表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
1章 氷の令嬢はわたしの浄化なしでは生きていけない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/38

第18話 強制執行命令発令

 走る。ただ、ひたすらに。肺が焼けるような熱を帯び、足の筋肉が断裂を訴える悲鳴を上げている。だけど、肉体的な苦痛など、この胸をえぐる絶望に比べれば、微々たる刺激に過ぎなかった。視界が歪む。涙ではない。極限まで酷使した眼球が焦点を結ばなくなっているのだ。脳裏にこびりついて離れないのは、奈落へと消えていった桜色の残像。


 優奈、優奈、優奈……っ! 心の中で名前を呼ぶたびに、心臓が握りつぶされるような痛みに襲われる。あんな、脆くて優しい彼女を、三層へ堕としてしまった。その事実が、私という人間の存在価値を根底から否定し続けていた。Sランク探索者(シーカー)なのに、一人の女性を救うことすらできないのか。ようやく、探索者達の砦(シーカーズ・フォート)へと続くエレベーターが見えた。私は転がり込むようにして箱の中へ飛び込み、上昇ボタンを乱打した。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!!」


 重低音を響かせ、エレベーターが動き出す。だが、遅い。あまりにもノロノロとした上昇速度が、もどかしくて狂いそうになる。いっそ、この鉄の箱を破壊し、垂直にそり立つ壁を直接駆け上がってやろうか。数千メートルの垂直クライミング。常人なら自殺行為だが、今の私なら怒りと執着だけで成し遂げられる気がした。だが、理性の一片がそれを止める。無駄な体力消費は、三層での救出作業の障害になる。エレベーターがようやく停止した。扉が開いた瞬間、私は鋼鉄の街へと躍り出る。救出のための物資を脳内でリストアップし、最速で地上へ戻るルートを算出した、その時だった。


『……玲香様、緊急事態です。政府の探索者管理局より、Sランク探索者への強制執行命令(オーダー)が発令されました』


 脳内に響くミシャの声に、私は凍りついたように足を止めた。


「……なっ! よりによって、今この瞬間に……!?」


 強制執行命令(オーダー)。それは、国が認めたSランクという力の代償として課せられた、絶対の義務だ。有事の際、我々に拒否権はない。もし無視すれば、探索者免許の永久剥奪は免れず、最悪の場合は国家反逆罪に問われる。


「……内容は」


 奥歯を噛み締め、私は絞り出すように問う。


『アークライトインダストリー本社周辺に現れた、結晶化した暴徒の排除。および、今回の混乱の主犯とされる神崎透の身柄確保です』


「……結晶化、暴徒? 一体地上で何が起きている」


『……コラボ対決の最中、地上ではアストラルブースターを常用していた探索者達の多くが、同時に結晶化の臨界点を突破しました。理性を失い錯乱状態の彼らが市街地で暴走し、都市機能が麻痺。地上は現在、阿鼻叫喚の地獄と化しています』


 足元がふらつくのを感じた。あの毒が、ついに街に溢れ出したのか。あの薬に結晶化リスクがあるのは承知していたが、まさかここまでの騒動に発展するなんて。


『さらに、神崎は公式声明を発表。今回の事態は、氷室玲香と桜優奈がダンジョンから持ち帰った変異体の魔石(マナコア)が発した未知の汚染電波によるものだと喧伝しています』


「……そんな、馬鹿なことが。誰がそんな見え透いた嘘を!」


『……現在、アークライト社はメディアを掌握しています。世論は困惑していますが、氷の令嬢とFランクのサポーターが怪しいという声が急速に拡大中。政府も、国民の怒りを逸らすための生贄として、我々を泳がせつつ、責任を取らせる構えです』


 私はその場に膝をつきそうになった。救出に行けば、命令違反で罪人となり、神崎の嘘を肯定することになる。何より恐ろしいのは、優奈が政府に目を付けられことだ。もし彼女が三層から生還しても、その浄化の力が政府に知られれば、彼女は一生、地下の実験室で魔晶を濾過し続けるためのモルモットにされる。優奈を救うためには、まず私が地上を平定し、神崎を黙らせ、彼女が安全に帰ってこられる場所を確保しなければならない。だが、三層に堕ちた優奈に、そんな時間の猶予があるのか?


