第3話 クビと代償
ゲートを潜り抜け、見慣れた光景が飛び込んでくる。ここまでくれば、ひとまずは安心だ。小さく息を吐いて、わたし達は持ち物保管所へ寄った。ダンジョン産のアイテム、特に魔石などの貴重な資源は法律で厳しく管理されている。ゲートへ出入りする際に入管検査があり、そこでアイテムを預けるのが基本だ。リュックサックと護身用のナイフをそこに預け、玲香さんは剣といくつかのポーチを預けた。当たり前だけど、武器を市街地で携帯するのは犯罪だからね。
「玲香さん、体は本当に大丈夫ですか?」
一見問題なさそうに見えるけど、変異体と激戦を繰り広げて一時は死にかけたのだ。直撃も受けていたし、どこかに怪我があってもおかしくはない。というか、あんな攻撃受けたら即死な気がするけども……。
「問題ないよ。むしろ、調子が良いくらいだ。君の魔力は、私の中の淀んだ魔力まで浄化してくれたのかもしれない」
玲香さんは、まるで自分が健康体になったことを喜んでいるかのように、穏やかな笑みを浮かべている。今日は、玲香さんと一緒に戦えていい思い出になった。
――いや、死にかけたけど。
「安心しました。この後、神崎さんのところに寄って今回のことを報告したいと思います」
「私も同行しよう。彼には言いたいことがあるからな……」
玲香さんはまるで呪いの言葉の一つでも言いたげな暗い笑顔を浮かべる。ビジネスパートナーとは言え、玲香さんは彼に捨て駒にされたのだから、文句の百個や千個は言う権利はあるはずだ。わたしだって、神崎さんに腹が立っている。ゲートを管理している施設内にはテナントを募集している区画があり、アークライトインダストリー専用の居室へ入室した。丁度、神崎さんが誰かと電話を終えたタイミングだったらしい。
「開発に成功したんだな! 分かった。そちらに向かう。詳細を聞こう」
神崎さんがスマートフォンから耳を離した瞬間、目が合う。神崎さんはポカンと口をあけ、幽霊でも見たような顔で固まった。
「……生きていたのか? お前達……?」
「あ、はい……。なんとか」
「変異体はどうした?」
「私が倒した。一人でな」
玲香さんは冷めた目で静かに言った。
「よしよしよし! でかした、氷室。勿論、魔石は回収したよな?」
「はい、わたしのリュックサックに入れて今は保管所にあります」
「これで今日の失態も帳消しにできる。桜、ご苦労だった。お前は今を以て契約終了だ」
「え? それって……クビってことです、か?」
「そうだ。魔力補給用の新薬『アストラルブースター』の開発に成功したんだ。お前はもう用済みだ。そもそも、お前が役に立ったことは一度もないがな」
「あはは……。そう、ですか」
頭が真っ白になる中でも、一つのワードだけがそこに居座り続けていた。クビ。クビかぁ……。面と向かって言われると精神的にくるものがある。自分が役立たずってことが否応なしに突き付けられているようで。これで、わたしは名実ともに役立たず……。明日から、わたしを受け入れてくれるパーティーとかギルドを探さないと。アークライトインダストリーに入るのもすごく苦労したからなぁ……。先のことを考えると、憂鬱だ。
「神崎、私もお前との契約を解消させてもらう」
玲香さんが冷たい声で宣言した。
「は? 何勝手なことを言っている?」
「勝手だと? 私を見捨てたやつが良く言えるな?」
「俺だってあんなことはしたくなかった。あの時は戦略的に考えて合理的な判断を下したまでだ」
「だとしても、お前が仲間を見捨てた事実は変わらない。お前みたいな人でなしと組みたいやつなどいない。いくぞ、優奈」
「あ……」
玲香さんがわたしの手首を掴んで部屋を退出する。そのまま、振り返ることなくズンズンと進んでいく。その間、わたしは腕を引っ張られるがままだ。
「ここなら誰も来ないだろう」
人気のない通路で、玲香さんがそう言ってこちらに振り返った。
「えっと……?」
「優奈、専属で私とパーティーを組んでくれないか」
「ぱ、パーティー? しかも、専属でわたしが!? む、無理ですよー!」
専属ということは玲香さんのみとパーティーを組むということだ。Fランクの何の取柄もないわたしが、Sランクの最強で才色兼備なあの氷室玲香とパーティー組めるわけないじゃん!
