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アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
1章 氷の令嬢はわたしの浄化なしでは生きていけない

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第16話 決着

 望愛さんが地中へと姿を消してから、わたし達は足を止めることなく、第二層の最深部を目指してひた走っていた。道中に現れるクリスタルウルフや、硬質な外殻を持つサイのようなクリスタルライノの群れ。それらを、玲香さんは歩みを緩めることすらなく、空中に浮遊させた氷の剣で次々と粉砕していく。


「優奈、スコアを確認して」


「はい……あ、抜きました! 現在、わたし達が百四十二ポイント、ホーリーアビスが百三十八ポイントです!」


 視界の端に表示されるスコアボードが、ついに逆転を告げた。一時は望愛さんの妨害で足止めをもらったけど、玲香さんの無駄のない殲滅速度がそれを上回ったのだ。


『令嬢、マジでバケモノ……(褒め言葉)』


『お姫様抱っこしたままこれかよ、腕一本も使ってないぞ』


『新人ちゃんも、魔力供給のタイミングが神がかってる。呼吸が完全に合ってるわ』


 コメント欄も、玲香さんの圧倒的な実力と、それを支えるわたし達の連携に熱狂している。だけど、安堵の溜息を吐く暇はなかった。


「……また、来たか。しつこいやつだ」


 玲香さんの冷たい声と同時に、背後の岩壁が激しく爆ぜた。土煙の中から現れたのは、先ほど退けたはずの深海望愛さんだった。けれど、その姿は一変している。瞳は血走り、細い肩が不自然に痙攣している。鼻からはどす黒い血が流れ落ち、彼女が纏う青い魔力は、どろりとした紫色の毒のような色に変色していた。


「加恋さんの……加恋さんの、邪魔を……させない……ッ!」


 その声は掠れ、もはや言葉というよりは獣の呻きに近い。この雰囲気アストラルブースターによる過剰なドーピングに間違いない。理性を焼き切り、肉体の限界を強制的に突破させる狂気の劇薬が、彼女を壊れかけの人形へと変えていた。望愛さんは先ほどのような無謀な接近戦は仕掛けてこない。つかず離れずの距離を維持しながら、地中から不規則に鎖鎌を突き出し、わたし達の足を止めようとしてくる。


「……遅延戦術か。猛獣のように見えて、同じ(てつ)は踏まない理性は残っているらしい」


 玲香さんが忌々しげに舌打ちをする。望愛さんの攻撃に殺意は薄い。だけど、避ければ進路を塞がれ、防げば衝撃で速度を殺される。加恋さんがボスに辿り着き、トドメを刺すまでの時間を稼ぐための、捨て身の囮なのだろう。


「望愛さん、もうやめてください! そんなに薬を使ったら、本当に死んじゃいます!」


 思わず叫んだわたしの言葉は、今の彼女には届かない。望愛さんは虚ろな瞳でわたしを一瞥すると、再び地面の中へと溶け込み、次の瞬間には真横の岩柱から鎌を撃ち込んできた。


「優奈、前を向いて。こんな雑音、私がすべて切り捨ててやる」


 玲香さんがわたしを抱きかかえる腕に、力を込める。彼女は足を止めるどころか、さらに加速した。飛来する鎖鎌を、最小限の首の動きで避け、あるいは氷の盾を瞬時に生成して弾き飛ばす。その一連の動作は、戦いというよりも洗練された舞踏のようだった。


「……ッ、ガ、ア……アァァ!!」


 焦燥に駆られたのか、望愛さんが半身を地上に出し、鎖を投擲してくる。玲香さんはそれを、空中の氷剣を一斉に射出することで迎撃した。銀色の閃光が交差し、衝撃波が周囲を震わせる。


『令嬢のあのお姫様抱っこ、実は優奈ちゃんを守るための究極の防御形態説』


『……ねえ、望愛ちゃんの鼻血、ヤバくない?』


『ホリアビの望愛、ちょっと様子がおかしいぞ。アークライトの薬、ヤバくねーか?』


 視聴者の皆は、玲香さんの華麗な立ち振る舞いに魅了されつつも、望愛さんの異常性にも気づき始めていた。そして、入り組んだ岩柱の迷宮を抜けた先で、わたしはそれを目撃した。


