ヘンリー・クローデル、再来
「暇だ......」
あのファイヤーベア事件から三日。
私は一人暮らしの部屋のベッドの上、手足を投げ出して寝転がった。
私とギルバートさんは、ギルドから三日間の立ち入り禁止を命じられている。
最初の一日は、一日中泥のように眠ってしまった。
気が付けば翌朝。
記憶よりも一日進んだ景色に、しばらく状況が理解できなかった。
二日目は、なんとかのろのろ起き上がって溜まっていた洗濯や掃除を片付ける。
終わった途端、またベッドに倒れ込んだ。
そして現在、三日目。
私は暇をもてあましていた。
「せっかくだから原作の小説についてまとめてみようかな......」
机に向かい紙とペンを取り出す。
「そういえば、原作にも異常個体って出てきたんだっけ?」
思い返せば原作の世界は、今よりもっと治安が悪く闇が深そうだった気がする。
私はペンでこめかみをつつきながら記憶を辿る。
「うーん......うーん?ダメだぁ!全然覚えてない!ルカについてならなんだって覚えてるのに!」
ギルド近くの定食屋のBランチが好きとか、見かけによらず甘いものが苦手とか、実はマルチリンガルとか。
ルカに関しては全部覚えてるのに、それ以外はさっぱりだ!
そもそも原作に私って出てきた?
結界姫なんていたっけ?
私は潔く諦めてペンを机の上に放り投げると、慣れた手つきで空中に術式を描く。
術式からぽこんと、あの日以来の術式ちゃんたちが生まれた。
「りびー!」
「おはようー!」
「いいあさー!」
生まれた三匹の術式ちゃんたちは私の指にしがみついたり、肩によじ登ったり、ペンを転がしてみたり、相変わらず自由だ。
「みんな、おはよう」
あんな風に消えたから心配していたけど、みんな元気そうで安心した。
その時、玄関の扉がノックされる音が聞こえてくる。
玄関を開ければ、そこには珍しく服も髪もきっちり整えた仕事モードの兄さまが立っていた。
いつもは勝手に部屋に入ってくるのにどうしたんだろう、なんて考えていたら、
「リヴィア・ローウェルさんのお宅はこちらでよろしいですか?」
私の冒険者登録時の偽名を言いながら、貼り付けたような笑顔を浮かべている。
え、もしかして兄さまじゃなかったりする?
兄さまに似た別人??
「兄さま?」
さらに笑顔を深める兄さまらしき人。
「先日の異常個体及び森半焼事件についてお話を伺いに来ました」
「取り敢えず、お話は中で伺ってもよろしいでしょうか?」
兄のその言葉に私は兄の顔を窺いながら、おずおずと道を開けた。
テーブルの椅子を引き、腰掛ける兄さまを見ながら、私はそっとベッドの横に移動して物陰に隠れる。
「兄さま......怒ってる?」
肩の上で術式ちゃんたちも身を寄せあっている。
兄さまは一つ大きくため息を吐くと表情を緩めた。
「......ちょっとな、ほら、こっち来い」
おずおずと兄の前の席に座る。
「約束破ってごめんなさい」
素直に謝れば、兄さまは、あぁ、と相槌を打つ。
「でも問題起こすつもりはなかったの、ファイヤーベアが出るなんて思わなかったし」
なおも言い訳をしようとするも兄さまに遮られる。
「わかってる、どうせ巻き込まれただけなんだろ?」
「うん......兄さま、結果として約束は破っちゃったけど、私まだ領地には帰りたくないよ」
ダメかな?と兄の顔を見つめた。
せっかくギルドの人たちや近所の人とも仲良くなれたのに、このままはいさようならなんて嫌だった。
「正直俺は帰したい」
兄さまが私の顔をまっすぐ見て言う。
「でも今回はお前が悪かったわけじゃないし、結果子どもたちも守れたんだろ?」
「うん」
「良くやったな、オリヴィア」
兄さまの手が私の頭を撫でた。
「りびー!」
「あにほめたー!」
「やったー!」
術式ちゃんたちがその手をつたって兄さまの方へと移り頭の上でぴょんぴょん跳ねる。
「リヴィ、もしかしてあいつら頭の上にいないか?」
いつも通りの兄さまの表情でそんなことを言われ、思わず頬が緩んだ。
「それと、テオドアにお前が王都にいることがバレたからな」
「え」
「テオドアから伝言だ。『じゃじゃ馬もほどほどにしとけ』だとさ」
「......自業自得だ、ばか」
兄さまはそう言いながら鞄から書類を取り出す。
「取り敢えず、事情聴取はするからな」




