第45話 新たなパーティーメンバー
お披露目イベントでの衝撃的な追加ルールの宣告から一夜が明けたペントハウス。リビングに漂う空気は、重く張り詰めていた。
「……手詰まり、ね」
ダイニングの椅子に深く腰掛けた望愛さんが、エナジードリンク缶を指先でなぞりながら、ぽつりと呟いた。無理もなかった。開催まであと五日という極限状態で、国内最高峰の怪物達が集うトーナメントを勝ち抜ける実力者――すなわち、最低でもAランク最上位クラスのシーカーを、急遽確保しなければならないのだ。けれど、わたし達はこれまでの経緯や玲香さんの性格もあって、他のシーカーとの交流関係が極端に希薄だった。
「私の知り合いで、この短期間でチームに引き入れられて、かつ明楽や本田とまともに戦える実力者など、心当たりがないな……」
玲香さんが、寝癖のついた銀髪をクシャクシャと掻きむしりながら、悔しげに唸る。帝人さんへの強い憤りと、わたしの出場権を奪われた焦燥が、そのアクアマリンの瞳に滲んでいた。
『玲香様、優奈様、望愛様。……大変お取り込み中ですが、システム上の推薦リストより、一人、条件に合致する候補者が浮上しました』
リビングの空中に投影されたナビゲーターのミシャが、手乗りサイズのホログラムとなってお辞儀をした。
「推薦リスト? ミシャ、一体誰を……」
『現在の世論による評価や過去の確執を一度度外視し、純粋な実戦能力、前衛としての耐久力、他メンバーとの戦闘スタイルの噛み合わせ、を演算した結果です。……該当者は、聖堂加恋様です』
「聖堂、加恋……っ」
玲香さんの表情が、一瞬にして険しくなる。聖堂加恋さん。コラボ対決でわたし達とあれだけの泥沼の死闘を繰り広げ、望愛さんを道具のように使い潰そうとした、あの偽物の聖女。玲香さんはすぐに言葉を続けようとしたが、ふと、隣に座る望愛さんの様子に気づき、その唇をつぐんだ。気遣うような、心配そうな視線が、望愛さんへと向けられる。
「……望愛。君は、大丈夫かい?」
「ええ。……玲香さん、心配してくれてありがとう」
望愛さんは、穏やかで芯の通った瞳で玲香さんを見つめ返した。
「コラボ対決の時は、私も薬で正気を失っていたし、彼女に依存していたわ。でも、優奈さんに救い上げられた今の私は、もう過去の未練を断ち切れている。……彼女の戦闘力と、私と組んでいた頃の連携の安定感は、本物よ。勝つためなら、彼女と組むことに異論はないわ」
「望愛さん……」
その強い眼差しに、わたしは胸が温かくなるのを感じた。望愛さんはもう、あの暗い海の底で怯えていた迷子じゃない。わたしの誇る、優しくて強いギルドメンバーなのだ。
「……分かった。望愛がそう言うなら、これ以上の異論はない。手段を選んでいる余裕もないからね。……ミシャ、聖堂加恋に連絡を取ってくれ」
『承諾しました。音声通話を繋ぎます』
呼び出し音が数回。スピーカーから響いてきたのは、かつての煌びやかな配信での声とは違う、どこか面倒くさそうな、気の抜けたハスキーボイスだった。
『はいはい、おは聖ー……って、うわ、氷室玲香じゃん。何、ツンデレ令嬢から直電とかマジびびるんだけど』
「聖堂加恋。……単刀直入に言う。お前を、私達のチームの三人目として引き入れたい。トーナメントに出場しろ」
『はぁ? あんた、頭おかしくなったの? うちらコラボ対決であれだけ殺し合いしたじゃん。……てか、望愛。あんたもそこにいるんでしょ?』
「……ええ。お久しぶり、加恋さん」
『あっそ。まぁ、電話じゃラチ明かないし、話くらいなら聞いてあげてもいいけど。……とりあえず、うちに来なよ。望愛、あんた場所知ってるでしょ?』
ぷつり、と一方的に通話が切られた。わたし達は顔を見合わせ、望愛さんの案内のもと、すぐに彼女のアパートへと向かうことにした。
案内された場所は、都心から少し外れた、静まり返った下町の住宅街だった。そこに建っていたのは、築年数がゆうに数十年は経っているであろう、外壁のコンクリートが剥げかけた、かなりボロい二階建てのアパートだった。
「……ここ、ですか?」
「ええ。加恋さんの自宅よ」
わたしは驚きを隠せなかった。加恋さんといえば、不祥事を起こしたとはいえ、つい最近まで絶大な同接を稼いでいたAランクのトップシーカーだ。もっときらびやかなタワーマンションに住んでいるものとばかり思っていたのに。
きしむ鉄製の階段を上り、錆びついたドアをノックする。ガチャ、と無造作に開いた扉の奥から現れたのは、金髪のボサボサな髪をヘアクリップで適当にまとめ、ヨレヨレのジャージを着た、完全なオフモードの加恋さんだった。
「おー、マジで来た。狭いから上がんないで、そこで話そ……って言うと思った? まぁ入りなよ。何もないけど」
促されるまま足を踏み入れた部屋は、さらにわたし達を絶句させた。六畳一間の、畳が敷かれた和室。昭和の香りが漂う擦り切れた畳の上には、小さなローテーブルと、テレビと、最低限の布団が畳まれているだけ。衣服こそハンガーにいくつか掛かっているものの、棚も、装飾品も、女の子らしい私物も、驚くほど何ひとつとして置いていなかった。生活していく上で、本当に限界ギリギリの最低限しかないのだ。
「……お前、あの対決で落ちぶれて、ここに引っ越したのか?」
玲香さんが、眉間に深い皺を刻みながら部屋を見回す。
「は? バカにしないでよね。あたし、Fランクの時からずっとここに住んでるし。……たしかにあんた達とのコラボ対決で私の評判は地に落ちたけどさ、これでもAランクのシーカーだよ? 毎日地道にダンジョン潜ってるし、それなりには稼げてるから」
「加恋さん……」
望愛さんが、複雑な表情で彼女を見つめる。
「久しぶり、望愛。あたしを捨てて、ずいぶんと楽しそうにやってるじゃん。……ギルドなんて結成しちゃってさ。配信見たよ。敵だった玲香と可愛くじゃれついたり、新しいお姫様に甘えたりしちゃってさ」
「ごめんなさい……」
「あはは! ごめんごめん、ちょっとした冗談だってば! そんな深刻そうな顔しないでよ、美人が台無し。どう見ても、あたしが悪いんだからさ。あんたを道具みたいに搾取して、苛め抜いてたのは事実だしね」
加恋さんはケラケラとあっけらかんとした様子で笑い、お茶の入ったプラスチックのコップをわたし達の前に置いた。かつてのヒステリックな狂気はどこへやら、今の彼女は、驚くほど自然体で、コラボ対決での敗北や炎上のことなど、これっぽっちも気にしていないように見えた。
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