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アストラルエデン 〜最弱なわたしの魔力譲渡に、最強の乙女達が群がる理由〜  作者: 植物めんじゅ
1章 氷の令嬢はわたしの浄化なしでは生きていけない

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第15話 コラボ対決

 第二層への玄関口、探索者達の砦(シーカーズ・フォート)は、かつてない熱気に包まれていた。無機質なコンクリートの壁には、アークライトインダストリーの巨大なロゴが投影され、無数のアルマが蜂のように空中にひしめいている。


「――逃げずに来たんだ。少しは見直してあげてもいいかな、玲香センパイ?」


 不快な高笑いと共に現れたのは、派手な修道服を模した衣装に身を包んだ、聖堂加恋さんだった。その隣にはショートの藍色の髪先を跳ねさせ、影を背負ったような深海望愛さんが、加恋さんの腕を強く握りしめて立っている。


「……随分と饒舌だな。恐怖を塗り潰すには、それほど言葉が必要か?」


 玲香さんが冷徹で確かな怒りを孕んだ視線を向ける。それだけで周囲の気温が数度下がったような錯覚に陥る。加恋さんが一瞬、怯んだように肩を震わせた。けれど、彼女はすぐに営業用のギャルスマイルを顔に貼り付ける。


「あはは! 相変わらず怖ーい! でもさぁ、これからは数字がすべてだから。……行こうよ、望愛。うちらの伝説、ここから始めちゃうし!」


 わたし達は二層目へと降下する巨大なエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まった瞬間、加恋さんがパチンと指を鳴らす。


「配信開始だよ! 全国のファンのみんなに、リアルを見せつけてあげて!」


『承知いたしました。ライブ中継、スタートします』


 加恋さんのAIが音声で応答すると視界の端、コンタクトレンズ型デバイスを通じてコメント欄が爆速で流れ始める。同時接続数は、配信開始一分足らずで十万人を突破した。


『キターーー!!』


『氷の令嬢 vs ギャル聖女! ガチの対決じゃん!』


『隣の新人ちゃん、緊張してるけど大丈夫か?』


「おは聖☆ みんな、待たせちゃったかな? 聖なるギャル、聖堂加恋だよん!」  


 カメラに向かってピースを決める加恋さん。その背後で、望愛さんが囁く。


「……おは深。……沈めてあげる、全部……。深海望愛です」


「天に輝く聖堂から!」


 加恋さんが片手でピースを作り、目元に当てる。


「地に沈む深海の底まで……」


 望愛さんが加恋さんの腕にすがりつき、手を握る。


「うちらのキズナは……!」


「「ガチで本物(リアル)!! 二人合わせてホーリーアビス!!」」


 なんだろう、間近で見るとちょっと恥ずかしいと言うか。わたしの共感性羞恥心を刺激してくる……。そして、二人がポーズしている姿を玲香さんは苛立ちを隠そうともせず、言い放つ。


「茶番はいいから、早くルールを説明しろ」


「玲香センパイ、こわーい」


 茶化そうとする加恋さんに玲香さんが鋭い視線を送ると、可愛らしく舌をペロッと出してから、ルールを読み上げ始めた。


「対決はシンプル! 制限時間内に、どっちのペアがより多くのモンスターを倒せるか! ボスモンスターのクリスタルキマイラを倒した時点で終了。そして、そしてぇー! キマイラの討伐は……一気に百体分としてカウントしちゃうから!」


「……異論はない。始めよう」


 玲香さんの短い承諾と共に、エレベーターが重低音を響かせて停止した。巨大な鉄の扉が左右に開く。そこは、青白い結晶が星空のように輝く、美しくも危険な第二層地下大空洞(アンダーヘブン)だった。


「優奈、手を。……最初から全速力で行くぞ」


「はいっ、玲香さん!」


 わたし達は地を蹴った。玲香さんの狙いは明確だ。雑魚を相手にせず、真っ先にボスの元へ向かい、一撃で勝負を決める。鍾乳洞のように突き出した大地の棘を風のように駆け抜ける。わたしの魔力譲渡(マナギフト)によって純度を高められた玲香さんの魔力は、彼女の体を文字通り氷の弾丸へと変えていた。だけど、その背後から不気味な気配が迫る。


「……逃がさない。加恋さんの邪魔は、させない……!」


 望愛さんの声が、地面から響いた。瞬間、わたしの足元の岩盤が水面のように波打ち、そこから巨大な鎖鎌が飛び出した。


「しまっ……!?」  


 キィィィン! と鋭い音を立て、玲香さんが剣を抜刀して弾く。だけど、攻撃は止まらない。右から、下から、視界の外から。伸縮自在の鎖鎌が、まるで生き物のようにわたし達を執拗に狙い、進路を妨害する。望愛さんのスキル『潜行(ディープダイビング)』だ。岩石や地面、壁の中に魔力体として潜り込み、自由自在に移動できるスキル。ホーリーアビスの活動動画では望愛さんが姿を隠しながらモンスターに奇襲していたけど、まさかわたし達がその立場になるなんて……。そして、望愛さんには躊躇いがない。本気でわたし達のことを倒しにきている。このコラボ対決、わたしはただのゲームか何かと思っていた。そんなことはない。これは正真正銘命懸けの戦いなんだ。


