第19話 二人で食事と仮眠
白い砂漠の中をわたしと望愛さんは歩いている。アルマが無い今、ネットは遮断され、外部との連絡は閉ざされていた。さらに、地図もないし、わたし達が三層のどこを歩いているか分からない。こんな状況でどうやって帰ればいいのだろうかと思うかもしれないけど、第三層ならなんとかなる理由があった。砂丘の上まで登り、周囲を一望する。
「二層への階段はあそこだね……」
望愛さんが指さした先を見ると、そこには黒色の細長い棒が天まで立っているように見えた。
「大分先ですけど、これなら迷わずに帰れそうですね」
遠いから棒のように見えるだけで、実際は巨大な螺旋階段になっていたはず。落下した先が第三層白亜の砂丘だったのは不幸中の幸いかもしれない。視界を遮るものが無いから、二層までは迷わずに帰れる。
「うん……。でも、物資がほとんど無いから、それをどうにかしないと……。せめて、水があれば何とかなるのだけど」
「それなら心配ないよ。はい、どうぞ]
わたしはリュックからペットボトルを二本取り出し、片方を望愛さんに手渡す。
「あ、ありがとう……」
望愛さんはそう言って、喉を鳴らしながら水を飲むと、一気に飲み干してしまった。
「ふぅ……。もしかして、そのリュックはアトラススペース社の?」
「うん。玲香さんが買ってくれたんだ、えへへ。ここには一か月分の食料とかテントとか調理器具とか、必要なものは大体あるよ」
「そう。これなら、なんとか帰れそうね。先に進みましょう」
「はい!」
希望を胸に再び歩き始めたわたし達だったけど、しばらくして異変が起きる。
「はぁ、はぁ……」
全身がだるい。コラボ対決からずっと動き続けているので、流石に体の限界を感じる。それに加えて、この暑さ。三層の気温は常に三十度を超えるので、容赦なく体力を奪うのだ。風景があまり変わらず、時間感覚も乏しいこの状況は精神的にもくるものがあった。
「優奈さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫、だよ」
望愛さんが心配そうに話しかける。彼女の負担になってはいけないので、努めて笑顔をつくる。
「大丈夫そうには見えない……。ごめんなさい。無理をさせすぎてしまった。一度、休憩しましょう」
わたしは彼女の提案に乗ることにした。食事、睡眠など休息は絶対どこかのタイミングで必要になるのだから。近くにあった廃墟のビルへ侵入する。ビルを上り全ての階層に魔物がいないことを確認した後、高層のフロアで一休みすることになった。外と比べてビルの中は少しだけヒンヤリしていて気持ちいい。リュックからレジャーシートを取り出し、床に広げて、そこに簡易マットを置いた。
「はぁ、疲れた~」
「隣、座ってもいい?」
「勿論だよ。遠慮しないで」
ここに座るようにマットの上をポンポンと叩くと、望愛さんはちょこんと座った。
「望愛さん体力すごいね。ピンピンしてる」
「私は慣れているだけ。それよりも、優奈さん魔力酔いは大丈夫なの? 貴方のランクなら三層の魔力濃度は相当辛いはずだけど」
「言われてみればたしかに。でも、何も感じないんだよね」
階層が深い程魔力濃度は上がり、低ランクの探索者は濃い魔力に苦しめられるのがダンジョンの常識。今のところ、なぜかわたしにはそれが適用されていないらしい。
「そう。それならいいのだけど」
そう言った直後、望愛さんのお腹から可愛い音が聞こえた。
「……ごめんなさい」
顔を真っ赤にして下を俯く望愛さん。かわいい。
「今まで何も食べてないもんね。適当に何か作るよ」
リュックから簡易テーブルを取り出し、その上にまな板、包丁、炊飯器など調理器具を広げる。
「ダンジョンでここまで調理器具揃えている人初めて見た」
「そうなの? あるとすごく便利だよ。ダンジョンでおいしい料理食べられるし」
そう話しながら、わたしは無洗米を炊飯器にセットする。魔石を加工したマナエネルギー電源があれば、ほとんどの家電製品はどこでも使用できる。というよりも、わたしはマナエネルギーで動かない家電や電子機器や車の存在をしらない。それほどまでに、マナエネルギーはわたし達の生活に必要不可欠なものだ。
「私は何をすればいい?」
「望愛さんは休んでてよ。わたしは料理と家事くらいしか取り柄が無いからさ、あはは……」
