第44話 魔女の甘い誘惑
お披露目イベントが終了し、メディアや記者達が退室したスノーメビウス本社の一室。控室に漂う空気は、息が詰まるほどに重く、冷え切っていた。
「……どうすればいい。優奈が出られないなんて、そんな理不尽な追加ルールが通ってたまるか」
玲香さんは控室の長椅子に腰掛け、頭を抱えながら呻くように呟いた。その瞳は、焦燥と、帝人さんへの強い憤りで激しく揺れている。無理もなかった。わたし達救済の祈り手の戦術は、わたしの魔力譲渡による圧倒的な魔力バフとによって成り立っている。わたしの存在こそが、玲香さんと望愛さんという二人の英雄を支える核だったのだ。それが、出場不可。しかも開催まで残り五日という状態で、代わりの三人目を探さなければならない。
「玲香さん、他のAランクから誰か引き抜く?」
望愛さんもまた、コバルトブルーの瞳にいつもの陰りを宿し、爪を見つめながらポツリと漏らした。けれど、そんな都合の良い実力者が、この短期間で見つかるはずもなかった。コン、コン、と小さくドアがノックされ、わたし達の会話が遮られた。
「お取り込み中のところ、失礼いたしますねぇ」
現れたのは、仕立ての良いスーツの上からでも隠しきれない豊満なボディを揺らし、おっとりとした極上の笑みを浮かべる女性――『銀鏡の魔女』こと、春花貴鏡さんだった。玲香さんが瞬時に立ち上がり、鋭い冷気と共に警戒の視線を投げかける。
「貴鏡……何の用だ」
「うふふー、そんな冷たい目をしないでくださいな。先ほど、追加ルールの話が聞こえたもので。……大ピンチの玲香ちゃん達に、ちょっとしたお助け舟を差し上げようと思いまして」
貴鏡さんはパチンとウインクをすると、人目を避けるように「場所を変えましょうか」と提案してきた。わたし達は彼女に促され、夜の街に繰り出し、会員制のプライベート・サロンへと移動した。
◇◇◇
防音設備の施された、シックな雰囲気の豪華なサロン。カクテルの甘い香りが漂うなか、貴鏡さんは優雅にワイングラスを傾け、開口一番に信じられない提案を口にした。
「玲香ちゃん。……私が、貴方達のチームに入ってあげても良いですよ?」
「……何だと?」
玲香さんの眉間に、深い皺が刻まれる。
「私のサポート能力は、自分で言うのもなんですけれど、国内のSランクでも最上位クラスです。私が三人目の前衛……いえ、司令塔として加われば、優奈ちゃんがいなくても、明楽ちゃん相手に十分勝機はありますよぉ」
「断る。……お前の目当ては、優奈とのパーティー権だろう。お前のような腹黒い魔女に、優奈を渡すわけがない」
玲香さんの即断。しかし、貴鏡さんは表情を崩さず、うっとりとしたため息を吐いて首を振った。
「うふふー。確かに優奈ちゃんは最高に魅力的ですけれど、私の目当てはもっと生産的なことです。……玲香ちゃん、ギルドを結成しませんか?」
「ギルド? 私達はすでに救済の祈り手を結成し、配信でも公表しているはずだ。今更お前と組む理由などない」
「いいえ。私が言っているのは、救済の祈り手の吸収合併です」
貴鏡さんの瞳が知的なものから、どこか獲物を狙う魔女のそれへと鋭く細められた。
「私の天空神の門の傘下に、貴方達を『特別救済部門』として丸ごと引き取るのです。玲香ちゃん、貴方の私情や独占欲だけで、優奈ちゃんを小さなカゴの中に縛り付けるのは、あまりにも勿体ないと思いませんか?」
今度は、貴鏡さんの視線がわたしを真っ直ぐに捉えた。おっとりとした優しい声音のまま、彼女はわたしの心の脆い部分へと、甘い毒のような正論を流し込んでいく。
