第34話 目覚めの熱、そして波乱の船出
まどろみの中から、意識がゆっくりと覚醒していく。いつもならスマホのアラームに叩き起こされるのに、今日は驚くほど自然に目が開いた。……なんだか、いつもとパジャマの感覚が違う。そう思いながら上体を起こし、大きく背伸びをすると、シーツがさらりと滑り落ちた。
「んん~~! はぁ……。って、はだか!?」
咄嗟に両手で胸を隠し、周囲を見渡す。そこはわたしのゲストルームではなく、玲香さんの寝室。そして隣には玲香さんが、まだ深い眠りの中にいた。頭の中が真っ白になりかけるが、昨夜の記憶が奔流となって押し寄せてくる。そうだ。わたし、玲香さんと一緒に寝たんだった。我ながら、なんて大胆なことをしたんだろう。玲香さんの寝室に忍び込み、ベッドで彼女を待っている間、心臓が口から飛び出しそうで何度も自室に戻ろうと思った。でも、あの時はどうしようもなく、玲香さんを感じたかったのだ。恋人になった直後のあの殺伐とした会議、水姫様からの厳しい言葉……。心が折れそうだったわたしを救ってくれたのは、やっぱり彼女だったから。
シーツからはみ出している彼女の白い鎖骨や、艶やかな肩のライン。それを見ているだけで、肌を重ねた時の熱い記憶が鮮明に呼び起こされる。
「わたし、玲香さんと、ここで……」
全身を駆け巡った熱い快楽。溶けてしまいそうなほどの愛の言葉。何度も、何度も玲香さんを求めて、はしたない声を出しちゃったこと。思い出しただけでお腹の奥がじわじわと疼き、顔から火が出そうになる。わたしはボフン、と音を立てて枕に顔を押し付けた。鎮まれ、わたしの煩悩! 恥ずかしすぎて死んじゃう……! けれど、脳裏には月光に照らされた玲香さんの、女神のように美しい裸体が焼き付いて離れなかった。
「ん……」
隣から絹擦れの音。横を向くと、玲香さんの長いまつ毛がピクリと動いた。ゆっくりと瞼が開かれ、澄んだアクアマリンの瞳が私を捉える。
「あ、えっと……おはよう、ございます。玲香さん」
「おはよう……。優奈」
玲香さんは蕩けるような微笑を浮かべ、囁くように挨拶を返した。そのまま、彼女は私の手を取り、自分の頬に寄せる。
「人生で最高の目覚めかもしれない。起きたら、目の前に最愛の人がいるのだから」
「も、もう。大げさですよ、玲香さん……」
気恥ずかしいのに、嬉しくて頬が緩んでしまう。玲香さんが起き上がると、シーツの隙間から隠されていた彼女の柔らかな膨らみが露わになった。
「れ、玲香さん! 胸、見えてます!」
わたしは跳ねるように起き上がり、胸を手で隠しながら話す。玲香さんは自分の胸元を見る。
「ああ、そうだったね。昨夜はあまりに満たされて、あのまま寝てしまったから。……ふふ、夢のような夜だったよ。すごく可愛かった、優奈」
「なっ! そういう恥ずかしいことは言わないでください……!」
「事実なのだから仕方がない。可愛くて、綺麗で……。そして、すごくエッチだった」
「ううぅ~~!!」
氷の令嬢、キャラが変わってませんか!? 普段は言わないような言葉を真っ直ぐに投げつけられ、私は枕で顔を隠して悶え転がった。ふと視界に入ったスマホの時計――『11:42』
「嘘ぉ!? もう、お昼!? 溜まっている家事を片付けないと!」
人生まれにみる大寝坊だ! ここのところ、玲香さんの家に帰らない日が続いてたり、忙しいこともあって洗濯やらお掃除やらやることがたくさんあるのだ。慌ててベッドから立ち上がろうとした瞬間。背後からがっしりと腕が回され、わたしは玲香さんの胸の中に引き戻された。
「わっ……」
「今日はゆっくりしようよ。優奈を感じていたいんだ……」
「ふぁ……。耳、だめぇ……っ」
耳元で囁かれ、甘噛みされる。玲香さん、付き合う前からそうだったけど、耳ばっかり攻めてくる。いつの間にか、彼女の両手がわたしの胸を包み込み、ゆっくりと揉みしだき始めていた。
「っ……! あっ、んん……!」
「ここ、気持ちいいだろう?」
親指と人差し指で乳首をつままれ、痺れるような快楽を与えられる。
「きもち……いい、です……っ」
真っ昼間からこんなこと、いけないのに。でも、拒めない。玲香さんの指先が与える快感に、再び体が熱くなっていき――。
ピンポーン!
