第14話 配信の裏側
配信終了のタイマーがゼロになり、『LIVE』の赤い文字が消える。その瞬間、スタジオを包んでいた多幸感溢れる空気は、氷を投げ込んだように一変した。
「――っ、マジでダル。ねぇ、空調の設定温度上げたの誰? 暑すぎて死ぬんだけど」
先ほどまで聖なるギャルとして愛嬌を振りまいていた加恋が、不機嫌そうに髪をかき上げる。その瞳に宿っていた星のような輝きは消え、どろりとした傲慢な光だけが残っていた。
「ご、ごめんなさい加恋さん。私が、設定を……」
望愛が震える手でタブレットを操作する。配信中のミステリアスな雰囲気はどこへやら、今の彼女は主人の顔色を伺う怯えた小動物のようだった。そんな望愛を、加恋は冷淡な視線で射抜く。
「アンタさぁ、さっきの挨拶。タイミングずれてたよね? 練習しろって言ったじゃん。バカなの?」
「……っ。次は、次は完璧にするから。だから、捨てないで、加恋さん……」
望愛が縋り付くように加恋の裾を掴むが、加恋はゴミを払うように乱暴に振り払った。
「ウザい。触んないで。……ほら、次の場所へ移動するよ。スポンサーが待ってるんだから」
アークライトインダストリー本社、最上階の特別応接室。そこには、冷徹な笑みを浮かべる神崎透と、どこか楽しげな研究員の中谷が待ち構えていた。
「素晴らしい配信だったよ、聖堂。世論は完全に君達の味方だ」
「あー、神崎さん。お疲れっす。ぶっちゃけ、あんなツンデレ令嬢を煽るのなんて余裕すぎ」
加恋は神崎の前でも物怖じせず、ソファに深く腰掛けた。一方で望愛は、部屋の隅で肩を震わせている。その顔色は、先ほどよりも一層青ざめていた。
「で? 本当に勝てるんでしょうね。何か秘策みたいなのあるらしいけど、相手はあの氷室玲香だよ。負けたらアークライトの株価、ガチで終わるっしょ。うちらとしては別に負けても、最悪炎上商法で稼げるからいいけどさ」
加恋は足を組み、冷静にそう話す。聖堂加恋はその見た目で誤解されがちだが、馬鹿ではない。利益の最大化とリスクをしっかり見極めて行動している。彼女の言うように、例えこのコラボ対決で負けてもバックアッププランを考えた上で、神崎の依頼を受けていたのだ。
「ひひっ、心配ご無用。コラボ対決用に特別製を用意してありますからねぇ」
中谷がニヤニヤしながら、テーブルに数本の小瓶を並べた。それは、既存のアストラルブースターとは比較にならないほど、どす黒く濁った紫色をしていた。
「改良型アストラルブースターです。魔力出力は従来の三倍」
「三倍、ね……。望愛、これ全部飲みなよ。散々アストラルブースター飲んだんだから、慣れてるでしょ?」
加恋の言葉に、望愛の体がびくりと跳ねる。
「……これを全部? でも、これ以上飲んだら、私、本当に……」
「は? 拒否権あると思ってんの? 誰のおかげでAランクまで上がれたと思ってんのさ。アンタ、うちがいなきゃ、ただの不気味な根暗女で終わりなんだよ」
加恋が望愛の顎を強引に掴み、至近距離で言い放つ。その瞳には、一切の慈悲もなかった。
「……わ、わかった。飲むよ……加恋さんがそう言うなら」
望愛は震える手で小瓶を掴み、一気に喉に流し込んだ。瞬間、彼女の瞳が異常な光を放ち、肌の表面にうっすらと赤黒い結晶の紋様が浮き上がる。
「っ、あ、あああああぁぁぁ!!」
「くくく……いい反応だ」
苦しむ望愛を一顧だにせず、神崎が満足そうに頷く。
「氷室玲香を地底で葬り、あの桜優奈を連れ戻す。そのためなら、道具が何人壊れようと構わんよ。聖堂、二層の深部に細工をしておいた。崩落ポイントに誘い込め」
「おっけー。それと、あたしらが勝って報酬やっぱなしってされても困るからさ。契約書! サインしてくれるよね?」
「ああ、勿論さ」
「マジ、ワクワクしてきた。玲香センパイが泣き叫ぶ顔、全国に配信してあげるよ」
加恋が邪悪な笑みを浮かべ、契約書に署名する。そして、歪なポーズで自撮りをしてSNSに『秘密の作戦会議中』と投稿。その背後で、望愛は激しい動悸に耐えながら、うわごとのように繰り返していた。
「……加恋さんの、ために……。私は、加恋さんの光に……沈むの……」
壊れた絆と、劇薬による狂気。偽物の百合達が本物を喰らうために、暗い牙を研ぎ始めていた。
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