「玲香さん、足元が!」


「分かっている!  地面諸共凍らしてやる。『氷獄の風(コキュートス)』!」


 玲香さんが剣を地面に突き刺し、スキルを発動。一帯が銀世界に変わる瞬間、地面から勢いよく飛び出す黒い影。そして、巨大な鎌がわたし目がけて飛来してくる。早、うごけない……。瞬間、玲香さんがわたしの前に現れ、鎌を剣で受け止めた。まるで、ダンプカーが衝突したような重低音が響き、玲香さんの両足が地面にめり込む。衝撃の余波がわたしにも伝わってきた。空中にいた黒い影はそのまま落下していき、再び地面の中に潜ってしまった。


「優奈! 私の傍から離れないで!」


「は、はい!」


 望愛さんの狙いがわたしなのは明らか。わたしのせいで玲香さんに迷惑をかけてしまっている事実が、心苦しい。そうこうしている内に、ホーリーアビスの魔石(マナコア)数が十二個とカウントされている。わたし達が足止めされている間に、加恋さんが着実にモンスターを倒しているのだろう。


「後ろ……」


 声がしたと思って、後ろを振り返ると巨大な鎖鎌が地面から飛び出す。


「優奈!」


「前、がら空き……」


 背後の鎖鎌は囮!? 本命は玲香さんだ。地面から姿を現した望愛さんが小刀を片手に玲香さんへ襲い掛かる。


「ふっ……!」


 高速で繰り出される体術を組み合わせた怒涛の連撃。それを玲香さんが必死にいなす。わたしの目では追いきれない攻防が繰り広げられる。玲香さんが押され気味で、どんどん後退していっている。Aランクの望愛さんがSランクの玲香さんを押している……。


『氷の令嬢押されてね?』


『望愛様、動き切れありすぎ!』


『これ、ホリアビが氷の令嬢を喰うのありえるぞ』


 視聴者の皆も同じことを感じていたらしい。望愛さんの動きが異常に早いのだ。


「貴様、薬を使っているな……!」


「ふふ……。使えるならどんな手も使う……。加恋さんのためならね。だから、氷室玲香。ここで、永遠に沈んでよ……!」


 鬼気迫る形相で、望愛さんが殴りかかるように小刀を玲香さんの剣に叩きつける。ガキンッと鈍い金属音が鳴り響く。


「くっ!」


 玲香さんは衝撃を抑えられず、大きく後ろへ押し出された。


「玲香さん!」


 居ても立っても居られなくて、彼女の元へ駆け寄ってしまった。


「少しかっこ悪いところを見せてしまったね。でも、大丈夫。私は絶対に負けない」


 玲香さんの微笑みを浮かべた。そんな彼女の余裕な態度にわたしは少しだけ安心する。


「はぁ、はぁ……。ただの強がりね」


 望愛さんが白い息を吐きながら、そんなことを言ってくる。白い息? それに、体が震えているようにも見える。疑問を抱いた時には、望愛さんは目にも止まらない速さで急接近。再び激しい金属音が鳴り響く中、先ほどとは一転。玲香さんが攻撃をいなし、そのまま反撃に転じる。望愛さんはどんどん押され、玲香さんが勢いよく剣を薙ぎ払う。


「かはっ……」


 凄まじい衝撃が生じ、望愛さんは吹き飛ばされそのまま岩壁に叩きつけられる。四つん這いになりながら立ち上がるも、大きく肩で呼吸し白い息を吐きながら、体はガチガチに震えている。まるで、真冬の寒さに震えるそれだ。


「寒すぎて、上手く体を動かせないだろ? ここら辺の気温を大きく下げさせてもらったよ。今の状況はエレベストの山頂で戦っているようなもの。勿論、君だけね」


 だから、望愛さんはあんなに寒そうにしていたんだ。これは玲香さんが仕込んだ目に見えない毒。望愛さんは寒さという毒に徐々に侵され、最後は体が動かなくなってしまう。想像すらできない意識外からの攻撃。これが、氷の令嬢と謳われるSランクシーカー氷室玲香。改めて彼女の恐るべき実力を目の当たりにして、わたしは戦慄する。


「……っ」


 流石に状況が悪いと判断してか、望愛さんは音もなく地面の中へ溶け込んでしまうのであった。


「ふぅー……」


 剣を納刀し、玲香さんは一呼吸を吐く。わたしの方へ向き直ると、自然な動きでそのまま抱きしめられてしまった。


「れ、玲香さん……!」


『あら』


『新人ちゃん補給タイム』


『てぇてぇ』


 今までの配信で手は繋ぐことはあっても、こんな白昼堂々と……。世界中の視聴者に抱きしめられている姿を見られている!?