「優奈ちゃん。……貴方の持つ結晶化の完全浄化、そして魔力の即時全快の力は、大勢の人を救うことができる奇跡の力です。現に、昨日の事件でも数十人のシーカー救ったのでしょう? ……それだけの力を持って生まれた者には、世界を救う使命がある。それが、責務というものです」
「世界を、救う……」
わたしの喉が、きゅっと鳴る。
「私には、優奈ちゃんがもっと輝けるような、国や管理局すらも介入させない完璧な体制と支援を用意することができます。……優奈ちゃん、私と一緒に世界を救いましょうよ。この世界から、結晶化や魔晶で苦しむシーカー達を、すべてなくしてあげるのです。……それが、貴方の望みでしょう?」
貴鏡さんが、テーブル越しにわたしの手をそっと両手で包み込んだ。彼女の手は驚くほど温かく、その提案は、わたしのような平凡な人間の「誰かの役に立ちたい」という承認欲求を、この上なく甘美に満たすものだった。大勢の人を救える。結晶化に怯える人達をなくせる。それは、ずっと夢見ていた、駆け出しの頃救ってくれた先輩シーカーのような「誰かのヒーロー」になるための、完璧な道筋に見えた。
「それは……確かに、すごく、素敵な提案だと思います……」
わたしの言葉に、玲香さんが息を呑むのが分かった。隣にいる望愛さんの体も強張っている。わたしが貴鏡さんの手を取れば、この苦しい戦いから解放され、安全に、多くの人を救う地位が約束される。わたしは隣に座る玲香さんを見た。彼女は、今にも泣き出しそうな、不安に満ちた瞳でわたしを見つめている。
「……でも、お断りします」
わたしは、貴鏡さんの温かい手から、自分の手をそっと引き抜いた。貴鏡さんが、意外そうに眉を上げる。
「あら。理由をお聞きしてもよろしくて?」
「わたしは……玲香さんを信じてるから。……ごめんなさい、わたし、自分の意見とか、立派な信念とか、そういう難しいことはよく分からないんです。でも……わたしは、玲香さんと、望愛さんと一緒に、わたしの大好きな人達の隣で笑っていたいんです。だから……ごめんなさい」
頭を深く下げる。サロンの中に、静寂が広がった。貴鏡さんはしばらくの間、わたしを凝視していたが、やがて、くすくすと肩を揺らして笑い出した。
「そうですか。……見事に振られちゃいましたね。玲香ちゃん、貴方は本当に、良いパートナーを手に入れましたね」
貴鏡さんは優雅に立ち上がり、自分のブラウスの襟元を整えた。
「でも、私はまだ諦めていませんから。……もしトーナメントで限界を感じたら、いつでも私の胸に飛び込んできてくださいね、優奈ちゃん。いつでも大歓迎ですから」
そう言って、魔女は妖艶な微笑みを残し、サロンを去っていった。残されたのは、凍りついたような空気と、わたし達の前に立ちはだかる「残り五日、三人目の不在」という、あまりにも冷酷な現実だけだった。
◇◇◇
防音仕様が施された、都内超一等地のビル最上階。そこは、春花貴鏡のプライベートオフィスであり、彼女の自宅でもあった。
「はぁ……。疲れちゃいました」
貴鏡は、自身の執務室に入るなり、息苦しいスーツのジャケットを乱暴に脱ぎ捨て、ソファに体を投げ出した。現在の彼女の装いは、フロントのボタンが大きく開いたブラウス一枚に、シルクの高級下着姿という、あまりにも大胆で扇情的なものだった。豊満な胸がブラウスを押し広げ、豊かな太ももが惜しげもなく晒されている。その時、ドアが静かに開いた。
「失礼します、貴鏡様。本日の――」
入室してきたのは、きっちりとした制服を着こなした、真面目そうな女性秘書だった。彼女は、貴鏡のほぼ下着姿に近い無防備な姿を目にした瞬間、ヒッと小さく息を呑み、顔を真っ赤にして固まった。
「あら、すず。驚かせてしまいました? ……でも、ここは私のプライベートゾーン。別に、良いでしょう?」