「……分かった」
わたしが包丁で魚の切り身をさばきながら答えると、望愛さんはマットに静かに座る。程なくして、料理が完成した。
「お待たせー。ご飯できたよー」
ご飯の上に梅干しと魚の切り身を乗せた冷やし茶漬け、副菜としてオクラのお浸しを簡易テーブルに二人分置く。
「…………」
望愛さんは料理を凝視して固まっている。もしかして、苦手なやつとかあったのかな。
「暑いから、食べやすくて精のつくものをって思ったんだけど、苦手なものあった?」
「そんなことない、すごくおいしそう……。ただ、誰かにご飯を作ってもらったのっていつぶりだろうって考えてた……」
「そっか。望愛さんが良ければいつでもご飯作るよ?」
「えっ!?」
望愛さんは顔を真っ赤にして驚いた声を上げる。そんなに驚かなくても。
「あれ? わたし何か変なこと言った?」
「そ、そんなことない……。その、食べていい?」
「うん、食べよっか!」
望愛さんは黙々と、そしてゆっくりと食べていた。
「おいしい、すごく……。本当においしい……」
望愛さんの瞳は潤んでいるように見えて、涙がこぼれるのではと思う程だった。
「お口にあって良かった」
「加恋さんの隣にいた時は……喉を通ればなんでも良かったの。食事はただの、魔力を練るための燃料だったから。味なんて、考えたこともなかった」
わたしは手に持っていたお箸を置き、彼女の話に耳を傾ける。
「……私は小さい頃からずっと、一人だった。根暗で何をやってもダメで、学校ではたくさんイジメられた。あの頃は誰も私を見てくれなくて、暗い海の底に沈んでいるみたいだった。いっそ、死ねたら楽になれるのにとさえ思っていたの。……そんな私を見つけ出して、光の中に引き上げてくれたのが、加恋さんだった」
望愛さんの眼差しが、どこか遠い過去を見つめる。
「加恋さんは言った。『あんたのその不気味なスキル、あたしが最高に輝かせてあげる』って。……嬉しかった。私を必要としてくれる人がいる。私の居場所がある。そのためなら、道具になってもいい、心を殺してもいいって……そう、思ったの」
彼女の言葉が、砂漠の風に混じって、静かに零れ落ちていく。
「でも、加恋さんが見ていたのは、私じゃなかった。……私の持っている『Aランクの出力』と『便利なスキル』だけ。……分かっていたはずなのに、一度光を知ってしまった私は、またあの暗い海の底に戻るのが……怖くて、仕方がなかった」
望愛さんは、自嘲するように口元を歪めた。
「だから、薬を打たれても、殴られても、笑って頷いたわ。……嫌われたくなかった。捨てられたくなかった。……でも、結局、私はまたこうして一人になってしまったけれど」
「……一人じゃないよ」
わたしは、気づけば彼女との距離を詰め、その細い肩に手を置いていた。玲香さんのように力強くはないけれど。わたしの体温が、少しでも彼女に伝わるように。
「望愛さん。……わたしはここにいるよ。望愛さんのことを、道具だなんて思わない人間が、ここにいる。さっき言ったよね、いつでも望愛さんのためにご飯作るよって」
「……優奈、さん……」
「昔のことは……忘れて、ご飯食べよ」
望愛さんはわたしの顔をじっと見つめた後、また涙をこぼした。今度は悲しい涙ではない。そこには笑顔があったから。彼女の心の中にあった、冷たい孤独が溶け出した証拠だと、わたしは信じたかった。
食事を済ませ、わたしはリュックから厚手のタオルケットを取り出した。この階層に落ちてから、常に神経を張り詰めていた。時計がないので正確な時間は分からないけど、コラボ対決開始から半日以上経過しているのは確実。流石に、休息を取るべきだと望愛さんに言われたのだ。彼女の提案は、今のわたしには救いだった。
「申し訳ないけど、先に仮眠取るね」
「うん……。周囲の警戒は私に任せて。おやすみ、優奈さん」
「おやすみ……」
望愛さんの落ち着いた声に背中を押され、わたしは簡易マットに横になった。朽ちたビルの冷たいコンクリートの匂い。時折、砂嵐が建物を叩く音。不安要素は山ほどあったけれど、それ以上に強烈な眠気が、わたしの意識を泥の中へと引きずり込んでいった。
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