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アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
1章 氷の令嬢はわたしの浄化なしでは生きていけない

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第24話 地下施設での戦い

 ミシャが表示する最短ルートを、わたし達は一陣の突風となって駆け抜けた。鋼鉄に覆われた無機質な地下通路。何重もの妨害を予想していたけど、拍子抜けするほどに静まり返っている。その不気味な静寂こそが、主が奥底で獲物を待ち構えている証拠のように思えてならなかった。


 通路の最奥。壁と見紛うほど周囲に馴染んだ重厚な隔壁が、わたし達の接近を感知して滑らかに左右へとスライドした。まるで、生贄を招き入れる怪物の口のように。わたし達は言葉を交わさず、ただ一度だけ視線を交わして深く頷き合う。一歩踏み出した先は、ひんやりとした空気が滞留する広大な実験場だった。天井まで届くいくつもの円筒状カプセルには、禍々しい紫色の液体が満たされ、血管のような太いケーブルが部屋中に張り巡らされている。その中心。ぽっかりと空いたスペースに、一人の男が佇んでいた。


「意外に早かったな。外部の協力者がいたか。……深海、お前がそこにいるのは予想外だが、飼い犬が牙を剥くとはまさにこういうことか」


 神崎透。アークライトの頂点に君臨する男が、感情の欠落した声で語りかける。望愛さんは答えなかった。ただ、鎖鎌を握る手に力を込め、蛇のように鋭い視線を射抜くだけだ。


「神崎、貴様の悪事もここまでだ。……投降しろ。もはや逃げ場などないことは理解できるはずだ」


 玲香さんが剣を構え、宣告する。だけど、神崎さんは微かに口角を吊り上げた。


「悪事、か。お前達は大きな勘違いをしている。私が利益を追求するあまり、独断で非人道的な実験を行った……そう思っているのだろう?」


「そうです! だから、もうこんなことはやめてください、神崎さん!」


 わたしの叫びに、神崎さんは喉の奥でくくくと笑った。


「同情か。まさか、かつてのモバイルバッテリーに憐れまれるとはな。……いいか、アストラルブースターの開発は、政府からの正式な極秘依頼だ。この技術の雛形さえ、元は奴らが与えたもの。政府は結晶化のリスクを承知の上で、探索者(シーカー)の軍事力強化のために販売許可を下した。俺がやったのは、奴らの望む結果を効率化したに過ぎない」


「なっ……そんなことって……」


「出鱈目を言うな! 往生際が悪すぎるぞ、神崎!」


 玲香さんの怒声が響くが、神崎さんは揺るがない。


「出鱈目ではない。我が社には政府と交わした公的書類が厳重に保管されている」


 神崎さんが語った真実――もしそれが本当なら、この国の根幹さえもが汚染されていることになる。


「それじゃあ、政府の人が今回の事件を引き起こした原因?」


「優奈、騙されるな。私達に結晶化の原因をなすりつけたように、今回も同じ手口を使っているだけだ。あいつの虚言に付き合う必要は無い」


 神崎さんの瞳に宿る光は、すでに人間としてのそれを逸脱していた。


「どう考えるかはお前達次第だが、そんなことは些末なことだ。貴様らをここで始末すれば、俺の言葉が全て真実になるのだから」


 神崎さんが懐から取り出したのは、心臓のように脈動する、どす黒い赤紫色の液体が入った小瓶。彼はそれを、迷いなく一気に飲み干した。


 ドクン――ッ!!


 空間が鼓動したような、そんな錯覚を覚える。そして、彼の身体から溢れ出したのは、これまでのアストラルブースターとは比較にならない、濃密で醜悪な魔力の奔流。


「何か、最悪な予感がする……」


「ああ、私もだ! させるか――ッ!」


 玲香さんが瞬時に距離を詰め、右手をかざす。


「――『絶対零度の揺り籠(クリスタルコフィン)』!!」


 神崎さんの足元から奔った氷の華が、一瞬にして彼の全身を凍結させた。だけど、その氷像が保たれたのは一秒に満たなかった。内側から膨れ上がる圧倒的な暴力によって、特級の結界さえもが粉々に砕け散る。


「くくく……効かんなぁ」


 神崎さんの姿は、もはや人の形を留めていなかった。衣服を引き裂き、鋼のような筋肉が異様に肥大化していく。皮膚の下からは紫色の巨大な結晶が角のように突き出し、その体表は灰色の岩盤のように硬質化していく。


「神崎……貴様、一体……」


 その瞬間、神崎さんの姿が消えた。刹那、灰色の軌跡を残して、巨躯が玲香さんの目の前に現れる。あまりの速さに、Sランクの玲香さんでさえ反応が遅れた。


「桜優奈を返してもらうぞ。……それは、俺の所有物だ!!」


 振り下ろされる灰色の拳。玲香さんが剣で受け止めるが、足元の鋼鉄の床が陥没し、凄まじい火花が散る。


「お前のような外道に、指一本触れさせるか――ッ!!」


 玲香さんが苦悶の表情を浮かべながら、全身の力でその重圧を押し返す。そこへ、地面から伸びた鎖が神崎さんの脚を縛り上げた。


「……同感。元クライアントだけど、今の貴方はただの不法投棄ゴミ」


 望愛さんが頭上から、全体重を乗せた鎌を一閃させる。加減など一切ない、明確な殺意。しかし、神崎さんは咆哮と共に、身体から禍々しい衝撃波を全方位に放った。


「女どもが、ちょろちょろと鬱陶しいッ!!」


「あうっ!!」


 爆風に煽られ、わたしは背後の壁に叩きつけられた。肺から空気が漏れ、目の前がチカチカと明滅する。爆心地のような惨状の中、玲香さんと望愛さんはすでに臨戦態勢。流石、SランクとAランクの彼女達、あの爆風なんてものともしない。この中で最低戦力のわたしではこの戦いに役立ちそうもない。無暗に戦いに混ざろうとしたら、彼女達に迷惑をかけてしまう。いつも通り、わたしはサポートに徹するべきだ。


