなしで、あの燃費の悪い大技を連発すれば、明楽さんを倒し切る前に、わたし達の魔力が底を突いてしまう。
「……あの、玲香さん、皆さん」
わたしがおずおずと手を挙げると、三人の視線が一斉にわたしへと集まった。
「本当に、やっていいか分からないんですけど……。ルール上、グレーというか、ギリギリの、ちょっとした奇策を思いつきまして……」
「奇策? 優奈、一体どんな方法だい?」
玲香さんが興味深そうに顔を近づけてくる。わたしは少し頬を赤らめながら、小声で、けれどはっきりと、そのアイデアを口にした。
「……トーナメントのルールには、『桜優奈のトーナメント出場を禁ずる』とありました。……でも、それって逆に言えば」
わたしは人差し指を立てて、三人の顔を見つめる。
「『試合が始まる前』なら、いくら魔力を渡しても、ルール上は何の問題もないんじゃないでしょうか……?」
「…………っ!」
玲香さんと望愛さんが、同時に目を見開いた。
「……待って。それって、試合開始の直前に、優奈さんから私達に限界以上の魔力をあらかじめ譲渡しておくってこと?」
望愛さんの問いに、わたしはコクコクと頷く。
「はい。わたしの魔力は、相手の身体に一時的に最大容量を超えて貯蓄させることができます。……控室で、わたしが三人に限界まで魔力譲渡を行って、魔力を通常の二倍、三倍までパンパンに満たした状態で、アリーナへ行く。……そうすれば、試合中にわたしがバフを配らなくても、みんなは最初から最後まで、魔力枯渇を気にせず最大出力で大技を連発できます!」
静寂。真っ白な空間に、わたしの突飛な提案だけが響き渡る。玲香さんはしばらく呆然としていたが、やがて、そのアクアマリンの瞳に、かつてないほどの狂喜と、わたしへの深い愛おしさを湛えて、破顔した。
「……天才だ。優奈、君は本当に、私の愛した最高のパートナーだよ!!」
玲香さんがわたしの両肩を掴み、そのまま抱きしめんばかりに顔を近づけてくる。
「確かに、大会規約のどこを読んでも試合前の魔力供給を禁止する文言など存在しない! 完全にルールの盲点だ! これなら、実質的に優奈のバフを受けた状態で、私達はあの修羅を迎え撃つことができる!」
「ええ……。さすがは優奈さんね。守られるだけのヒロインかと思わせて、そんなあくどい絡め手を思いつくなんて……」
望愛さんもわたしの左手をそっと握りしめてきた。二人の熱烈な賛辞に、わたしは嬉しさを感じつつも、照れくさい気持ちになりはにかんだ。そんなわたしの恥じらいをよそに、一人だけ話の文脈に置いていかれている人物がいた。
「……ねえ、ちょっと待って。さっきから聞いてれば、二人とも何でそんなに顔を赤くしてハァハァ言ってんの?」
加恋さんが、あからさまに怪訝そうな顔でわたし達を交互に睨みつけていた。
「事前バフ? まぁ作戦としては超アリだけどさ。何でそんなにメロついてんの? マジ意味不なんだけど」
「あ、えーと、それは……。その、わたしのスキルの、ちょっとした副作用と言いますか……」
わたしが口ごもると、玲香さんがコホンと不自然な咳払いをして、すっと目を逸らした。
「……気にするな、聖堂。ただ、優奈のスキルを受けると少しだけ身体的な接触が必要になるだけだ。……そう、手を繋いだり、抱きしめたり、あるいは……その、唇を重ねたり、ね」
「はぁ!? キス!?」
加恋さんの声が裏返った。彼女はバッと数歩後退し、ショットガンを自衛するように胸元に引き寄せる。
「ちょっと待って! 何それ、聞いてないんだけど! 望愛、あんた配信で優奈とベタベタしてたの、マジでビジネスじゃなくてそういうこと!?」
「ええ。……すごく、気持ちいいわよ、加恋さん。身体の奥がポカポカして、頭がぐにゃぐにゃになって……。加恋さんも一度受ければ、私の気持ちが分かるわ」
「絶対ヤダ!! 何が気持ちいいよ、バカじゃないの!? あたし、女の子同士でそんな破廉恥なこと、絶対にお断りだからね! あたしは普通にクロムウェルを出して戦うから、あたしの分のバフはいらない! い・ら・な・い・からね!!」
顔を真っ赤にして、全力で拒絶の意志を示す加恋さん。その必死なギャルらしい全力のツッコミに、重苦しかった特訓の空気が、和やかで騒がしいコメディへと書き換えられていく。
「ふふ、いいよ、聖堂。君がどうしてもと言うなら、私と望愛だけで優奈を堪能させてもらうさ」
玲香さんが流し目で熱い視線を送ってくるので、わたしは苦笑いで返すしかできなかった。
「堪能とか言うな! エロ令嬢! うがー、マジ調子狂うんだけど!」
加恋さんが頭を抱えて叫び、わたし達は思わずクスリと笑い合ってしまった。
「よし、それじゃあ作戦の方向性は決まったね。……黒鉄明楽の戦闘パターンをシステムに入力して、シミュレーションを開始するよ。みんな、準備はいいね?」
「「「いつでもきて! / ええ / はい!」」」
玲香さんの合図と共に、真っ白な空間に、黄金色の瞳を爛々と輝かせた明楽さんのアバターNPCが投影される。愛しい人達を守るため。そして、わたし達自身の未来を帝人さんの理不尽なルールから奪い返すため。わたし達四人の、本物の特訓が、いま仮想の空の下で熱く、激しく開始されたのだった。
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