「少し、魔力を使いすぎた……」


「ふぁ……」


 そんな耳元でささやかないで。耳に息がかかって変な声が出ちゃう……。絶対に声を漏らすまいと、わたしはあえて玲香さんの胸に顔を埋める。息苦しいけど、これなら多少の声は大丈夫のはず。


「優奈の魔力が欲しい……。いい?」


 耳に柔らかくて暖かい感触が広がる。唇を押し付けながら、そんな甘い声を出さないで。配信中なのに、コラボ対決中なのに、頭の中が蕩けて変な気持ちになっちゃう。


「ま、魔力譲渡(マナギフト)


 頭がどうにかなる前に、なんとかスキルを発動する。淡い桜色の光が玲香さんへと流れ込んでいった。これで解放されると思っていたのに、玲香さんはわたしを離そうとしない。結局しばらくの間、公開羞恥プレイを世界に配信する羽目になる。そして、解放されたと思ったら、何故か玲香さんが姿勢を低くした。


「ちょっ! 玲香さん!」


 膝裏に腕を回され、軽々と持ち上げられてしまった。所謂、お姫様抱っこの状態。


「こっちの方が安全かつ早く移動できるからね。いいよね?」


 彼女の提案はコラボ対決で出遅れてしまっている現状では正しい。本当は恥ずかしいから即刻やめて頂きたいけど……。


「うぅ~~。いい、ですよ……。で、でも! 道中のモンスターはどうするんですか?」


 玲香さんの両腕はわたしで塞がれているのだ。わたしを降ろして戦うつもりなのだろうか。


「そんなのは些細なことだよ」


 そう言って、玲香さんの周囲に氷で作られた剣がズラリと空中に現れる。道中のモンスターはこの剣達で倒すと。流石、Sランク。抜かりが無い。


「な、なるほど」


「こうして君と密着していれば副作用を抑えられ、すぐに魔力も補給できる。その時は頼むよ。……ん」


 額に柔らかな感触が広がる。い、今、おでこにキスした! わたしが動けないことをいいことに。今日の玲香さん大胆過ぎる! どうしちゃったの。


「今、配信中ですよ! って、うわっ!」


 わたしの抗議を遮るように、玲香さんはトップスピードで走り出す。


◇◇◇


 アルマが捉える映像には、優奈を抱えた玲香が飛ぶように駆け抜けていく。岩陰から現れるモンスター達など目もくれず、ただ通り過ぎるだけで氷の剣が屠っていくのであった。一方で、ホーリーアビスは望愛が加恋に合流したところが映し出される。先の戦いでひどく消耗している望愛を加恋が抱きしめる。


「望愛! こんなに冷たくなるまで可哀そうに」


 加恋は心配そうに眉を八の字にして、望愛の背中を優しく撫でる。


「私は加恋さんのためなら、どこまでも頑張れるの……」


 抱きしめられた望愛は頬を赤くしながら、恍惚とした表情を浮かべる。しかし、ドンっと唐突に望愛が突き飛ばされた。アルマはどこかへ飛んでいっており、彼女達の様子はもう配信には映っていない。


「はぁ~~、冷た。凍るかと思った」


 加恋は吐き捨てるように言う。先ほどまでの心底悲しそうにしていた彼女は、どこにいってしまったのか。


「加恋、さん……」


「……望愛! 何やってんのよ!  玲香を足止めしろって言ったじゃん!」


 癇癪を起した子供のように加恋は声を荒げると、望愛はビクッと肩を震わせる。


「ごめんなさい。玲香さんは想像よりも強くて……」


「言い訳すんな!? このグズ!!」


「あぐっ……」


 鳩尾を思い切り蹴り上げられ、望愛はお腹を抱えてうずくまる。しかし、加恋の腹の虫は収まらない。容赦のない蹴りを何度も何度も何度も望愛に浴びせる。


「あーもう! こんなことしている場合じゃないのに! 玲香達のスコアが追い付いてきてる。もたもたしてたら、追い抜かれる!」


 加恋のコンタクトレンズ型デバイスには玲香達の映像とスコアが表示されていた。妨害しにいこうとしても望愛は消耗しているので、振り切られる可能性が高い。瞬時に状況を整理した加恋はある決断を下した。


「足りないのなら追加すればいいんだよ。ほら、望愛。飲め」


 加恋は改良型新薬アストラルブースターを差し出した。しかし、望愛は手を空中に彷徨わせ中々手にしようとしない。


「加恋さん、これ以上は、もう……。胸が、苦しいの……」


「うるさいなぁー!! お前の言い訳は聞き飽きてんだよ! いいから早く飲め!!」


 加恋は望愛の髪を掴み、無理やり顔を上げさせると、小瓶の先端を彼女の口の中にねじ込んだ。


「んんー!! ん……っ、ん……っ」


 無理やり嚥下させられ、目からは涙が、口からは毒々しい紫色の液体が一筋漏れる。


「あ、あ、ああああああああ!」


 ついに、小瓶の中身が空になると、望愛は体を逆くの字にのけ反らせ絶叫を轟かせる。彼女の瞳孔は大きく開き、血走っている。


「やればできるじゃーん♪ じゃ、玲香達のことはよろしくね!」


 加恋は彼女の肩を軽く叩き、ダンジョンの奥へと突き進む。望愛は何も言わず、ぬるりと大地に溶けるのであった。

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