「どうしてだ? 私とパーティーを組めば今までより稼げるはずだ。それに、君のスキルは私にとって必要不可欠なんだ」
「さっきのはたまたまで、いつもは……」
玲香さんは静かに手を壁に添えたいわゆる壁ドンの態勢をとる。右には玲香さんの腕、左側を見やると、非常出口の蛍光灯が灯っていて実質の行き止まりだ。後ろに下がろうとしたら、背中からはひんやりとした壁の感触があってまさに八方塞がり。この状況は一体……! アクアマリンの瞳に見つめられ、わたしの心音がどんどん大きくなる。彼女から絶対逃がさないぞと言う覚悟を感じられる。
「あの時、私は死を覚悟した。限界まで魔力を消費し、まともに動くこともできなかった。けれど、君の魔力は私の命を繋ぎとめた。私にとって君は命の恩人であり、命綱なんだ」
玲香さんは切なそうな表情を浮かべ、懇願するように言った。熱を帯びた眼差しに晒され、行き場を失ったわたしの視線は宙を彷徨う。
「私は優奈が欲しい。私を生かすためにも、どうかパーティーを組んで欲しい」
「うぅぅ~~。……分かりました。玲香さんとパーティーを組みます」
観念したようにわたしはポツリと呟く。わたしのスキルは本来ゴミ同然のスキルだ。さっきはどうしてあんなに魔力を補給できたのか全然分からない。制御不能なスキルに期待されても困るのだけども。でも、この人の孤独をわたしは知ってしまったから。
「良かった。賢明な判断に感謝する」
「もう、どうなっても知らないですからね」
彼女の期待に満ちた顔を見るのが辛くて、目を横に逸らしながら言った。その瞬間、おもむろに頬に手を添えられる。
「え?」
何が起きたのか一瞬理解できなかった。わたしの視界いっぱいに玲香さんのご尊顔があって、唇から仄かの熱と柔らかい感触が伝わる。気づいた時には唇を重ねられていたのだ。キス? これって、キスだよね!? ちょっと! え? どういうこと!? いきなりキス!? 意味が分からない!
「んっ……、んん……。ちょ、ちょっと……!」
口を離した瞬間、抗議の言葉を吐く。彼女は目を蕩けさせ、心ここにあらずといった様子。
「玲香さん! 待っ――!」
再び唇を塞がれ言葉を紡げなくなる。意思疎通ができていない? 明らかに異常事態。
「ん……、んんぅ……。んん!!」
今度は先ほどまでと全然違う、深いキス。体が硬直する。これって玲香さんの舌!? 口の中に侵入してきて、わたしの中の魔力を味わうように貪ってくる。突然の出来事に驚いた体は、両手で彼女を押しのけようした。しかし、彼女はビクともしない。舌と舌が絡み合ってお互いの唾液を交換し合う度に、いやらしい音が口から洩れる。恥ずかしさで頭が沸騰しそうだ。どうすることもできないわたしは彼女にしがみつき、耐えることしかできなかった。やっと解放された時、お互いに荒い呼吸を繰り返す。
「どうして、こんなことを……」
困惑と羞恥心でわたしの心はいっぱいっぱいだ。
「はっ! わ、私は何をして……。ち、違うんだ! これは、体が勝手に動いて!」
口元を抑え、玲香さんは慌てて距離を取った。顔を真っ赤にしながら動揺している。わたしは身を守るように腕を抱きながら、訝しむように視線を送った。
「玲香さんは女の人が……、好きなんですか?」
「誤解だ! さっきは急に、その……、キ、キスをしてすまなかった。だけど、あれは私の意思ではないんだ! 本当に、体が勝手に動いてしまったんだ!」
玲香さんから必死さが伝わってくる。その必死さに嘘はないと感じた。本当に体が勝手に動いてあんなことをしてきたってこと? 体が勝手に動くとか俄かに信じられない。でも、玲香さんがそんなことをする人なら、多分ネットで話題になっているはずだ。破廉恥な女好き探索者といった見出しが頭に浮かんだ。勿論、玲香さんにそんな噂なんてない。
「玲香さんにその気はなかったと信じます。普通に考えて、いきなりキスする人なんていないと思いますし」
玲香さんは胸を撫でおろして、安堵の息を吐く。
「実は君のスキルを受けてから体がおかしいんだ。君を見るとどうしようもく、触れたくなってしまうというか……」
わたしは一歩横にズレた。
「いや、今はそんなことはないんだ。安心してくれ」
「もしかしたら、玲香さんの行動は私のスキルが原因かもしれないですね」
「君のスキルには何か条件があるということか?」
「分からないです。今までこんなことは無かったので」
「なるほど。これからパーティーを組む上で、この衝動の原因が分からないのは致命的だ。幸い、探索者のスキルや魔力を研究している知人がいるんだが、今から相談しにいかないか? 何かわかるかもしれない」
流石、Sランク探索者なだけあって交友関係が広い。わたしもスキルが分からないのは不安なので、これには大賛成だ。
「是非、お願いします」
こうして、わたし達は施設を後にするのであった。
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