突如鳴り響いたインターホン。わたし達はビクッと飛び上がった。玲香さんが不機嫌そうに顔を歪める。
「わたし、出ますね!」
床に散らばったパジャマをひったくるようにして着込み、わたしは寝室を飛び出した。テレビモニターを確認すると、そこにはキャリーケースを引いた藍髪の美女――望愛さんが立っていた。
「お、お待たせ! 望愛さん、早いね」
ドアを開けると、望愛さんは怪訝そうな顔で中に入ってきた。
「そう? もうお昼よ。引っ越し準備、大体のものは処分してきたから」
「そ、そっか……。手伝おうか?」
「それより、優奈さん……」
望愛さんが顔を赤らめ、スッと目を逸らした。
「……家の中ならどんな格好でもいいと思うけれど。その、胸が」
「え?」
視線を落とすと、薄いパジャマ越しに、わたしの胸の先がツンと浮き上がっていた。……ノーブラだった。
「っ~~~~!!」
自分の体を抱きかかえるように隠し、わたしは絶叫した。
「ご、ごめん! 忘れてた! 着替えてくる!!」
玄関に望愛さんを放置したまま、わたしは全速力で自室へ逃げ込んだ。絶対に変態だと思われた。恥ずかしすぎる。消えて無くなりたい……。
◇◇◇
望愛さんをゲストルームへ案内した後、わたし達三人は気まずい沈黙の中でランチを済ませた。今は食後のティータイムなんだけど、玲香さんの機嫌がすこぶる悪い。
「はぁ……」
本日五回目の溜息。玲香さんはコーヒーカップを置くと、望愛さんを睨みつけた。
「機嫌悪そうね。何かあった?」
望愛さんは何食わぬ顔をして玲香さんに質問をする。この状況でよくストレートに聞けるなぁと、望愛さんのメンタルに素直に尊敬する。
「……別に。君のせいで、私と優奈の大切な朝の儀式が壊されただけだ」
「朝の儀式って……。もしかして、今朝のあれ、やっぱりいかがわしいことしてたの?」
望愛さんが私の胸元をジロリと見る。
「「うっ……」」
図星。わたしと玲香さんの声が綺麗に重なった。
「ふーん。なるほどね。……いい度胸ね、玲香さん」
「な、何がだ。恋人同士なんだから当然だろ!」
火花を散らす二人。このままではわたしの昨夜のあれこれまで根掘り葉掘り聞かれかねない。わたしは慌てて話題を切り替えた。
「と、ところで! ギルド結成の配信、どうしますか?」
「……そうだな。今日、ここから報告配信を行うのが一番早いだろう」
「それでいいと思う」
「わたしも賛成です」
一瞬で決まってしまった……。てっきりダンジョンで配信するものと思っていたけど、報告だけなら別にどこでもできるしね。
「時間は夕飯を食べ終えた二十時頃にしようか」
二十時。指定の時刻になり、わたし達はリビングのソファに並んで座った。真ん中にわたし。右に玲香さん。左に望愛さん。二人とも「優奈の隣じゃないと嫌」と言い張り、結局このサンドイッチ状態に落ち着いたのだ。このポジション一番目立つから嫌なんだけどね。
『それでは、配信を開始します』
ミシャの音声ガイドと共に、カメラが回る。その瞬間、玲香さんはわたしの腰に手を回し、望愛さんはわたしの左腕をがっしりと抱き込んできた。
『え、なにこれ』
『修羅場? 修羅場なの?』
『左に氷の令嬢、右に深海の刺客……真ん中のFランクになりたい人生だった』
コメント欄が秒速で流れていく。わたしは顔を真っ赤にしながら、なんとか口を開いた。
「え、えっと。皆さんこんばんは。桜優奈です。今日は大切な報告があります。……この度、わたし達三人は、ギルド救済の祈り手を結成することになりました!」
『きたああああ!』
『最強ギルド誕生か!?』
『でも優奈ちゃん、玲香様とペアじゃなかったの? 浮気?』
「あっ、えっと、これは浮気ではなくて……。コラボ対決の時に色々あって、望愛さんと仲良くなってですね……」
浮気コメントにわたしが慌てていると、玲香さんがわたしの腰を引き寄せてカメラを睨んだ。
「浮気ではない。……優奈は、わたしの恋人だ。そして望愛は、戦力としてギルドに引き入れたに過ぎない」
「……あら。玲香さん、まだそんなこと言ってるの? 優奈さんが『望愛さんはわたしのモノ』宣言した時、貴方も喜んで認めていたじゃない」
玲香さんと望愛さんの爆弾発言に、チャット欄が爆発した。
『恋人宣言!?!?』
『わたしのモノって何だよ詳しく教えろ!!』
『氷の令嬢の独占欲やべぇwww』
「望愛! 配信中だぞ!」
「事実でしょう? 私は優奈さんのモノ。だから、彼女を一番近くで支える権利があるわ」
痴話喧嘩の様相を呈し始めた配信に、なぜか視聴者のボルテージは最高潮に。もう、本当にやめてほしい……。ギルド結成の報告でこんな醜態を晒してしまうなんて。でも、望愛さんのことは皆に受け入れられているようで安心した。コラボ対決で色々あったから、それが気がかりだったのだ。秒速に流れていくコメント単に気になるワードがあったので、声に出してしまった。
「ギルドのリーダーは誰なんですか? そういえば、ギルドリーダー決めてませんでしたね。ここはやっぱり、玲香さんですよね」
すると、何故か二人の視線がわたしに集まった。
「リーダーは優奈、君しかいない」
「……ええ。私達を従えるのは、貴方だけよ。優奈さん」
「ええっ!? わたし!? 無理無理、絶対無理!! Fランクだし知識も実力もないし……!」
必死に否定するわたしに、玲香さんは優しい眼差しで告げた。
「君がいなければ、このギルドは生まれていなかったし、私もシーカーを続けていなかったはずだ」
玲香さんと初めて出会った時のことを思い出す。変異体との戦いで陥った絶体絶命のピンチ。もし、わたしがあの場にいなかったら、こんな未来はなかったかもしれない。
「そうよ、優奈さん。貴方の『モノ』になった私を、最後まで導いて」
二人の、あまりにも巨大で真っ直ぐな想いに、わたしは逃げ場を失った。不安と恥ずかしさで震えながらも、わたしは二人の手を握りしめる。
「……わかりました。わたし……リーダー、やります!」
画面の向こうで、何十万もの視聴者が歓喜と祝福、そして驚きのコメントが滝のように流れていく。――ギルド『救済の祈り手』、前代未聞のFランクリーダーの誕生が、ここから世界中へと拡散されていくのだった。
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