第43話 選手お披露目
スノーメビウス地下の開発棟で行われた、次世代仮想空間システム極楽浄土での一週間に及ぶ過酷な訓練。お互いの動きをリンクさせ、魔力と呼吸を合わせる模擬戦は順調だった。三人での連携も板についてきた時、帝人さんの秘書から一通のメールが届いた。
『本日十五時、スノーメビウス本社一階メインホールにて、極楽浄土およびベータテスト・トーナメントの大々的な発表イベントを行います。ギルド救済の祈り手の皆様は、イベントへの参加が必須義務となっています』
ついに、来てしまった。トーナメント開催、残り五日。世界中が見守る中、怪物たちが牙を研ぐお披露目の舞台が、幕を開けようとしていた。
◇◇◇
スノーメビウス本社のきらびやかな控室。鏡の前で、前髪が崩れていないか、服にしわが無いか最終チェックをする。ここに来る途中、メインホールには、それはもういかにもお偉いさんな方や記者の人達がたくさんいたのだ。粗相がないようにこうして入念にチェックをしている。わたし達三人の服装はダンジョンの時と一緒だ。極楽浄土はシーカー訓練用の仮想システムだ。トーナメントではダンジョン用の服装で戦うのだから、どんなに豪華なイベントでもダンジョンでの服装が正装になるのだ。
『間もなく本番です。出演者の皆様、舞台袖へ移動をお願いします』
スタッフさんのアナウンスが流れ、わたし達は張り詰めた空気の中、会場の袖へと向かった。一階のメインホール。そこには、国内外の主要メディアのカメラがズラリと並び、空中には無数の飛行型魔導カメラが蜂のようにひしめいていた。ステージ中央にスポットライトが当たり、スノーメビウスCEO・氷室帝人さんが悠然と壇上へ登る。その姿がスクリーンに映し出された瞬間、世界中へ配信されている中継画面のコメント欄が、凄まじい速度で流れ始めた。
『スノーメビウスの社長キター!』
『帝人CEO、マジで覇王の風格あるわ』
『アークライトを買収したって本当なのか?』
帝人さんは、感情の起伏を一切排した、けれど圧倒的な説得力を持つカリスマ的な声でマイクに向かった。
「……諸君。本日、我々は魔導科学の歴史に、新たな一歩を刻む」
彼は、次世代仮想訓練システム極楽浄土の概要を、端的に説明していった。肉体的な怪我、精神的なトラウマ、そして――全シーカーの宿命であるダンジョンのリスクを百パーセント排除したまま、極限状態での戦闘訓練を行える夢のシステム。
『結晶化のリスクなし!?』
『マジなら世界ひっくり返るぞ』
『シーカーの死亡率が激減する神アプデじゃん!』
コメント欄が狂喜に湧く。しかし、帝人さんの演説は止まらない。
「極楽浄土、その実用性を世界に証明するため、選りすぐりの精鋭達を集めたトーナメントを五日後に開催する」
帝都さんが宣言すると、背後に超巨大デジタルスクリーンが投影され、洗練されたトーナメントPVが流れる。ここからでも会場の期待と興奮が伝わってくる。そして、PVが終わると帝人さんから、いつの間にいた寧琉ちゃんに進行役がバトンタッチされる。
「アークライトインダストリーのCEOに就任した明石寧琉が司会を続けるよ。さて、PVが終わって皆さん誰がトーナメントにでるかワクワクしていることでしょう。この名誉ある祭典を彩る、トーナメント出場チームを紹介するよ。――まずは、今この国で最も勢いのある、若きAランクの精鋭達だ」
寧琉ちゃん結構ノリノリだ。意外な彼女の一面に驚きながら、寧琉ちゃんの実況を舞台裏から見守る。
「――まずは、今もっともライブ配信で同接を稼ぐ、シーカー界の歌姫達! 彼女達の歌声はモンスターを眠らせ、ファンの心を射抜く! ギルド黄昏の歌姫!!」
三人の女性達がファンサービスのように笑顔で手を振りながら入場する。黄昏の歌姫はそれぞれがトップアイドルのギルドだ。大手レコード会社とも提携しており、ダンジョン攻略だけでなく様々なクリエイターや化粧品のタイアップ配信でも有名だ。
「――続いて! 血の繋がりは、奇跡の連携を可能にする! 一卵性双生児にして、Aランク攻略レコードを次々と塗り替える新星! 双極のジェミニ!!」
るなとそらの双子の兄妹によるペアパーティーだっけ。今回はトーナメント用にサポーターを1人いれて3人編成にしているっぽい。血の繋がりによる完全な呼吸の一致が武器で、たしかスキルでお互いの視界を共有しながら寸分の狂いもない連携を見せるのが特徴だったはず。
