第42話 更衣室での秘事
「ふぅ……。お疲れ様でした……!」
スノーメビウス地下の開発棟。ダイブポッドのハッチがプシューと静かな排気音を立てて開くと同時に、わたしはヘッドセットを外して、大きく背伸びをした。現実世界の肉体に意識が戻った瞬間、ずっしりとした物理的な重力と、そして何よりも――。
「うぅ……。やっぱり、このスーツ、ものすごく気持ち悪い……」
皮膚にピッチリと吸い付いた漆黒のラバースーツ。現実の肉体はダイブポッドのシートに座っていただけなのに、仮想空間での激しい運動フィードバックが超感度センサーを通じて百パーセント肉体に反映されているのだ。そのせいで、スーツの内側は信じられないほどの汗でぐっしょりと濡れそぼっている。歩くたびに、ラバーが肌に吸い付き、何とも言えない生々しい摩擦感が脳を刺激する。
わたし達はポッドの並ぶ大空間から専用の更衣室へと移動した。鏡の前で、わたしはこれ以上ないほどの恥ずかしさに身を縮こまらせた。全身のボディラインを容赦なく拾い上げる漆黒のツナギ。汗を含んで肌に張り付いたそれは、まるで薄皮一枚を纏っているだけのように、豊かな胸の丸みやお尻の柔らかなカーブをこれでもかと強調していた。
「うぅぅ……、このボディースーツ、本当に着づらいし、ピッチリしてて恥ずかしい……。それに、汗も拭けないので中がぐちょぐちょで最悪……」
わたしは首元のジッパーをつまみ、胸元に向けて一気に下ろした。ジッパーが開くと同時に、スーツの内側に籠もっていた、わたし自身の体温で熱されたもわっとした湯気と、湿り気を帯びた香りが一気に更衣室の空気に解放される。
「うわ……。鏡で見ても、本当に凄い汗……」
裸の上から直に着用していたラバースーツだ。開いた胸元からは、汗ばんでツヤツヤと光る鎖骨や、押し潰されていた胸の柔らかな谷間が、湯気を立てて露わになっている。
「…………」
「…………」
隣で着替え始めていたはずの玲香さんと望愛さんが、ピタリと動きを止めていた。二人の視線が、わたしの開いた胸元、そして汗で濡れた肌へと同時に突き刺さる。その瞳には、喉を鳴らすような、じっとりとした熱い色が浮かんでいた。
「れ、玲香さん? 望愛さん……?」
「あ、あぁ。……そうだな。非常に、機能的なスーツだが……その、少し刺激が強すぎるかもしれない」
玲香さんが顔を赤らめ、コホンと不自然な咳払いをする。
「ええ……。数時間熟成された優奈さんの甘い匂いが更衣室中に満ちていて……頭がクラクラするもの……」
望愛さんがコバルトブルーの瞳を激しく潤ませ、自らの首筋をなぞりながら熱い視線を送ってくる。やばい。嫌な予感しかしない。
「とりあえず、早く脱いでお風呂に行きましょう! ……って、う、嘘。脱げない……!?」
慌ててスーツを肩から剥ぎ取ろうとしたけれど、汗でピッチリと肌に張り付いたラバー素材は、頑固な糊のようにわたしの体に吸い付いてビクともしなかった。腕を後ろに回しても、ツナギ仕様のスーツを一人で下ろすのは、悪戦苦闘の極みだ。
「くぅぅ……。張り付いて取れないです……っ」
「……仕方がないな。優奈、私が手伝おう。後ろを向きなさい」
「あ、ありがとうございます、玲香さん……!」
わたしはホッとして、玲香さんに背中を向けた。背後に回った玲香さんが、背中側のラバーをつまみ、ゆっくりと下へと引き下げていく。
「ふふ、本当に吸い付いているね。……優奈の体は、本当に柔らかいな。ラバーの上からでも、その、吸い付くような肉の弾力が……」
「れ、玲香さん……? ……ひゃっ!?」
不意に、背後から突き出された両腕が、わたしの脇腹をすり抜ける。そして、上半身からスーツが剥ぎ取られたばかりの、無防備な胸元へと伸びてきた。がっしりと、しかし驚くほど優しく包み込まれる。
「あ……んっ! れ、玲香、さん……っ!?」
「すまない、優奈……。さっきの訓練で、副作用が……。もう、我慢の限界なんだ……っ」
