謎の男、ギルバートについて
「あつぅーいー、水ー!」
依頼地のとうもろこし畑。
このとうもろこしが最近、害の少ない小型モンスターであるハリトゲタヌキに襲われているらしい。
ハリトゲタヌキの駆除。
それが今回の依頼内容だ。
「飲めばいいだろう」
「ギルバートさんが無理やり連れてきたからなにも用意してないんです!」
理不尽の代名詞のような目の前の男は、海よりも深そうなため息をひとつ吐くと私に向かって何かを投げてきた。
受け止めれば、それは水筒で。
「飲め」
「え、なに?怖いんだけど、毒でも入ってる??」
「失礼だな」
そう言いますけど、貴方、今までの奇行の数々を自分の胸に手を当てて考えてみて欲しい。
「いらないなら返せ」
「飲みます飲みますー!」
...まぁ、ありがたくいただきますけどね?!
背に腹は変えられねぇ!
水筒を傾け勢いよく水を流し込んだ。
乾ききった砂漠のような体に染み込む水。
冷たい。生き返る。
ありがとう水。
ありがとう水筒を発明した人。
ありがとうギルバートさん。
この状況を生み出したのもギルバートさんだけど。
その時の私は完全にゆるみきっていた。
「後ろ」
「りびー!」
「うしろー!」
「あぶなーい!」
ギルバートさんの言葉に術式ちゃんたちも同調する。
「後ろ?!後ろがなに?!また罠??!」
瞬間、がさり、と後ろから音がした。
ぎぎぎ、と壊れたブリキのおもちゃのように振り向いた私の真後ろ。
「魔物だ」
剣の柄に手を添えたギルバートさんが呟く。
次の瞬間、植えられたとうもろこしを掻き分けて、ずんぐりと大きな魔物の影が現れた。
「それを先に言ってぇえぇぇ!!!」
私は反射的に防御の術式を空中に描く。
すると、その術式から新しい術式ちゃんがぽこぽこんっと生まれた。
今いた術式ちゃんと合わせて10匹。
「術式ちゃん!お願い!」
「わかったー!」
「まかせろー!」
「りびまもるー!」
「あっちいけー!」
術式ちゃんたちは私の前に立ち、それぞれが手を繋いで組体操の扇状に広がる。
がきん、と辺りに重くて鈍い音が広がった。
魔物の爪による不意打ちの一発。
でも術式ちゃんがちゃんと防いでくれた。
「りびー!」
「これちがうー!」
「たぬきちがうー!」
術式ちゃんたちが騒ぎ出し、私は現れた魔物をまじまじと見る。
「ギ、ギルバートさん???ハリトゲタヌキってこんなデカかったですっけ?!」
ハリトゲタヌキはハリネズミとタヌキを合わせたような可愛らしい小型モンスターだ。
少し畑を荒らすことはあっても、人を襲うような魔物じゃない。
だが、目の前の魔物は明らかに違う。
熊のような大きな体に、その表面は炎に覆われている凶暴で有名な中型モンスター、ファイヤーベア。
「違うな、依頼に載ってた魔物じゃない」
ギルバートさんは冷静に言う。
「そんなの見ればわかりますー!!」
「聞いたのはお前だろう」
「聞きたかったのはなんでですかってことなんですけど??!」
やれやれ、とあまりにも場違いな表情を浮かべるギルバートさんは、ファイヤーベアが現れてからまだ一歩も動いていない。
「こいつの弱点は水だ」
「でしょうね!!?」
炎なら水で消してしまえばいい。
「みんな、一斉に攻撃するよ!」
「まかせてー!」
「くまー!」
「たおすー!」
「くまなべー!」
「おにくー!」
「ハイドロウォーター!!」
術式ちゃんたちが一斉にどこから出したのか水鉄砲を構え、ファイヤーベアに向かって放水した。
「ねらえー!」
「おでこー!」
「はなー!」
「めー!」
「おなかー!」
ちなみにこれは私だけが見えている光景で、多分ギルバートさんの目には申し訳程度の水が飛ばされた光景にしか見えていないと思う。
うるさい、だれが申し訳程度だ。
術式ちゃんたちの水鉄砲を当てられたファイヤーベアは、濡れた場所を撫でると、ぐるるると唸って威嚇するように吠えた。
「効かないし、余計に怒らせちゃったみたいなんだけどぉ??!」