「……どうすれば、いい。私は、どちらを選べばいいんだ……っ」


 声が、情けなく震えてしまっている。その時だった。


「――氷室さん! 無事だったのか!」


 背後からかけられた声に、私は弾かれたように振り向いた。そこにいたのは、荒木と風香、そしてそのパーティーメンバー達だった。


「……荒木、か」


「配信が途切れて、崩落が起きたって聞いて、すぐに駆けつけたんだが……。桜は? 桜はどこにいるんだ!?」


 荒木が必死の形相で詰め寄ってくる。私は、喉に詰まった泥を吐き出すような思いで、現状を説明した。対決中の崩落。優奈が三層へ落下したこと。そして、地上で起きているパンデミックと、自分に課せられた強制執行命令(オーダー)のこと。


「……そんな。優奈さんが、三層に……」


 風香が絶望に顔を歪める。だが、兄の荒木は違った。彼は力強い声で告げた。


「氷室さん。あんたは地上へ行け。……あの神崎のクソ野郎を、ぶちのめしてくれ」


「何を……っ! 私は優奈を助けに――」


「あんたが行かなきゃ、地上の混乱は収まらないだろ!  桜が戻ってきた時、そこが戦場だったらどうするんだ!?  桜の居場所を守れるのは、Sランクのあんただけだ!」


 荒木は私を睨み据え、自らの胸を叩いた。


「桜の救出は、俺達が引き受ける。命に代えてもだ。……俺達はあの人に命を救われた。恩返しをさせてくれ」


「……三層の適性ランクはBだ。君達のランクでは死地だぞ」


 彼らのランクはCだったはず。彼らだけで三層のモンスターは荷が重い……。


「分かってる。俺達では頼りないだろう。でも、俺達の妹を救った桜を、見殺しにするわけにはいかないんだ。頼む、俺達を信じてくれ!」


 私は、荒木の瞳の奥にある、揺るぎない覚悟を見た。かつて、アークライトで道具のように扱われていた彼らが、今、自分の意志で、一人の少女を助けるために死地へ向かおうとしている。……そうだ。私は、一人で背負いすぎていたのかもしれない。優奈が私を変えたように、彼女の光は他の誰かの心をも変えていたのだ。


「……荒木。一つだけ、約束しろ」


「ああ」


「……優奈に、怪我一つさせるな。もし彼女に何かあれば……私は、この世界ごと自分を凍りつかせるだろう」


 私の冗談ではない殺気に、荒木の頬が引きつる。だが、彼はニヤリと笑った。


「了解だ。……怖いお姫様が待ってるって、伝えてやるよ」


「……頼んだぞ」


 私は、彼らに自分のIDカードを託した。これがあれば、砦に備蓄している私の物資を自由に使える。彼らが二層へと向かうエレベーターに乗り込むのを見送り、私は反対方向――地上へ向かうゲートへと走り出した。視界が、青く冷たく燃え上がる。優奈を失った悲しみは、今、神崎透への純粋な殺意へと昇華されていた。


「ミシャ。オーダーを受諾する。神崎の居場所を特定しろ。……慈悲はいらない。全速力で叩き潰す」


『承知いたしました。……玲香様、最高出力での出撃を承認します』


 ダンジョンを抜け地上へ躍り出る。星々の光が瞬く夜空は、立ち昇る黒煙と紫色の結晶の光に汚されていた。逃げ惑う人々。咆哮を上げ、暴れ狂っている探索者の成れの果て達。その混乱の渦中へ、暴徒を粛正する執行者として私は舞い降りる。待っていてくれ、優奈。君が誇れる私で、必ず迎えに行く。爆発するような冷気を以て、地上の喧騒を一瞬で凍てつかせた。私の、本当の戦いが今、始まった。

この作品・続きにご興味をお持ち頂けましたら、下の☆☆☆☆☆をクリックして頂けると執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