 彼女達は再び神崎さんへと斬りかかる。氷の令嬢と深海(しんかい)の刺客。本来、相容れないはずの即席コンビ。なのに、即席のコンビという言葉は、彼女達の前では無意味な記号に過ぎなかった。呼吸一つ、重心の移動一つ。互いの次の動きを確信しきった連携、長年連れ添った老夫婦のような厚い信頼と、獲物を追い詰める獣の獰猛さを孕んでいた。玲香さんが氷の壁で神崎さんの視界を遮り、その影から望愛さんが鎌で肉を削る。探索者として頂点に君臨する彼女達だからできる芸当なのか、それとも彼女達の間に何か嚙みあうモノがあったのか。分からないけど、奇跡的な阿吽の呼吸を生み、神崎さんと互角の戦いを繰り広げているのは確かだ。だけど、そんな状態に転機が訪れる。


「本当にしぶといゴキブリ共が! こうなれば、もっと出力を上げてやる」


 神崎さんは苛立ちを隠そうともせず、鬱憤を晴らすように近くになったカプセルを叩き割る。毒々しい液体を全身で浴びると、体がより禍々しく化け物じみた肉体へ変貌する。


「化け物が……」


「完全に人間を捨てたね」


 玲香さんと望愛さんが戦慄しながら静かに呟く。


「何とでも言え。これが効率化の極致の姿ということだ」


 彼がそう言って玲香さんに拳を繰り出す。明らかに先ほどよりも速く、重い一撃。それを受ける玲香さんの表情が歪む。そして、戦況は徐々に神崎さんへと傾いていく。薬によるドーピングに対して、彼女達はどんどん消耗していく。このままでは、皆が……。こうして見ていることしかできない自分の無力さが本当に嫌になる。どうすれば……。その時、わたしは一つの可能性に思いつく。足はもう勝手に動いていた。


「玲香さん、望愛さん! 聞いてください! わたしのスキル……『魔力浄化(マナブレイス)』は、相手の魔力を浄化する力です!」


「優奈? 危ないから、下がっているんだ!」


「違います! 神崎さんは今、アストラルブースターという不純物でその力を得ています。わたしの浄化で彼の身体を維持している異質な魔力を、無力化できるはずです!」


 玲香さんと望愛さんが目を見開く。浄化を攻撃に転用する。これは過剰な反応を沈める癒しの毒だ。


「……やってみる価値はあるな。望愛、合わせろ!」


「ええ……。優奈さんのためなら……!」


 二人が死力を尽くし、神崎さんの四肢を氷の枷と鋼の鎖で縛り上げる。


「ぐ……ああああ! 離せぇぇ!」


「今だ、優奈!!」


「ありがとう! 玲香さん! 望愛さん!」


 わたしは大きく跳躍。神崎さんの巨大な結晶の胸板に両手を押し当てた。


「受け取ってください。これが、わたしの『魔力浄化(マナブレイス)』です!!」


 桜色の光が、爆流となって異形の怪物となった彼の体内に流れ込む。不浄な結晶が、浄化の光に触れて雪解けのように崩れ、彼の肥大化した筋肉が急速に縮んでいく。


「何だ……これは、何が起きている……!? 俺の、俺の力が……消えていく……っ!」


 断末魔の叫びと共に、神崎さんは人間の姿へと無理やり引き戻され、地面に力なくうなだれている。玲香さんが剣を彼の喉元に突きつける。


「ひっ……!」


「……終わりだ、神崎。罪を償い、すべてを吐いてもらう」


「ひ、氷室……助けてくれ……。俺は、俺は政府に操られていただけなんだ……っ」


 無様に命乞いをする神崎さん。その時、実験室の隅にある影が、音もなく揺れた。


「それじゃあ困るんですよ、CEO」


 粘つくような声。暗がりの向こうから姿を現したのは、白衣を纏った中年男性だった。彼は冷めた瞳で、這いつくばる神崎さんを見下ろしている。


「……中谷! 助けてくれ! 早くこいつらを――」


「あなたがここで余計なことを喋ってしまうのは非常に都合が悪い。もっと言うと、あなたが生きていること自体が不都合。短い間でしたが、お世話になりました。それでは、さようなら」


 中谷が右手で、何かを握りつぶすような仕草をした。その瞬間、神崎さんの全身の血管が紫色に浮き上がり、彼は激しく悶え始めた。


「あ、が……がはっ……!!」


 口からどす黒い血を吐き出し、彼の瞳から一瞬で光が失われる。一体、何が! 神崎さんに何か仕込まれていたのか、それとも何かのスキルなのか。中谷と呼ばれた男性が非常に危険な存在なのは間違いない。


「貴様――っ!」


 玲香さんが反撃しようとした時、中谷の姿は陽炎のように揺れ、その場から忽然と消え去っていた。残されたのは、冷たくなった元CEOの遺体と、崩壊を始めた実験室の唸り声だけだった。中谷が、ここを崩壊させるプログラムを起動したのかもしれない。


「……優奈。怪我はないかい?」


 玲香さんがわたしを強く抱きしめ、望愛さんも静かにわたしの隣に寄り添う。一人の巨悪は滅びた。だけど、中谷の言葉、そして神崎さんが残した言葉が、わたし達の胸に重くのしかかっていた。これは終わりではなく、さらに深い闇への入り口に過ぎないのかもしれない。それでも。わたしは繋いだ二人の手の温かさを感じながら、今はただ、この長い戦いが終わることを祈り続けた。

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