「あの火力じゃ当たり前だろう」
「ならギルバートさんも見てないで戦ってくださいよ?!ご覧の通り私、攻撃力ほぼゼロに近いんですから!!」
怒りのままに振りおろされるファイヤーベアの爪を術式ちゃんの防御壁で防ぎながらじりじりと後ろに押される。
まだ剣の柄に手をかけたままのギルバートさんは一歩も動く気配がない。
ギルバートさんの視線はファイヤーベアではなく、私の術式ばかり追っている。
「その術式展開の速さと防御力の強さがあってなんで攻撃力だけ異様に弱いんだ?」
「そんなこと知りませんよ?!だから条件付きなんですって!それより援護ーーー!!!」
「くろいのー!」
「てつだえー!」
「みてるなー!」
「さぼるなー!」
ギルバートさんに聞こえるはずもないのに術式ちゃんたちも文句を言いだした。
「ほら!みんなもこう言ってますよ!!」
「何のことだ?」
ギルバートさんの視線は相変わらず私ではなく防御壁へ向いている。
「それよりその防御壁」
「は?」
「さっきから妙だな」
「そんなこといいから手伝ってもらっていいです??!」
ぎぃん、と再び爪が防御壁を叩く。
衝撃が腕に伝わり思わず顔をしかめた。
重い。防げる。
でも重い。
「りびー!」
「おもーい!」
「くまつよーい!」
「つかれたー!」
「たいへーん!」
「知ってるよぉ!!ごめんねぇ!!」
私は防衛壁を強化すべく新しく術式を描いた。
応えるように術式ちゃんが新しく10匹生まれる。
戦ってくれている10匹と合わせて、私が出せる最大数。
「術式ちゃん!右!」
「みぎー!」
「どっちー!」
「こっちー!」
がきん、と鈍い音。
「ありがとう!次は左!」
「ひだりー!」
「はんたいー!」
「はしるー!」
防ぐ。また防ぐ。
そのたびに術式ちゃんたちがわちゃわちゃと走り回る。
それでもじりじりと後ろへ押されはじめた。
畑を荒らさないように踏ん張るのもそろそろ限界だ。
「なるほど」
不意にギルバートさんが呟いた。
「なにがですか?!」
「お前、戦いながら術式を組み替えてるんだな」
「今その話してる場合ですか?!手伝わないなら気が散るからせめて黙ってて!」
「それにしてもお前には術式自体が見えるのか?」
「だから喋りかけるなら手伝ってってばー!!!」
瞬間、攻撃が通らないことに焦れたのかファイヤーベアが身体に纏う炎の威力を上げ、防御壁に体当たりした。
「りびー!」
「もうだめー!」
「もたないー!」
「われるー!」
術式ちゃんたちの声を合図に防御壁に細かなヒビが入った。
「ぎゃーー!!!ギルバートさん!!!」
「限界か」
かちゃり、と鞘から剣を抜いたギルバートさんが数歩ファイヤーベアに近付いた。
次の瞬間には、真っ二つだった。
何がって?
ファイヤーベアがだよ!!!
音もなかったし、剣が振り下ろされたのもわからなかった。
わかったのはひとつだけ。
この人、めちゃくちゃ強い。
知ってたけど!
倒したファイヤーベアから戦利品を剥ぎ取っているとギルバートさんがぽつりと呟く。
「お前の術式」
「はい?」
「面白いな」
「はぁ?」
突然何を言い出すんだこの人は。
「攻撃魔法は使えないくせに防御だけ異様に強い」
「悪かったですね」
「戦いながら術式を書き換えてるのも初めて見た」
「だから何なんですか」
戦利品を回収しながらぶすっと返す。
散々放置された恨みはまだ忘れていない。
するとギルバートさんは少しだけ考えるように目を細めた。
「いや」
それだけ言って立ち上がる。
「帰るぞ」
「え、終わり?!」
なんだったんだ今の。
首を傾げる私の肩によじ登った術式ちゃんたちが口々に騒ぎ出した。
「りびー!」
「くろいのへんー!」
「じーってみてたー!」
「りびみてたー!」
「ちがうー!」
「じゅつしきー!」
「なんかみてたー!」
「くろいのへーん!」
「えぇ……」
そんな変な人に気に入られても全然嬉しくないんだけど。




