第33話 情欲に溺れる玲香
シャワーの熱を浴びた後、私は溢れんばかりの湯船にゆっくりと身を沈めた。立ち上る湯気が視界を白く染め上げ、深呼吸をしてバスソルトの香りを楽しむ。
「ふぅ……」
普段は効率を優先してシャワーだけで済ませることも多いけれど、今日という一日の気苦労を思えば、心身ともに徹底的なリフレッシュが必要だった。目を閉じれば、あの円卓に集った怪物達の顔が嫌でも蘇る。百戦錬磨の、正真正銘の化け物達。本当は、恐怖しかなかった。あの場で誰かが強硬手段に出て、私の腕の中から無理やり優奈を奪い去ろうとしたら……そんな最悪の想像が何度も脳裏をよぎった。だが、そんな弱気を見せればあいつらの思うツボだ。何より、隣にいる優奈に私の震えを悟らせ、不安にさせるわけにはいかなかった。結果として、彼女を守り抜くことができた。その一点だけが、今の私の乾いた心に安らぎを与えてくれる。
……だけど、貴鏡の思惑通りに事が運んだのは間違いない。あいつは確実に、次の一手を打ってくる。今は具体的な手出しができずとも、ミシャには彼女の動きを常時監視させるべきだ。一度守りきったからといって、優奈の身の安全が恒久的に保証されたわけではないのだから。そのために、好きでもない望愛をギルドに引き入れた。はぁ……。優奈と晴れて恋人になれたというのに、次から次へと問題が押し寄せてくる。望愛にしたってそうだ。私達の聖域であるこのペントハウスに、あいつが転がり込んでくる。副作用の処置という大義名分があり、ギルドを結成した以上、避けては通れない道だとは理解しているのだが……。
「あいつ、こっちが少し譲歩したら調子に乗って……」
朝っぱらからキッチンで優奈を襲ったことは一生忘れない。あんなにメソメソしながら加入を渋ってたくせに、優奈の一言でコロッと態度を変えて。おまけに帰り際、私に見せつけるように優奈へキスまでしていった。
「……ああ、思い出すだけでムカムカしてくる」
深海望愛は気に食わないやつだ。優奈は私の彼女なのに、隙あらばべったりとくっついてくる。なんなら、私を出し抜こうとしている気配さえ感じる。……けれど、あいつが背負ってきた苦労は理解できる。そして何より、望愛の戦闘センスは目を見張るものがあった。あの癖のある鎖鎌とスキルを完全に御し、変幻自在に立ち回るあんな戦い方は、私には到底できない。望愛は近い将来、Sランクに到達するかもしれない。それほどの才能と潜在能力を望愛は持っている。……とは言え、優奈への恋情を認めるつもりは、微塵もないけれど。
私は勢いよく浴槽から立ち上がった。鏡の前で髪を乾かし、念入りなスキンケアを済ませた後、リビングへと顔を出す。照明は落とされ、間接照明の柔らかな光だけが部屋を満たしていた。この部屋のもう一人の住人は、すでに自室へ戻ったらしい。
「優奈、もう寝たのかな……」
今日は本当に色々なことがあった。無理もない。彼女にはゆっくりと休んでもらいたいと思う半面、私の胸の奥には、解消しきれない渇きが残っていた。
「……恋人らしいこと、まだ何もできていないな」
今日やったことと言えば、手を繋いでここまで帰ってきたくらい。そんなの、契約関係だったこれまでと何も変わらない日常だ。……もしかして、恋人になれたと浮かれているのは私だけなのだろうか。トボトボと、どこか重い足取りで寝室へと向かった。疲労が押し寄せ、視界が少しずつ霞んでいく。早く寝よう。そう思いながら、ドアを開けた瞬間――私は、自分の目を疑った。
「なっ……! ゆ、優奈?」
驚きのあまり、変な声が出た。なんと、私のベッドの上に、優奈が枕を抱きかかえ、ちょこんと座っていたのだ。彼女は、湯上がりの火照りが残る頬をさらに赤く染め、はにかんだ笑顔を向けた。
「えへへ……。来ちゃいました」
その瞬間、心臓が跳ね上がった。なんて、愛おしい。じんわりと、望外の嬉しさが胸一杯に広がる。……いけない。あからさまに喜びを露呈しては、私のクールな印象が崩れる。氷室玲香よ、彼女の前では常に、余裕ある知的で完璧なパートナーであれ。私は努めて冷静を装いながら、彼女の隣に腰を下ろした。
「ど、どうして、私の部屋に……?」
我ながら、あまりにつまらない切り出し方だ。知的の「ち」の字もない。
「その……。一緒に寝たいなぁ、と思って。……迷惑、でしたか?」
優奈が心配そうに、コテンと首を傾げる。破壊的なまでの可愛らしさだった。思わず抱きしめたい、あるいは押し倒したい衝動に駆られる。これが計算ではなく天然なのだから、本当に恐ろしい子だ。
「……迷惑なわけがないだろう。さぁ、こっちにおいで」
「えへへ、はい……!」
枕を二つ並べ、私達は一つのシーツに滑り込んだ。ふわりと香る、シャンプーと甘い花のような匂い。至近距離に優奈を感じ、私の胸の奥に、昼間の会議とは別の熱い火が灯る。……いけない、抑えなければ。彼女も疲れているのだ。
