辺境伯クローデル兄妹について
「リヴィアちゃん今帰りかい?」
ギルバートさんと別れて王都のメイン通りを一人で歩いていれば、恰幅のいい女性に声をかけられた。
ご近所に夫婦二人で住んでいるマーサおばさんだ。
見かけるたびに声をかけてくれるので、もうすっかり顔見知りである。
はい!と元気よく返せば、しょうがない子だねぇ、と優しく呆れられた。
「あ、そうだ、ちょっと待ってなさい」
マーサおばさんはそう言うと急に家の中に入り、すぐ出てきたかと思ったら手に持っていた紙袋を押し付けてくる。
「ほら、晩ご飯にしな」
「えっ」
「今日はシチュー作りすぎたんだよ」
もう私と旦那しかいないのに慣れって困ったもんだねぇ、とからからと笑った。
「ありがとうございます!」
そっと紙袋を覗けば、まだほんのり温かい匂いがした。
ほこほことした気分で帰宅一秒。
「遅い!」
一人暮らし用に借りている部屋の玄関先。
かちゃりと魔法錠を外して扉をくぐった先には般若の顔をした仁王像がいました。
般若もとい仁王像もとい辺境伯クローデル家嫡男、ヘンリー・クローデルは私の頭の先からつま先まで視線を辿らせると、重々しくため息を吐いた。
「オリヴィア、お前はもう少し貴族令嬢として自覚を持て、この家出娘」
「家出もなにもこうやって兄さまが定期的に様子見に来るし、結局最初っから父さまも母さまも知ってたじゃない!」
ずっと前からこっそり計画して準備してたのに何でかみんなにバレていた。
こんなの家出なんて言わない!!
「お前が分かりやすすぎるんだよ」
「完璧な計画なはずだったのに!」
「商人の荷馬車に紛れて王都まで来る計画のどこがだ、バカ」
「だって、ちゃんとバレないように変装もしたもん」
「変装って...髪を帽子に隠して分厚いメガネかけただけだったじゃないか、王都に着いた瞬間すぐ分かったわ」
「あれは王都の関所で待ってた兄さまがずるい!せっかく三日もかけて来たのに!」
「父さんから突然連絡が入ってお前を待ってるその三日が一番胃が痛かったんだぞ、わかってるのか?」
「そんなの兄さまの勝手じゃないー!」
いーっだと反抗すれば、おでこを軽くはたかれた。
「取り敢えず約束は変わらないからな」
ちゃんと覚えてるか、と聞かれたので、はたかれたおでこを押さえながら私は答える。
「...問題を起こさないこと」
「覚えてるなら良い、問題を起こしたら即撤収だからな」
私の頭をわしゃわしゃと乱暴に数回撫でた。
髪がくちゃくちゃになるからやめて!
乱された髪を手櫛で整えていれば、
「あと定期的に俺が訪問すること」
「二ヶ月に一回は領地に顔を見せること」
「帰りは遅くならないこと」
「飯はちゃんと食うこと」
細かな約束事項がどんどん増え出した。
「私そんなに子どもじゃないんだけど」
「嘘つけ、お前は放っておくとすぐ菓子だけで生きようとするだろ」
「......黙秘します」
「バレバレだっての、今日はちゃんと食ったか?」
兄さまのその言葉で、マーサおばさんのシチューの存在を思い出す。
「まだ!でも聞いて!さっきマーサおばさんからシチュー貰っちゃった!」
紙袋を見せながら自慢げに言えば、兄さまは今日一番の盛大なため息を吐いて頭を抱えていた。
「お前な……」
「お腹すいたの?量的に兄さまのぶんもあるよ?食べる?」
「ちげぇーよ......食うけど」
温め直したシチューを器によそい、いただきます、と兄妹揃って久しぶりの晩ごはんとなった。
目の前に座る兄さまは、襟元も緩めきつくひとつに縛った髪のリボンもゆるく解いている。
お仕事モードの鎧を脱ぎ捨て完全にお家モードだ。
「おいしーい!」
「ん、なかなか美味いな」
マーサおばさんのシチューはお野菜もお肉もごろごろ入っていて美味しい!
「そういえば今日の熊も食べられたのかな」
「何の話だ?」
「ファイヤーベアの話」
「はぁ?何でいきなりファイヤーベア」
今日の妹には色々あったんです。
察してください。
「あ、そういえば父さまから何か連絡あった?」
「ないけど、何かあったのか?」
「んーん、でもなんか北の影響で魔物が変異して強くなってるって今日ギルドで話してたから」
「......そうか」
兄さまのスプーンが一瞬だけ止まった。
すぐに何事もなかったように動き出す。
「兄さま、仕事場で何か聞いたりしてる?」
「聞いてたとしても話せるわけないだろ」
「だよね、ちょっと聞いてみただけ」
「この間の定期観測、異常はなかったんだろ?」
「うん、いつも通りだったよ」
「……そうか」
「兄さま?」
「いや、何でもない」
そう答えた兄さまはすぐにシチューへ視線を落とす。
スプーンを持つ指だけが、不自然なほど強く握られている気がした。
「それよりリィ、ギルドで迷惑かけてないだろうな」
そう言って意地悪そうに顔を上げ揶揄う。
ご丁寧に昔から兄さまが私をからかう時の呼び方だ。
心配したのに!
「もうっ!子ども扱いしないでってば!」




