動き出した歯車
ヘンリー視点
国名間違えてました、修正済み
王都にあるグラディオン王城の一角。
王太子殿下の執務室の前。
握り込んだ拳を扉に叩き込む前に内側から開かれた。
役割を果たさなかった拳は一瞬宙を彷徨ったがそのまま下ろされた。
取り敢えず軽く会釈をしながら一歩下がり、中から出てきた人物をちらりと窺う。
足元までの黒のローブに、目元まで深くフードを被り顔すら見えない男。
男の方はこちらを気にする様子もなくそのまま続く廊下を歩いていった。
その背中を目で追いながら、俺は開かれたままの扉をノックした。
「殿下、失礼します」
「ヘンリーか、どうした」
執務室の中には、この国唯一の王太子。
王家特有の銀髪に青い目を持つ男。
テオドア・グラディオン。
テオドアは書類の山に囲まれた執務机から顔を上げた。
この男との出会いは、自ら望んで入学した王立学園でのこと。
あの国をも揺るがせた巨大防御壁事件の際、不思議な力を見せた妹を見る魔術師たちの不穏な目を受け、俺が妹を守らなければと覚悟を決めた。
ただ妹を守れるようになりたかっただけの俺が、三つ年下の王太子に誘われ、側近候補として王城で働くことになるとは思いもしなかった。
「......さっき廊下で王女殿下とお会いしたのですが、お一人でした」
執務室のドアを見ながら先ほどあった出来事が思い出され、口をつく。
「いつものことだろう」
そんな自分の問いにテオドアは軽く笑いながら答えた。
「見るたびに一人でおられるのですが、侍女も護衛騎士も職務怠慢では?王城内も安全では無いようですし」
先ほどの男のこともあり、そう苦言を呈せば、ヘンリーと名前を呼ばれ、
「妹のそれはわざとだし、さっきの男は影だ」
気にするな、と続けられた。
「影、ですか」
初めて聞いた言葉を一度口の中で転がしてみる。
この王城のなかには、まだ自分の知らないことがたくさんありそうだ。
「......それより東の隣国アステリアから、あちらの王太子と妹の婚約の話が出ていると聞いたのですが本当ですか?」
自分がここに来た理由をテオドアにぶつければ、一瞬怪訝そうに眉を寄せる。
「誰から聞いた」
「古だぬ......いえ、宰相閣下です」
ひとつ咳払いして言い直した。
「隠せてないぞ」
堪えきれずテオドアが小さく笑いを零す。
「どうなんですか?」
「公式には出てない、な」
随分と曖昧な返事だ。
そう思い無意識に眉根を寄せる。
「そう怖い顔をするな、それにアステリアには王女もいたはずだ」
現在、国交断絶状態であるアステリアの情報はなかなかこちらには伝わって来ない。
それでも、確かにあちらには姉弟がいたはずである。
「あいにく俺の婚約者の席も13年前からずっと空白だからな、お前もよく知ってるだろう?」
どこか面白がるように、芝居がかった口調で話は続けられる。
「それよりもさっき影から面白い報告を受けてな、先日の森半焼事件についてだ」
「あの異常個体についてですね」
つい先日、ギルドから報告を受け王城からも調査隊が派遣された。
調査隊の報告によれば、森は半分ほど焼かれており、数キロ森の端側では戦闘の痕跡も見つかった。
「リヴィア・ローウェル」
そんなことを考えていれば、突然出された聞き覚えのありすぎる名前に反射でぴくりと体が反応してしまう。
「半年前に突然冒険者ギルドに現れた、ハネトビリスみたいに小柄で」
そこで一旦言葉を切ったテオドアが俺の顔を見る。
「麦藁色の髪に、緑の目」
俺の一つに結んだ髪に目を向け、次は真っ直ぐ目を見つめる。
「なぁ、誰かに似てないか?」
「......さぁ?存じ上げませんね」
頭の中を愛らしい姿をしたハネトビリスが跳ね回る。
やめろ、今は邪魔をするんじゃない。
「そうか、じゃあ、辺境伯領で巨大防御壁を守っているはずの、お前の妹は元気か?」
王太子の問いに、今度こそ言葉を詰まらせた。
「この少女が今回の事件の重要参考人らしい」
「事情聴取はお前に任せるよ」
「......ありがとうございます」
「次までに言い訳くらい考えておけ、聞いてやるから」
「それと、ハネトビリスを無理に森に帰すなよ?」
なかなか面白いことが起きそうだからな、と何かを企んだように笑うテオドア。
執務室を出て、廊下で一つ大きなため息をつく。
北の脅威
魔術師たちの視線
異常個体
隣国からの婚約
王太子
俺が知らないところで、妹を取り巻く状況だけが変わっていく。
一体いくつのものから俺は妹を守ればいいんだ...?
思わず壁にもたれ、頭を抱えた。