玲香さんの熱い息遣いが首筋にかかる。そのまま、汗がしたたるわたしの首筋に、彼女の唇が強く押し当てられた。
「んぅ……っ、ちゅ、じゅる……」
「ゃ、はぁ……ダメ、です……! こんな大胆にしなくても……っ」
首筋を濡らす舌先。背筋をゾワゾワとした快感が駆け上がり、わたしは声を出さないように口を押えようとした、その時。
「……ずるいわ、玲香さん。一人で優奈さんを独占しようなんて」
「望愛さん……っ!?」
いつの間にか、望愛さんがわたしの正面に回り込んでいた。彼女の瞳は完全に蕩け、理性の光が消えかけている。
「ん……むっ!?」
抗議する間もなく、わたしの口は望愛さんの熱い唇によって塞がれた。
「ん……んんぅ……っ、ちゅ、は……っ」
深い、深い口づけ。望愛さんの舌が、わたしの口内を慈しむように、貪欲にかき回す。そして、望愛さんの細い手が、まだ腰のあたりで引っかかったまま、脱ぎきれていないボディースーツの隙間から、わたしの中へと滑り込んできた。
「あっ……んんっ……!!」
お尻がいやらしく形を変えられながら、汗でぬるっとした感触が広がる。更衣室に充満する熱気と、訓練による過剰な興奮。そして何よりも――。二人に同時に攻められて身も心も理解が追いつかないのだ。玲香さんに抱きしめられ、胸を揉みしだかれながら、望愛さんと濃厚なキスを交わし、お尻を愛撫されている。恋人と浮気相手、普通ならありえないこの状況。この上ない背徳感と崩壊していく倫理観が、わたしの体をいつも以上に敏感にさせ、お腹の奥がキュンキュンと激しく疼き、全身の力が抜けていく。
「優奈……腕を、どけてごらん」
「嫌……です、恥ずかしい……っ」
「ダメだ。……もっと、君を感じたい」
玲香さんが、わたしの抵抗する両手を強引に掴み、頭上へと持ち上げて拘束した。上半身は裸。腕を持ち上げられたことで、わたしの脇が完全に無防備に晒された。
「あ……玲香さん、そこは、本当に……汚いから! ダメ! あ、……ひゃうぅぅぅっ!?」
熱い、ざらりとした舌先が、わたしの脇のくぼみを優しくなぞり、舐め上げた。
「んんぅぅぅっ!! ダメ、ダメですぅ……っ! 臭いし、汚いからぁ……」
「そんなことはないよ。濃厚な優奈の香り、すごく良い匂いだ……。本当に甘くて、美味しいな、優奈は……。いくら舐めても、飽きないよ」
玲香さんは恍惚とした表情を浮かべ、執拗に、優しくわたしの脇を舐め回し、甘噛みして吸い上げる。くすぐったい、し……変な、感じ、しちゃう……。背筋に電流のような羞恥心と快感が走り、涙が零れ落ちる。
「優奈さんって蜂蜜でできているのかしら……。胸も、こんなに熱くて、柔らかくて……すごく甘い」
正面にいる望愛さんが、わたしの乳房を両手で挟み込み、揉みしだきながら、その頂へと交互に顔を埋めた。
「あ……ふ、んぅ……っ、ちゅ、じゅる……」
「あうっ……! 望愛さん、吸わないで……っ、声が……っ!」
ジュルジュルと、肉を吸い上げるいやらしい水音が、密閉された更衣室のロッカールームに生々しく響き渡る。後ろからは、玲香さんの冷たい冷気と、それをかき消すような執拗な脇への愛撫。正面からは、望愛さんの湿った情熱と、胸を執拗に貪る舌の熱。
「んんっ……! ふあ……は、はぁ……っ♡」
もし、誰かが更衣室に入ってきたら。そんな恐怖と、二人の美女に全身を愛でられる極限の悦楽に押し流される。悶え、声を必死に押し殺して、二人の激しい愛撫に耐え続けることしかできなかった。
◇◇◇
行為が終わり、シャワーを浴びて着替えを済ませたわたし達は、防音仕様の特殊装甲セダンに乗り込み、帰途についていた。車内は、重苦しい沈黙に包まれていた。
「…………」
わたしは後部座席の端に座り、腕を組んで、これ以上ないほど不機嫌そうに窓の外を睨みつけていた。ぷんぷんと怒りのオーラを全身から発散させている。右隣の玲香さんは気まずそうに目を泳がせ、その奥の望愛さんは爪を見つめて無言を貫いている。