「――そしてAランク三組目! 華やかな光の世界を、泥臭い鋼鉄の火力で焼き尽くす重戦車! 職人達の砦! ギルド鋼鉄の旅団!!」
迷彩柄の軍服を着たがたいの良い男性三人が入場する。華やかな雰囲気が溢れる昨今の配信シーカー界隈において、頑なに攻略の効率と重火器のロマンを追求し続けるガチ硬派な男所帯ギルド。視聴者層はミリタリーオタク、武器職人が多く、配信は常に実況・解説・戦術検証のトーンで行われていて、ある意味新鮮なんだよね。
まずはAランクのシーカー達が紹介され、壇上に上がった。そして、ここからが怪物達の領域だ。
「――続いて。過激な百合配信で世界中を沸かせ、Fランクのサポーターをリーダーに据えた異端にして最強の一角。――ギルド救済の祈り手!!」
会場に、割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。玲香さんがわたしの手を引き、望愛さんが背後に寄り添うようにして壇上へと上がった。
『フィーリアきちゃあああ!! てか、Sランクも出場するんかよ!』
『令嬢、今日も麗しすぎる!』
『望愛ちゃん、フィーリアに正式加入したの最高にエモいんだが!』
『真ん中の新人ちゃん、相変わらず可愛くてちっちゃくて守護りたい』
先ほどとは比べ物にならない程のフラッシュが瞬き、コメントも流れていく。それだけ、Sランクという肩書はインパクトがあった。続いて、お馴染みの怪物達が次々と紹介されていく。
「――Sランクの頭脳。戦術立案の天才、銀鏡の魔女こと、春花貴鏡!」
「――政府直属特殊部隊SECT総隊長。鋼鉄の重戦士、本田励!」
「――そして、この国最高峰の治癒と防御の術師。静謐の巫女、白河水姫!」
水姫様が純白の巫女服を揺らして壇上に現れた瞬間、わたしの目はお星様になってしまった。相変わらずの圧倒的な美しさ。尊い。尊すぎる。
「……優奈。また水姫をデレデレした目で見ているね。帰ったらたっぷりお仕置きだ」
玲香さんが、マイクに拾われないような小声で嫉妬深く囁き、わたしは「ひぇっ」と息を呑んだ。そして、最後の一人が紹介される。
「――最後は、超武闘派ギルド闘源郷の主にして、破壊の修羅――黒鉄明楽!!」
ドォン!! と大気を揺らすような、野生的な魔力のプレッシャー。黒髪を奔放に揺らし、黄緑の猫のような瞳を輝かせた明楽さんが、不敵な笑みを浮かべて登壇した。会場の熱気は、最高潮に達していた。
今回のトーナメントは全八組。世界中に同時中継されているため、表向きには「桜優奈との専属パーティー権」が優勝賞品であることは公表されなかった。もし、そんなことを世界に向けて発表すれば、人権団体や他国からの激しい反発、そしてわたしの安全が完全に脅かされるからだ。
だけど、この場に集まった出場者達、そして関係者達には、事前に「桜優奈の独占権が授与されること」が完全に周知されていた。水姫様も、貴鏡さんも、本田さんも、そして明楽さんにも。全員の紹介が終わり、壇上でのフリートークの時間になった。お互いに距離を取りながら、静かな殺気がぶつかり合う中、明楽さんが軽やかな獣のような足取りで、迷いなくわたしの方へと歩み寄ってきた。
「やっほー! 優奈、久しぶりー!」
「え? あ、明楽さん、お久しぶ――」
挨拶を言い終わるよりも、明楽さんの体が動く方が、早かった。彼女はわたしの両肩を強引に掴むと、そのまま自分の柔らかい体をぴったりと押し当ててきた。そして――。
チュッ。
柔らかくて、どこか甘い熱を帯びた感触が、わたしの唇を、世界中のカメラの目の前で強引に塞いだ。
「んむぅぅっ!?」
衝撃に頭が真っ白になる。唇を。世界中が視聴している公式配信の、それも何十台ものカメラがドアップで捉える壇上のド真ん中で、明楽さんに唇を奪われた。
「ぷはっ……。にひひ、やっぱり優奈すごく可愛いね」
顔を離した明楽さんが、いたずらっぽく、けれど独占欲をギラギラと輝かせた瞳で、わたしの唇を指先でなぞった。
「き、ききき、きす……!?」
わたしの思考が完全にショートする。その瞬間、背後から、東京全体を氷河期へと叩き落とすかのような、凄まじい絶対零度の殺気と、地中から這い上がってきたような漆黒のオーラが、同時に爆発した。
「――明楽。貴様、死にたいのか」
