第12話 企み
氷室玲香が寧琉の研究所を訪れていた頃。アークライトインダストリーの広大な敷地内を、荒木達四人は重い足取りで歩いていた。
「風香、腕……本当になんともないか?」
「うん。もう痛みもないし、結晶の痕すら残ってないよ」
荒木風香が自分の二の腕をさすりながら微笑む。
「そうか。……桜がいなければ、俺達は終わっていたな」
荒木の脳裏には、数時間前の地獄のような光景が焼き付いていた。もしあの時、桜優奈が現れなければ。妹の腕は斬り落とされ、今頃は病院のベッドで絶望に暮れていただろう。荒木はそんなあったかもしれない未来を想像してしまったのだ。
「うん、桜さんがいたから、私は無傷で生還できた。桜さんは私達の女神様だよ」
「そいつは違いない」
「兄さん、この後どうするの?」
立ち止まった荒木は、高くそびえるギルド本社ビルを見上げ、苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。
「辞表を出す。今回の件で、この会社の闇が深すぎることがわかった。……お前達、俺の独断で悪いが、一緒に来てくれるか?」
「独断とか言うなよ。俺も荒木と同じことを考えていた。一緒に抜けるよ」
「水臭いこと言うなよ。俺も同感だ。こんな会社、もう御免だね」
荒木にとって妹を除いて他の二人との付き合いは長くないが、彼らの間には確かな信頼関係が築かれているのであった。
「私も兄さんに賛成。これからは、自分達の足で歩こうよ」
荒木の意向に他のメンバー達も賛成を表明する。
「お前ら。ありがとうな」
仲間の力強い言葉に、荒木は小さく頷くのであった。そんな会話をしながら、荒木達が向かったのは、探索後の義務であるバイタル検査室。そこにいた白衣を着た研究員の一人が荒木に話しかける。
「検査に来たんだよな。ひどい顔だな」
「お陰様でな」
アストラルブースターが開発されてから、アークライトインダストリーに所属する探索者は探索後検査を義務づけられていたのだ。荒木達は研究員の指示に従い、円柱状の専用装置に入る。デジタルディスプレイに荒木達のバイタルチェックが行われ、魔晶蓄積値が赤く点滅する。最新スキャナーから出たデータの波を見て、担当の研究員が声を荒らげた。
「魔晶蓄積値が軒並み危険水域だ。……ん? 待て、彼女だけ異常だぞ」
研究員が風香の数値を指差す。そこには、ありえないはずの『ゼロパーセント』という数字。検査が終わって装置から出てきた風香に研究員が話しかける。
「君、アストラルブースターは使ったかい?」
「えっ……あ、ああ、使ってない……ような気がします」
何かを察した風香は曖昧な返事をする。
「使っていないとしても、二層に潜ってこの数値は物理的に不可能だ。装置の故障か?」
「まぁ、そういう時もあるだろ。早く帰らせてくれ。俺達は疲れているんだ。おめーらが開発した薬のおかげで、不眠不休で探索させられているからな」
荒木はそう言って、この場を立ち去ろうとした時、背後の自動ドアが開いた。
「ひひ、何やら面白いデータが取れたようだねぇ」
猫背を揺らし、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら開発室長の中谷が入室してきた。アークライトインダストリーの幹部が出てきたからには、荒木も彼を無下にすることもできず、立ち去ることはできない。
「室長こちらのデータなのですが……」
「見ればわかるよ。まるで、体内を新品同様に洗浄したかのようだ。ありえない……いや、一つだけ可能性があるねぇ。――未知の浄化スキルへの遭遇、とか」
中谷が粘りつくような視線を風香に向ける。
「ところで荒木風香さん。魔晶を完全に浄化できる人物……そんな歩く聖杯のような人間に心当たりはないかな? 例えば、君達の窮地を救った誰か、とかね」
「……知りません。そんな人」
風香は強い口調できっぱりと否定する。中谷は数秒間、彼女を凝視した後――不気味に笑って肩をすくめた。
「なるほどなるほど。なら、行ってよし。引き留めて悪かったねぇ」
「そ、そうですか。では、俺達はこれで」
執拗な追及を予想していた荒木達。意外なほどあっさりと解放され、彼らは逃げるように検査室を後にした。
「室長、良かったんですか? 明らかに何か隠してましたよ」
「あのまま問い詰めてもしらを切るのは目に見ているからねぇ。それに、問い詰めて私がパワハラで訴えられるのは勘弁だ、ひひひ」
「室長そういうの気にするんですね」
「コンプライアンスは順守する主義だよ。とは言え、彼らが怪しいのは事実。ひひ、証拠なら、他から手に入れればいいのさ」
中谷は空中にホログラムを浮かべた。そこには、アルマが捉えた配信停止後の極秘ログが、既にハッキングによって復元されようとしていた。
◇◇◇
その日の深夜、神崎透は、CEO室で一つの映像を食い入るように見つめていた。暗い画面の中に、あの桜色の光が弾ける。赤黒い結晶が蒸発し、女性の柔らかな肌が蘇る瞬間。状況からして、アルマの映像であった。
「くくく……はははは!! あの歩くモバイルバッテリーが、これほどの能力を秘めていたとはな!」
神崎は革張りの椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。
「道理で、氷室が執着するわけだ。あのアマ、スキルを独り占めしようとしていたな」
神崎の瞳に、歪な所有欲が浮かび上がる。
(あいつは元々、俺が契約していた商品だ。ならば、その所有権は永久に俺にある。上手く使えば、アストラルブースターのデメリットを帳消しにできるはずだ。そうすれば、さらに効率よく魔石を回収できるようになる)
アストラルブースターを強行販売した神崎であったが、予想を超えてアストラルブースターのデメリットが大きいことに頭を悩ませていた。薬を使用した探索者達が体調不良を訴え、アストラルブースターが問題視され始めていたのである。それに伴い株価も下落し、神崎はこれらに対応をするため収益性の改善策としてアークライトインダストリーに所属する探索者には不眠不休のダンジョン探索を強要。株価と収益性のためならば、神崎は彼らを消耗品のように使い潰すのであった。
「桜優奈、まさか、お前をこれほど欲する日が来るとはな。くくく、捕獲した暁には死ぬまで使い倒してやる」
神崎は邪悪な微笑を浮かべながら、キーボードで何かの指令を打ち込み始めた。
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