推し、ルカ・フェルナーについて
ところ変わって王都冒険者ギルド。
「クエストお疲れ様でした。報告書と納品物、お預かりしますね」
見て頂戴、推しが息してる。
受付で仕事をしているルカをギルド入り口で眺めながら、私は確信した。
人類は早急にこの笑顔を国宝指定すべきです。
受付に来る人に分け隔てなく向けられる労わるような穏やかな笑顔。
尊い。
守りたい、この笑顔。
クエストで疲れた身体に推しが染みるわ。
「行かないのか?」
推しの笑顔を曇らせるコンテストがあったらぶっちぎり一位の男が不思議そうに話しかけてきた。
さっきまで自分だってずっと掲示板やら依頼書やら見てた癖に。
「行きますよ、ちょっと堪能してただけです」
「何をだ?」
「にこにこのひとー!」
「るかー!」
「おしー!」
ギルバートさんの問いかけに術式ちゃんたちが口々に答える、が、もちろんギルバートにはまったく聞こえていない。
「内緒です!それより聞いてました?私が出しに行ってくるのでギルバートさんはここでステイです、わかります?待てですよ?」
「俺は犬か」
「似たようなものでしょう」
ただし忠犬ではなくて猛犬だけど。
「...まあいい、さっさと行ってこい」
「言われなくても」
そう言って受付の方向に一歩踏み出した瞬間、
「待て」
「ぐえっ」
いきなり襟元を掴まれた。
勢いで乙女が出しちゃいけない声が出た気がする。許すまじ。
「ふざけるな!!」
突然ギルド内に響く怒号。
声の主は先ほどルカの隣の列に並んでいた素行の悪そうな冒険者。
冒険者の身体にはクエストで負ったのだろうか、包帯が数箇所巻かれている。
その男の対応をいつの間にかルカが担当していた。
どうやら今回の依頼は失敗となり報酬が出なかったらしい。
ギルド内の視線が一点に集まり、周囲の空気がぴりりと張り詰めた。
私、この場面知ってる。
ルカが冒険者に怒鳴られる、似たような場面が確か原作の小説にも出てきた。
それに気づき、私は気を引き締めて男とルカを見た。
「申し訳ありません、ですが規則ですので」
場に似合わない落ち着いたルカの声。
「だから納得できねぇって言ってんだろ!こっちは怪我もしてんだよ!」
冒険者はさらに喚き散らし、目の前の机を叩いた。
「そうですよね、わかります」
それでもルカは声を荒げない。
「お怪我、きちんと治療を受けられましたか?それと今回の件、こちらの救済措置をご利用いただけます」
ルカは穏やかにそう言うと資料を差し出した。
「依頼失敗者向けの補助制度と怪我の療養中の収入保障についてです」
「……あ?」
「こちらなら今回の損失を多少補填できます」
怒鳴っていた冒険者の勢いが少しだけ弱まる。
「それと、今回貴方の命が無事で本当に良かったです」
ルカは小さく笑った。
「依頼はまた受けられますから」
ルカから資料をふんだくるように取った冒険者はギルドを出て行こうとする。
入り口に立っている私を見つけると、
「ここはガキの遊び場じゃねぇんだよ」
と八つ当たりのように吐き捨てられた。
「あいつきらいー!」
「ハゲろー!」
「おなかいたくなれー!」
「くつにいしはいれー!」
「あさねぼうしろー!」
「ごはんこぼせー!」
術式ちゃんたちが一斉に騒ぎ出す。
「こらこら、悪口はだめだよ」
「なんでー!」
「わるいやつー!」
「りびいじめたー!」
ぱちりとひとつ瞬きをした後、目を伏せながら私は肩に乗っていた術式ちゃんをつついてなだめる。
「いいの」
術式ちゃんたちは納得していない顔だ。
まぁ、顔があるのかは知らないけど。
「せっかくルカが平和に治めたんだから、その努力を私たちが無駄にしちゃだめ」
術式ちゃんたちが不満そうに唸る。
その横で、ギルバートさんは黙ったまま冒険者の背中を見ていた。
原作ではこの後、ギルバートさんは靴底についたガムかってくらいねっとりとルカを見る。
少なくとも私の記憶ではそうだった。
そう思いギルバートさんの方を向けば、ばちっと目が合った。
ルカを見ていると思ったのに。
え?何で私を見てるの??ルカは??
ルカたんそこにいるよ??
いや、見てほしいわけじゃないし、逆に見るななんだけどね???
「何で言い返さない」
「え?」
「さっき」
「え、えと、言われたこと自体は間違ってませんし??」
私の答えを聞いたギルバートさんはさっきの術式ちゃんたちと同じように納得してないような渋い顔をした。
わあっと冒険者が去ったあとに周りの人がルカを称えだす。
「いやー助かったよルカ」
「また上手く収めたな」
そんな称賛の声にルカは苦々しく笑う。
「いえ……結局あの方を怒らせてしまいましたから、もっと上手いやり方があったと思います」
続けて隣の席の受付の男性がルカに話しかけた。
「変わってもらってすまん」
「気にしないでください、トムさんのところもうすぐ産まれるんでしょう?トムさんにもし何かあったら大変じゃないですか」
「ルカ、お前...」
私はそれ以上聞いていられなくて、ふたりの話に無理やり割り込んだ。
「ルカさんお疲れ様です、これ報告書と剥ぎ取り品です」
その言葉にルカは先ほどとは違いいつもと変わらない笑顔で答えてくれた。
よかった、ちゃんとルカ、笑ってる。
「お疲れ様です、お預かりしますね」
報告書の受取欄にルカが自分の名前を書いた。
クエスト受注者の欄には、ギルバートさんと身分を隠して冒険者登録した際の私の偽名“リヴィア・ローウェル”が並んでいる。
ギルバートさん、その位置ルカたんに譲ってもらっていいです??
「実は、今回の依頼、本当ならハリトゲタヌキだったはずなのに現れたのはファイヤーベアでした」
「ファイヤーベアですか?おかしいですね」
「北の影響だろ」
「ギルバートさん?!」
いつの間にか隣まで来ていたギルバートさんが口を開く。
え、この人待ても出来ないの???
「北、というとヴァルドレイク帝国ですね」
「あぁ、今回のファイヤーベア、多分普通の個体よりも不自然に強かった」
「そうですか...先ほどの冒険者の方のクエストも似たような状況でした」
え、あのファイヤーベア普通じゃなかったの??
それをわかっててギルバートさんは長々と放置してくれやがったってことですか??!
私の出した報告書と冒険者の報告書を見比べてルカが言う。
「短期間に二件も妙ですよね」
混乱してる間に何故か攻めと受けが北の話を普通にしだしたんですけど??何??
赤いペンの先生!こんな展開、全部教科書に載ってませんでしたけど??!
やっててよかったの方じゃなきゃだめでしたか???!