「これは……」


 思わず声が漏れた。第二層の最深部。そこには、ダンジョンの天然の大空洞とは明らかに異質な光景が広がっていた。切り立った巨大な岩壁を強引に掘り抜いて築かれた、壮大な建造物。焦げ茶色の岩壁と青い結晶が融合したその姿は、紛れもなく教会の形をしていた。だけど、そのスケールは異常だ。入り口の門扉だけで十メートル以上はあり、壁面には苦悶する天使のような歪な彫刻がびっしりと刻まれている。隠匿の大聖堂(アンダーカテドラル)……。ここは通常、探索者(シーカー)が訪れる場所ではない。第三層への入り口はずっと手前にあり、実力ある者は先を急ぎ、実力なき者は引き返すからだ。さらにここを縄張りにしているクリスタルキマイラは強敵な割に魔石(マナコア)が小さく、コストパフォーマンスが最悪と言われている。


「……奴が来ない」


 背後から迫っていた望愛さんの気配が、ぴたりと止まった。玲香さんが警戒を強める中、わたしを静かに降ろす。


「罠、でしょうか……?」


 アルマが写す画面にはホーリーアビスの姿はどこにもない。意図的に隠れているのは明白だった。


「そうだろうね。でも、進まない理由もない。この中に本命がいるのは確かだ」


 このコラボ対決はクリスタルキマイラを先に倒した方が制するのだ。ぐずぐずしていたら、加恋さん達がクリスタルキマイラを先に倒してしまう可能性もある。例え、罠だとしても先に進むしかない。どんな来訪者も受け入れると言わんばかりに、巨大な石の扉は開いている。意を決して教会へ足を踏み入れると、先を走っていたはずのホーリーアビスの姿がどこにもなかった。静寂が、耳に痛い。正面に広がる広大な身廊。数千人を収容できそうなその空間には、冷たい石畳の匂いと、滞留する濃密な魔力の熱気だけが、鼻を突く。


「……誰も、いない?」


 彼女達が先に到達しているはずなのに。玲香さんが警戒を解かぬまま、視線を祭壇の奥へと向けた。そこには、三つの頭を持つ巨大な異形が、石造りの玉座に深く沈むようにして眠っていた。全長十メートルを超える結晶の巨獣――クリスタルキマイラ。


「……来るよ、優奈」


「はいっ!」


 玲香さんが剣を構えた、その瞬間。まるでそれが合図だったかのように、キマイラの六つの瞳が、禍々しい紅蓮の光を放って見開かれた。


 ズゥゥゥゥゥン……ッ!!


 大気を震わせる咆哮。キマイラがその巨体を揺らし、祭壇を粉砕しながら立ち上がる。戦いの火蓋は切られた。玲香さんは跳躍し、空中に生成した無数の氷剣を弾幕として撃ち出す。キマイラの硬質な結晶肌と氷が衝突し、火花のような魔力の破片が聖堂内に飛び散った。だが、その乱戦の最中。背後で、嫌な金属音が響いた。


 ガコンッ!!


「え……?」  


 振り返ると、わたし達が通ってきた巨大な石の扉が、外側から何らかの力で完全に封鎖されていた。さらに異変は続く。わたし達の周囲を飛んでいた数機のアルマ達が、次々と火を噴いて地面に落下していく。


「ミシャ、何が起きたの!?」


『……警告。外部との通信が遮断されました。観測アルマ、すべて破壊。現在、ライブ配信はオフラインです』


 絶望的な報告。光を失ったアルマの残骸が転がる中、教会の二階にある回廊から、嘲笑うような声が降ってきた。


「――はい、撮影終了! マジでダルかったぁ、あのクソ寒い百合営業」


 見上げると、そこには手すりに腰掛けた加恋さんがいた。その手に握られているのは、アルマを狙い撃ったであろう魔導銃。隣には、薬の影響か真っ赤な目をした望愛さんが、虚空を見つめて立ち尽くしている。