貴鏡はソファからゆっくりと立ち上がり、長い脚を滑らせるようにして秘書へと近づいた。
「優奈ちゃんを引き込む作戦、見事に失敗しちゃいました。はぁー……。玲香ちゃんへの執着が想像以上で、なんだか今日はもう、やる気が全く出ません」
貴鏡はうなだれるようにして、女性秘書の目の前に立つ。彼女は目の前にある貴鏡の豊かな双丘の迫力と、はだけたブラウスから漂う甘い香りに、気圧されるように後退した。
「よ、よろしいのですか? この後、トーナメント出場者との面会や、スポンサー企業とのミーティングがいくつか控えておりますが……」
「ああ、別にいいですよ。どうせ、今回のトーナメントは明楽ちゃんが勝つに決まっていますしねぇ。あの修羅のパンチを、優奈ちゃんのサポートなしで玲香ちゃん達が防げるはずがありません」
貴鏡は退屈そうに髪をかき上げた。
「明楽ちゃんが勝った後、彼女を取り込んで、優奈ちゃんの所有権ごと私のギルドに引きずり込めば良いだけです。……ですから、この後の予定は全てキャンセルしちゃってください」
「しょ、承知しました……」
秘書が安堵して一礼し、踵を返そうとしたその瞬間だった。貴鏡の手が、音もなく秘書の腰へと回り、そのお尻を手のひらで「むにゅり」と、強引に愛撫した。
「なっ!? き、貴鏡様……っ!?」
秘書が短い悲鳴を上げて飛び上がる。けれど、貴鏡はその腰をがっしりと抱き寄せ、逃げ場を塞ぐようにして、自らの柔らかい体をぴったりと押し当てた。
「はぁ~……。なんだか最近、ストレスが溜まってしまって。……冷たい玲香ちゃんに、手厳しい優奈ちゃん。お姉さん、すごく傷ついちゃったんですよ?」
貴鏡は、秘書の耳元に顔を近づけると、熱い吐息を吹きかけ、その耳たぶを「はむっ」と甘噛みした。
「あぅ……っ、や、やめてください、仕事中に……んんっ」
「もう少しでお仕事も終わりますから。……さぁ、今すぐ私の指示通り、キャンセルの連絡を入れてくださいねぇ」
貴鏡の手が、秘書の制服のブラウスの中に滑り込み、下着越しに彼女の胸を、じっとりと揉みしだき始める。秘書は顔を真っ赤にし、全身をガタガタと震わせながら、スマートフォンの画面を操作した。
「お、お断りの、連絡……全て、送信……完了、しました……っ!」
「ふふ、よく出来ました。いい子ですねぇ」
貴鏡は秘書を解放すると、満足げに笑った。けれど、その瞳には、サディスティックな、蕩けるような情欲の色がじっとりと宿っていた。
「さぁ。お仕事はすべて終わりました。すず……服を、脱いでくださいな」
「え……っ、あ、あの……」
「拒否権はありませんよ? 私のストレスを解消するのも、優秀な秘書のお仕事ですから」
秘書は、抵抗する気力すら奪われたようにうつむき、震える手で制服のボタンを一つずつ外していった。ブラウスが床に落ち、スカートが滑り落ちる。数分後、そこには、ショーツ一枚だけを身に纏い、羞恥と快感の予感で顔を真っ赤にしながら、その場に立ち尽くす女性の美しい姿があった。
「うふふー。とっても美味しそうですねぇ。……今日は寝かせませんから。たっぷり、可愛がってあげますねぇ」
貴鏡は、獲物を前にした悪魔のような美しい笑みを浮かべ、無防備な秘書を、ゆっくりとベッドの上へと押し倒すのだった。
この作品・続きにご興味をお持ち頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をクリックして頂けると執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。




