第31話 ギルド結成
嵐のような会議を終え、ラウンジホールに出ると、そこには壁に背を預けて待機していた望愛さんの姿があった。彼女はわたし達の姿を見つけると、安堵したように眉を下げ、吸い寄せられるように歩み寄ってくる。
「……おかえりなさい。大変だったみたいね、二人とも」
「ああ。……ここじゃあ、天井にまで耳がある。場所を変えよう」
玲香さんの先導で、わたし達は管理局の近くにある、会員制の隠れ家的なカフェへと入店した。アンティーク調の落ち着いた内装。注文した三種ベリーの厚焼きパンケーキと、玲香さんお気に入りのエチオピア・モカがテーブルに並ぶ。甘い香りが会議の刺々しい緊張を少しずつ解きほぐしていく。わたしは、パンケーキを切り分けながら、望愛さんに会議の内容を共有した。わたしが政府による簡易的な魔力検査を受けること。共有化案は物理的なランクの制約を逆手に取って白紙にしたこと。そして――。
「……それで、玲香さんが会議のど真ん中で、『優奈は私の恋人だ』って全員に……」
わたしが顔を赤らめて報告すると、望愛さんのフォークがピタリと止まった。コバルトブルーの瞳が僅かに細められる。
「……へぇ。公衆の面前で『私の女アピール』を、ね」
望愛さんの視線が玲香さんを射抜く。その温度は、パンケーキに添えられたアイスベリーよりも冷ややかだった。
「独占欲が服を着て歩いているとは思っていたけれど、まさかそこまでとは。……玲香さん、貴方、自分がどれほど重い女か自覚してる?」
「不測の事態だった。優奈をモノ扱いする輩から守るには、あれが最も効率的だっただけだ……公的な宣言は、防壁として機能する」
玲香さんは澄ました顔でコーヒーをすすっているけれど、その耳たぶが真っ赤になっていた。彼女なりの精一杯の強がりかもしれない。
「結局、あの会議は貴鏡の引いたレールの上だったな」
「そうですね。何というか、貴鏡さんに全てをまるめこまれたような、そんな気がしています」
玲香さんの呟きに、わたしも頷くしかなかった。春花貴鏡さん――あの人は、玲香さんの爆弾発言も、わたしのランクによる制約もすべて織り込み済みで、政府とSランク達の妥協点を自然に作り上げたのだ。まさに、銀鏡の魔女。
「今回の結末は貴鏡が望んだものだ。恐らく、今後何かしらのアクションを仕掛けてくるはずだ。あいつの動きは注視しとくべきだな」
玲香さんがそう結論付ける。ふと、わたしはさっきまで感じていた胸の痛みを思い出し、視線を落とした。
「……玲香さん。わたし、やっぱり水姫さんの言葉が、ずっと胸に刺さっているんです」
「水姫……あの解剖まがいの提案か?」
「いえ、その後の言葉です。……無責任な蛮行。わたしは、自分のスキルのリスクも分からずに、ただ助けたいからって理由だけで……。わたし、治癒術師として失格なんじゃないでしょうか」
パンケーキの甘みが、急に砂を噛むような無機質なものに変わる。国内最高の治癒術師に突きつけられた正論は、わたしの未熟さをこれ以上ないほど抉り出していた。すると、玲香さんがテーブル越しに、わたしの手を力強く握りしめた。
「優奈。あれはただの嫉妬だ。自分よりも優れた力を持つ君への、矮小な当てつけに過ぎない」
「玲香さん……」
「君が今まで救ってきた人々を見てみろ。私や望愛、そして荒木達。誰一人として、君に浄化されたことを後悔している者などいない。……もし不安なら、寧琉に徹底的に調査を依頼しよう。彼女なら信頼できるし、水姫も黙るほどの精密なデータを出してくれるはずだ」
玲香さんの真っ直ぐなアクアマリンの瞳に見つめられ、わたしはようやく、呼吸が楽になるのを感じた。そうだ。迷っている暇はない。わたしには、やるべきことがある。
「……玲香さん、望愛さん。わたし、提案があるんです」
わたしは二人の顔を交互に見据え、言葉を紡いだ。
「三人で、ギルドを結成しませんか?」
「ギルド……?」
玲香さんが意外そうに眉を上げる。
「規定では三人以上。結成すれば政府の公認団体となり、単なるペアよりずっと強い優遇措置が受けられる。……悪くない提案だ」
玲香さんは即座に賛成の意を示した。けれど、望愛さんは寂しげな笑みを浮かべて首を振った。
「……優奈さん。朝も言ったけれど、私は日陰の身よ。そんな私が貴方達の輝かしい経歴に混ざるわけにはいかないわ。……私は、外から二人を守れれば、それでいいの」
また、彼女は自分を切り離そうとしている。でも、望愛さんの指先がテーブルの下で、服の裾を強く握りしめているのを見逃さなかった。彼女だって、本当は一人になりたくないはずだ。