「……あの、優奈? そんなに怒らないでほしいのだが」
玲香さんが、恐る恐る話しかけてきた。
「怒りますよ!! 当たり前です!」
わたしは勢いよく二人に振り返った。顔は未だに、更衣室での熱気と羞恥心で林檎のように赤い気がする。
「もの凄く恥ずかしかったです! ……確かに、副作用の治療は仕方ないと思いますよ? でも、もうちょっと、こう……オブラートに包んだ行為はできないんですか!?」
「オブラート、とは……具体的にどういう?」
望愛さんが首を傾げる。
「今までは、手を繋いだり、抱きしめたり、ちょっとキスするくらいだったじゃないですか! なのに、最近の二人、明らかに過激になりすぎてます! 今日なんて、腕を縛られて、脇を舐められて、胸まで吸われて……ほとんどエッチしている感じになってるじゃないですか!」
叫んだ瞬間、自分で口にした言葉の破廉恥さに、頭が破裂しそうになった。
「別に……そういう行為が嫌いじゃない、ですし……むしろ、その、気持ちよくはある、んですけど……っ!」
顔を隠しながら、消え入りそうな声で白状する。
「でも! TPOをわきまえてください! あそこは会社の更衣室ですよ!? もし誰かが入ってきたら、わたし達社会的に終わってましたからね!」
わたしの至極真っ当なお説教に、玲香さんと望愛さんは気まずそうに視線を交わし、しおしおと反省の態度を示した。
「……すまない、優奈。君の言う通りだ。公共の場での行為は自重すべきだった」
「ええ……。私も少し、理性を失っていたわ。反省する」
よし。分かってくれたならいいのだ。わたしがホッと胸を撫で下ろそうとした、その瞬間。
「……だが、優奈。君にも、少しは原因があるとは思わないかい?」
「……え?」
玲香さんが、真剣な顔でこちらを見つめてきた。
「どういう意味ですか? わたし、何もしてませんけど」
「そんなことはないわ、優奈さん。……私達は、副作用のせいで、貴方の魔力や存在に対して、人一倍敏感になっているのよ?」
望愛さんが、我が意を得たりとばかりに玲香さんの言葉に乗っかる。
「敏感になっている私達の目の前で、今日みたいにもわっと甘い湯気を立てて、汗ばんだ蠱惑的な肉体を見せつけ、挙句の果てにスーツが脱げないなどと、無防備に腰をくねらせて悪戦苦闘する。……そんな、あからさまに私達を煽るような仕草をされて、理性が耐えられるはずがないじゃない」
「なっ……!?」
あまりの言いがかりに、わたしは絶句した。
「煽ってないです! ただ本当に張り付いて脱げなかっただけです! 裸を見せつけるなんて、そんな恥ずかしいこと、自らするわけないじゃないですか!」
「いいや、優奈。自覚がないのが一番タチが悪いんだ」
玲香さんが、深く頷きながら持論を展開する。
「TPOをわきまえてほしいと言うならば、まずは優奈、君自身が、その可愛らしさとエロすぎる肉体を自重してほしい。……君が魅力的すぎるのが、すべての元凶なのだから」
「……ええ。同意するわ。あの更衣室での濡れた白肌は、ただの暴力的な誘惑だったもの。……罪深いわよ、優奈さん」
「なっ、なっ、何言ってるんですか、二人ともぉぉぉ!!」
自分の肉体を、真顔で「エロすぎる」だの「暴力的」だのと貶しているのか褒めているか良く分からない言葉に、羞恥心のキャパシティが限界を突破した。完全に屁理屈だ。逆ギレに近い。けれど、二人の大真面目で、どこか必死な眼差しを見ていると、呆れると同時に、これ以上怒る気力も失われていく。
「……もう、分かりましたよ。善処します……」
溜息を吐き、再び窓の外へと目を向けた。顔が熱くて、本当に死にそうだ。……絶対に、次からはダイブポッドを出る時間をずらそう。二人と着替える時間をずらさないと、わたしの身が持たない……。心の中で、固く、固くそう誓うのだった。
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