「加恋……! 何のつもりだ」  


 キマイラの尾を氷壁で防ぎながら、玲香さんが鋭い声を上げた。


「何のつもり? 決まってんじゃん、桜優奈の捕獲だよ。神崎さんから言われてるんだよねー。あの浄化装置を連れ戻せってさ」


 加恋さんはもはや聖女の仮面を脱ぎ捨てていた。下品に口角を吊り上げ、自分の爪を眺めながら吐き捨てる。


「正直、勝敗なんてどうでもいいんだよね。玲香センパイ、あんたはここでキマイラの餌になって死になよ。……あ、優奈は返してもらうから。あんたみたいな落ちこぼれには、一生アークライトの地下で魔力を絞り出されるのがお似合いっしょ?」


「……貴様、優奈をなんだと思っている」  


 玲香さんの周りの空気が、一瞬で絶対零度まで叩き落とされた。怒り。いや、それはもはや神にも似た粛清の意志だった。


「優奈は私の……私の大切な、たった一人のパートナーだ。貴様のような、仲間を道具としか思わぬ下劣な貴様に、触れさせるわけがない!!」


 玲香さんがキマイラを無視し、二階にいる加恋さんへと氷の剣を放つ。だけど。


「……させない。加恋さんの、邪魔は……」


 望愛さんが鎖鎌で全てを弾く。そんな彼女に対して、背後から加恋さんが禍々しい色をした注射針を突き刺した。


「……ぁ、か、加恋さん……?」


 望愛さんがか細い声を出しながら、ゆっくり背後を振り向く。


「守ってくれてありがとねー、望愛♪ これは私からの愛のプレゼントだよ♪」


「アア、アアアァァ!!」


 聞いているのが辛くなる程の、痛々しい叫び声。皮膚が赤黒い色に揺らめき、ついに肌を突き破るようにして体の至る所から赤黒い結晶が飛び出す。アストラルブースターの過剰摂取による副作用。ひどい……。望愛さんのことをなんだと思っているの。


「望愛! 玲香を殺しちゃってよ!!」


 望愛さんが膝を縮め、そして解放。二階の回廊を粉砕しながら、音速の弾丸となって突撃してくる。


「くっ!」


 狂乱した彼女の短刀と地中からの鎖鎌、そしてキマイラの巨爪。玲香さんはそのすべてを相手にしながら、わたしを守るために盾となり、剣を振るい続けた。全ての攻撃を見切る玲香さんは本当にすごいけど、こんな状態いつまでも続けられるはずがない。


「優奈、魔力を!!」


「は、はい! 魔力譲渡(マナギフト)!」


 わたしは玲香さんの背中にしがみつき、持てるすべての魔力を注ぎ込む。桜色の光が教会内を照らす中、それを遮るように加恋さんが二階から魔導爆弾を次々と投げ下ろす。


「無駄だってば! あはは、最高! 必死すぎてマジ受けるんですけど!」


 爆煙と火花が視界を奪う。いくらSランクとはいえ、ボスクラスのモンスターと、薬で強化されたAランク、そして妨害してくる加恋さんを一度に相手にするのは、あまりに過酷だ。なのに、玲香さんは笑っていた。まるで、この逆境を楽しんでいるかのように。


「何、笑ってんの? 余裕ぶってるつもり?」


「ふふ……。本当に私を倒せると思っているのが滑稽でね」


「ただの強がりにしては、最高にウザいんですけど!? 望愛! 早く、そいつ殺してよ!!」


 望愛さんが唸り声を上げて飛びかかってくる。短刀による直接攻撃と背後から鎖鎌の同時攻撃。


「玲香さん!」


 咄嗟に声を上げた時、望愛さんと鎖鎌の動きが止まる。なんと、鎖鎌と短剣が一瞬にして氷に覆われてしまったのだ。望愛さんは状況を理解していないらしく、驚きの表情を浮かべている。


「スキルで完全に凍らせてもらったよ」


 よく見ると、望愛さんの足元が地面に縫い付けられたように凍ってしまっている。


「すまないが、少しの間眠ってくれ」


 玲香さんが冷徹に告げ、動けない望愛さんの首筋へ、剣の柄を叩き込んだ。


「かはっ!!」


 望愛さんは力なく崩れ落ちる。


「次はお前だな」


 氷で作った剣をキマイラ目がけて放つ。氷の剣がキマイラの胴体に突き刺さっ。けど、浅い。これでは、キマイラにはほとんどダメージは入っていない。と思っていたのに、その後の変化は劇的だった。