「望愛。君の実力は私が認めている。深層を攻略し、優奈を狙うSランクどもから守り抜くには、影から動ける君の鎖が必要だ。……これは、私個人としての要求だ。ギルドに入れ」
玲香さんも歩み寄ってくれた。でも、望愛さんは頑なに目を伏せる。
「……ダメよ。私は、貴方達の不純物にしかならない」
その時。わたしの胸の奥で、何かがぷつりと切れた。――また、そうやって勝手に自分を卑下して。
「……望愛さん」
わたしの低い声に、望愛さんがビクッと肩を揺らして顔を上げた。
「望愛さんは、わたしに救われたんですよね? 三層で、わたしがこの手で浄化したんですよね?」
「え、ええ……。貴方がいなかったら、私はとっくに死んでいた。……ある意味、この命は貴方がくれたものだと思っているわ」
「だったら」
わたしは身を乗り出し、彼女の逃げ場を塞ぐように、その両手を力強く掴んだ。
「――望愛さんは、わ、わたしのモノですよね?」
「…………え?」
玲香さんが飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになり、望愛さんは固まる。
「わたしのモノなんだから、勝手にどこかへ行くのは禁止です。望愛さんがギルドに入るのは、もう確定事項です。異論は、一切認めません!」
「ゆ、優奈……君、いつの間にそんな……」
玲香さんが驚愕に目を見開いているけれど、今のわたしには止まるつもりなんてなかった。望愛さんの瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
「……独占欲が強いのは玲香さんだけだと思っていたけれど……。優奈さん、貴方も、相当ひどい人ね」
望愛さんは目元を拭いながら、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「自覚はあります。……それで、返事は?」
「……主様の命令なら、断れないわね」
望愛さんは、降参だと言わんばかりに力なく笑い、その指をわたしの手に絡めた。
「よし、決まりです! ギルド名は、ええと……」
「救済の祈り手というのはどうだい?」
玲香さんの提案に、わたしと望愛さんは顔を見合わせて首をかしげた。
「いい響きの名前ですけど、何か意味があったりするんですか?」
「フィーリアという言葉には親愛や慈愛といった意味が込められているんだ。その、私も望愛も、君の愛によって救われたから……。やっぱり、キザすぎるかな」
玲香さんが顔を赤らめながらそんなことを言う。顔が熱い。それ、ただの愛の告白じゃないですか。
「あ、いや、ちょっとそれは……」
あまりにも直球すぎて気恥ずかしいその名前に、わたしが否定しようとした瞬間、望愛さんの明るい声がそれを遮った。
「素敵なギルド名ね……。とても共感する。是非、その名前にしましょう」
マジか! 心の中で盛大にツッコミを入れる。
「二人とも気に入ってくれたようだね。では、ギルド名は救済の祈り手で決定だ」
わたしは気に入ってないんだけど、玲香さんと望愛さんが、これまでにないほど意気投合している。この空気で「やっぱり変えたい」とは言い出せない。わたしは話題を切り替えたくて、慌てて次の話を振った。
「きょ、拠点は……やっぱり、玲香さんの家、ですよね?」
「当然だ。あのマンションならセキュリティも万全だ」
「じゃあ、望愛さんも同じマンションに住みましょう。……副作用の処置をするには、近くにいた方がいいですから」
「……ぐっ。それは……確かに一理あるが……」
玲香さんは複雑そうな表情で唸っている。多分、玲香さん的にはわたしと二人っきりでいたいのかもしれない。わたしもそういう気持ちはあるけど、ギルドメンバーと和気あいあいとしながら送る生活にすごく憧れがあったのだ。最終的にわたしに向けられる望愛さんの熱っぽい視線と、わたしの強気な態度に押し切られる形で、玲香さんは渋々ながらも承諾してくれた。
「ありがとう、玲香さん。すぐに引っ越しの手続きをしてくるわね。……楽しみだわ、優奈さん」
望愛さんはわたしの頬に、玲香さんの目の前で堂々とキスを落とす。颯爽とカフェを後にする彼女を、わたしは照れ笑いを浮かべながら見送った。
「……優奈。あいつを甘やかしすぎじゃないか?」
「あはは……でも、賑やかな方が楽しいですよ? 玲香さん」
不機嫌そうに頬を膨らませる玲香さんの腕に絡みつきながら、わたしは新しく始まる三人……いや、ギルドとしての生活に、胸を躍らせるのだった。こうして、ギルド救済の祈り手が静かに産声を上げたのであった。
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