玲香さんの声は、怒りを通り越して、完全に生物を屠るための装置のそれだった。抜刀こそしないものの、彼女の周囲の空気がパキパキと音を立てて凍りつき、ステージの床に白銀の霜が一瞬で広がっていく。
「……汚らわしい。今すぐ、その首を刈り取ってあげる」
望愛さんもまた、コバルトブルーの瞳から完全に光を消し、底知れない殺意を明楽さんへと向けた。壇上は、一瞬にして一触即発の臨戦状態へと変貌した。あまりの緊迫感に、司会進行のスタッフや、周囲のAランクシーカー達がガタガタと震え始めている。
「そんな怖い顔しないでよー。別に減るもんじゃないし、いいでしょ?」
明楽さんは全く怯むことなく、楽しそうに喉を鳴らした。
「だってさ。このトーナメント、僕が優勝するに決まってるじゃん。そしたら、優奈は将来、僕のものになるんだしさ。……今のうちに、お味見くらいさせてよ。にひひ」
挑発。それは、玲香さん達の逆鱗を真っ向から踏み抜く、致命的な宣戦布告だった。
「……そんな未来は、万に一つも訪れない。お前が優奈に指一本触れる前に、私がその傲慢な肉体を、分子レベルで凍結粉砕してやる」
玲香さんが、わたしを自分の胸の中に強引に引き寄せ、明楽さんを極限の冷徹な眼差しで睨みつけた。このセンセーショナルな一部始終は、リアルタイムで世界中に同時中継されていた。案の定、インターネットの海は、この衝撃的なハプニングに大爆発を起こしていた。
『うおおおおおおおお!! 公開キスきたあああ!!!』
『令嬢の表情、完全に本気で草。殺す気満々じゃねえか』
『望愛様のオーラが完全にヤンデレのそれで震える』
『「僕のものになる」発言、明楽ちゃんマジで修羅ギャルすぎて最高』
『新人ちゃんを巡る、Sランク美女達による最強の百合バトル……! エモすぎて脳が溶ける』
ネット上では、わたしを巡る新たな恋敵が現れたと、百合配信の文脈で最大級の盛り上がりを見せていた。なんとか寧琉ちゃんが司会進行で割って入り、この場は一旦収まったものの、ステージを降りるわたしの背中には、冷や汗がびっしりと張り付いていた。
選手達のお披露目が終了し、メインホールの照明が落とされる。配信ドローンがすべてオフになり、メディア関係者が退室したことを見計らって、おもむろに氷室帝人さんがやって来た。
「ご苦労だったな、玲香。……見苦しい醜態を世界に晒したな」
帝人さんの冷徹な、血の通わない声。玲香さんは一歩前に出ると、彼を真っ直ぐに見据えた。
「無駄な挑発に反応したことは謝罪する。……だが、私達の覚悟は変わらない。トーナメントを勝ち抜き、優奈は誰にも渡さない」
「……その言葉が、ただの強がりでないことを祈ろう」
帝人さんは表情を変えないまま、淡々と完璧なチェックメイトを告げるように口を開いた。
「一つ、お前達に伝えておくべき追加ルールがある」
「追加ルール……?」
玲香さんが不審そうに眉をひそめる。帝人さんは、わたしのことを氷のアクアマリンの瞳で一瞥し、無慈悲に宣告した。
「――桜優奈は、このトーナメントに参加することはできない」
「「なっ……!?」」
わたしと玲香さん、そして望愛さんの声が重なった。
「どういうことですか、お父様! 今回の戦いは3on3のチーム戦だ! サポーターである優奈が出場できないなど、ルールとして破綻している!」
「破綻などしていない」
帝人さんは冷たく一蹴した。
「このトーナメントの優勝賞品の対象は、桜優奈だ。……景品そのものが、トーナメントに出場して戦うなどという、バカげた話がまかり通るわけがないだろう」
「それは……!」
玲香さんの言葉が詰まった。確かに、大人の、そしてビジネスとしてのロジックから言えば、それは極めて当然の判断だった。優勝者に桜優奈のパーティー権が与えられるのだから、その対象が試合に参加するなどおかしな話だ。
「桜優奈は、決勝戦までの間、貴賓室で観戦すること。これが管理局とスノーメビウスの共同決定だ。……お前達は、彼女抜きでパーティーを構成しなければならない。トーナメント開始前までに、代理の三人目を捜すのだな。……精々、悪あがきをするがいい」
そう言って帝人さんは立ち上がり、背を向ける。残されたのは、凍りついたような静寂。開催まで、あと五日。メンバーすら足りないという、絶望的な状況に、立ち尽くすことしかできなかった。
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