「『凍結浸蝕ブリザードシンドローム』」


 刺さった氷の剣を起点にキマイラの体がみるみる薄い水色に変化していく。その間、キマイラは時が止まったかのように微動だにしない。それは体が氷に入れ替わっていくような光景で、ついにキマイラの氷の彫像ができあがってしまった。一瞬の静寂の後、氷の彫像は亀裂と共に粉々に砕け散った。


「うそ……。ありえないでしょ……」


 加恋さんが呆然と呟く。正直、わたしも彼女と同じようなことを思ってしまった。だって、さっきまで三対一で絶体絶命だったのに、こんなにも簡単に状況をひっくり返しちゃうんだもん。


「加恋。君は魔力を補給すればAランクでもSランクに届きうると考えていたのだろう。だが、それは大きな勘違いだ。SとAを分ける明確な違い、それが魔力出力だ」


 魔力出力、魔力を圧縮して運用する能力のことだ。簡単に言うと、魔力をどれだけ多くスキルや身体強化に注げるかの力。例えば、魔力が百あったら全てをスキルに注げるわけじゃない。ランクC程度ならせいぜい二十程度言われているのだ。これではスキル本来の力や身体能力を百パーセント引き出せていないことになる。つまり、ランクが上がれば上がるほど、魔力を注げる量が増え、同じスキルでもより強大なスキルを放てるようになる。


「だとしても、あんた望愛に押されてたじゃん! さっきまで苦戦してたじゃん! あれはなんだったのよ!」


 加恋さんが、玲香さんを指さしながら非難するように叫んだ。


「人相手に本気を出して、死なせるわけにもいかないからね。慎重に、壊さないように力を解放していただけだよ」


「つまり……手加減、されていた……」


 すべては玲香さんの手の平の上だったわけだ。Aランクとは隔絶した力量差。これが探索者の頂点Sランクの本気の実力なんだ。


「勿論、ここまで魔力を解放できるのは優奈のおかげだけどね」


 玲香さんがわたしに向けて、悪戯っぽくウィンクする。ちょっとドキッとしてしまい、恥ずかしくて視線を横にズラす。


「く、そ、がぁぁぁぁ!! 余裕ぶっこいてんじゃねぇぇよ!! 地獄へ落ちろ!!」


 発狂した加恋さんは懐から何かを取り出し握りしめた。カチッ、と小さな音が響く。


 ドォォォォォォォォォォォォォン!!


 それは、今までの魔導爆弾とは比較にならない、巨大な爆発。恐らく、あらかじめ仕掛けられていたのだろう。地質構造そのものを破壊する指向性爆弾。


「え……?」


 足元の石畳が、紙細工のように破れていく。二層の底を支えていた岩盤が、断末魔のような轟音と共に崩落を開始した。


「優奈!!」


 玲香さんが叫び、必死に手を伸ばす。宙を舞う瓦礫の中、わたしと彼女の指先が触れ合う――。


「望愛!! 玲香を下に引きずり落とせ!!」


 加恋さんが二階から全速力で飛び降りてくる。


「……っ、逃がさない……お前は……」


 奈落から伸びてきたのは、赤黒い結晶に覆われた望愛さんの腕だった。振りむくように下を向くと、彼女の瞳は昏く、ほぼ意識が無いように思われた。そして、わたしの足首ががっしりと掴まれる。崩落の重力と、望愛さんの引っぱる力。それが、わたしの手を玲香さんの指先から引き剥がした。


「望愛!! そいつは玲香じゃない!! バカァァァァ!!」  


 上空で加恋さんの驚愕の声が響く。


「玲香さ――ッ!!」


 わたしの叫びは、崩れ落ちる大聖堂の轟音の中に飲み込まれた。玲香さんの、絶望に染まったアクアマリンの瞳が、遠ざかっていく。わたしは望愛さんに足を掴まれたまま、底の見えない暗闇の深淵へと墜落していった。

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