「電気、消すよ」
「はい……。おやすみなさい、玲香さん」
「おやすみ、優奈」
静まり返った夜の寝室。カーテンの隙間から差し込む微かな月光が、優奈の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。言葉は途切れ、シーツが擦れる音と、互いの存在を確かめ合うような静かな呼吸の重なりだけが部屋を満たす。私達は、しばらくの間、熱い視線を絡ませ見つめ合っていた。何かを欲しそうに揺れる、彼女のローズクオーツの瞳。その奥に、自分だけが映し出されているという事実に、独占欲が満たされていく。どちらからともなく、吸い寄せられるように顔が近づいた。まつ毛が触れ合うほどの距離になった瞬間、私はゆっくりと瞼を閉じた。
「ん……」
重なった唇は、驚くほど柔らかく、そして熱かった。激しい情熱というよりは、お互いの存在を慈しむような、優しく丁寧な口づけ。
「んっ……、はぁ、はぁ……」
唇を離し、そっと優奈の桃色の髪をすくい上げる。彼女は気持ちよさそうに、けれど物足りなそうに目を細めた。
「優奈……」
「……もっと、キス、したいです」
吐息混じりの、艶のある声。優奈が自分から顔を近づけてくる。
「ん……む……」
彼女からの積極的な口づけ。求められているという実感が、これほどまでに心を、そして体を支配するものだなんて。胸の奥の火が一気に燃え広がり、私から理性を奪っていく。舌を絡ませると、優奈の肩がビクッと跳ねた。
「んっ……、んん……っ!」
可愛い。もっと、声が聞きたい。角度を変え、深く、深く、舌を絡ませる。湿っぽい吐息が、逃げ場のない甘い嬌声に変わり、興奮が加速していく。髪を撫でていた手を肩から背中へと這わせ、私は彼女の身体を自分の方へと引き寄せた。薄いパジャマ越しに伝わる、柔らかな曲線と体温。指先を腰のくびれから、なだらかなヒップラインへと滑らせていく。
「あっ……!」
今までとは質の違う、色っぽい声。優奈は唇を離すと、潤んだ瞳で私をいじらしく見上げた。
「玲香さん、その……触り方が、いやらしいです……」
「……ごめん。嫌、だったかな?」
不快にさせたのではないかと焦って手を離そうとすると、彼女にその手を強く掴まれた。
「……嫌じゃ、ないです。今日は、……そういうつもりで、来たので」
頭の中で、理性を繋いでいた最後の糸がぷつりと切れた。私はシーツを跳ね除け、彼女の上に跨った。垂れ下がった私の銀髪が、優奈の桃色の髪と混じり合う。
「……服、脱がしていい?」
優奈は、羞恥に震えながらも、小さく確かに頷いた。逸る気持ちを抑えきれずに、パジャマのショーツを下にずらしていく。可愛らしい白の下着が徐々に見え、まるで聖域を征服していくような背徳感がゾクゾクと背筋を上っていく。そして、穢れ一つない、磁器のような柔肌が月光に照らされて露わになる。なんて、愛おしく、綺麗なんだろう。慈しむように神秘的とすら思える肢体を撫でる。
「あ……ん……っ」
優奈は股を擦り合わせながら、甘い吐息を漏らす。手のひらから伝わる、彼女の吸い付くような肌の柔らかさ。上着をたくし上げると、純白のブラジャーが、その柔らかな膨らみを包んでいた。彼女は口元を片手で覆い、必死に声を殺している。
「玲香さんも……脱いでください。……私だけ、恥ずかしいです」
「あ、あぁ……。そうだね」
私もパジャマを脱ぎ捨て、ベッドの下へと放り投げた。
「……触って、いい?」
「……はい。来てください」
彼女の胸に手を添える。ブラジャー越しでも、彼女の心臓が早鐘のように激しく脈打っているのが伝わってきた。もう、我慢の限界だった。ブラジャーを押し上げ、豊かな双丘を優しく包み込み、揉みしだく。
「あっ……!」
手のひらに沈み込む肉の柔らかさ。その頂を、指先で優しく執拗に撫で回す。
「んっ……んん……!」
私の指先だけで、優奈がびくびくと体を痙攣させ、悦びの声を上げる。こんなに興奮しているのに、胸の奥には不思議な充足感が広がっていた。堪らなくなって、私は彼女の首筋に顔を埋めた。優奈の石鹸の匂いと、微かに混じる甘い熱の匂い。頭がクラクラする。首筋に舌を這わせ、耳元を舐め上げる。
「あっ、そこ、ダメぇ……っ!」
肩が激しく揺れ、シーツを掴む手に力がこもる。私は耳たぶを甘噛みし、そのまま舌を滑り込ませた。逃げようとする彼女の頭を腕で包み込み、右手でその熱い膨らみをより強く揉みしだく。
「優奈……。可愛い……。大好きだよ」
「玲香さん……! 玲香さん……っ!」
私を求める声に支配欲が刺激され、右手は、彼女の最も大切で、愛おしい場所へと導かれていった。肌はより甘い熱を帯び、私達は夜の静寂の中で、深く、深く溶け合っていった。
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