結界姫と王太子の確執のはじまり
王城の大広間。
華やかなドレスに身を包んだ淑女に礼服を身に纏った紳士が溢れかえる。
テーブルには片手でつまめる簡単な軽食にデザートが置かれ、会場の華やかさに一役買っている。
私、オリヴィア・クローデルも今夜の主役の一人だ。
デビュタントだけの特権である真っ白なドレスに身を包み、化粧をして髪を結って普段の数倍綺麗にしてもらった。
「緊張するぅ、ずっとあそこのデザート食べてたいよお」
慣れないヒールと緊張のためがくがくと震える足でなんとか立ちながら、エスコート役の兄さまの腕にぶら下がるようにしがみつく。
「安心しろ、ファーストダンス、お相手の王太子に夢中で誰もお前なんて見てないよ」
兄さまの冗談めいた言葉も上手く脳内に届かない。
「ほら、侯爵令嬢が踊り終わった、次はお前の番だ」
「に、兄さま......失敗したらどうしよう」
「あんなに練習しただろ?ほら、ちゃんと胸張って行ってこい!オリヴィア・クローデル」
兄にバシンと背中を叩かれながら会場の真ん中へ押し出される。
ダンスフロアの中心、目の前にはかっちりとした正装に身を包んだ銀の髪の少年とも青年ともとれる年齢の男の人。
この国の王太子、テオドア・グラディオン。
「成人おめでとう」
彼は王太子らしくにこりと笑う。
音楽が再開され、それを合図にそっと手を差し出される。
私は、練習通り小さく震える手でその手を取るとダンスがはじまった。
踊りながらまるで内緒話のように耳元で男は言う。
「今日は僕の手を取ってくれるんだね」
その瞬間11年前の記憶が脳内に蘇った。
ーー11年前。
あの巨大防御壁事件の後、私は王城に呼び出された。
入城に当たっての手続きをしているママを暇を持てあましながら待っていれば、ふと見た城壁におうちにいる術式ちゃんに似た術式ちゃんたちを見つけた。
嬉しくなった私はそっと術式ちゃんたちに近付いて、城壁の前にしゃがみ込みにっこりご挨拶する。
「こんにちは、みんなおげんき?」
「わあーびっくりしたー」
「はなしかけられたー」
「はじめてー」
「きみはだれー?」
術式ちゃんたちが思い思いに話しかけてくる。
「わたしりび!お話しましょ?」
「きのうびよーんってのばされたー」
「つぶされたやつもいるー」
「ぐるぐるずっとまわされたー」
「はんぶんにきられたやつもいるんだー」
「くろいやつらにやられるー」
「けんきゅーだってー」
「じっけんー」
術式ちゃんたちの話を聞きながら、段々と血の気が引いていく。
「みんな、いたいいたいなの?」
「ちょっとねー」
「でももうなれたー」
「なれたー」
「リヴィ、行くわよー」
手続きが終わったのかママが自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
術式ちゃんたちに、じゃあまたね、と手を振りながら慌ててママのもとに駆け寄った。
案内されたのは高級な家具に囲まれた王城内の一室。
私はママと一緒に、側近を連れたテオドアさまの前にいた。
はじめて見る王太子は本当に王子様みたいにキラキラして立っていた。
「はじめまして、小さなお嬢さん。僕はテオドア・グラディオンだよ」
テオドア様は少し屈んで私と同じ目線になる。
「君のお名前は?」
「はじめまして、おうたいしさま。オリヴィア・クローデルです」
ママとここ数日ずっと練習していたカテーシーをふらふらになりながらも披露した。
「オリヴィア、うん、良い名前だね、僕のことはテオって呼んで?オリヴィアは家族になんて呼ばれてるの?」
「......りび」
ちらちらと目の前の王太子の顔を見ながら答える。
「僕もリヴィって呼んでもいい?よろしくね」
にっこり笑いながら差し伸べられた手。
にっこり笑みを浮かべてこちらに手を差し伸べているんだけど、目だけは観察するように私をじぃっと見ている。
怖い。
......もしかしてこの人が術式ちゃんたちが言ってた黒い人?
そう思いついた瞬間、勢い良くママの後ろに隠れドレスで顔を覆う。
「やっ!!!もう帰るー!!!」
「リヴィ?」
ママの困った声が聞こえる。
でもそんなの知らない!
熱くなった目頭に涙が溜まる。
「嫌なの!あっちいけなのー!!!」
スカートの裾からちらりと様子を窺えば、固まっているテオドア様の姿。
テオドア様は、数秒固まったあと何故かさらに笑顔を深めた。
嫌!怖い!!
そんなテオドア様を視界に入れないようにぎゅっと目を瞑る。
部屋の中にいた大人たちが騒ぐ中、私の泣き声が響いた。
そんな騒動の後、王都のタウンハウスに帰宅してもママにひっつきながら必死に訴える。
「リィ、あの子いやぁ」
「リヴィ?どうしたの?」
「やなのぉ」
「あら、リヴィの大好きな絵本に出てくる王子様よ?」
「ちがーう!だって…...にこにこなのに、おめめにこにこじゃないもん!」
上手く言葉が出てこなくて思わず地団駄を踏む。
「そうねぇ、実際年齢よりも大人びた方だったわねぇ」
そうのんびりと言うママに焦れる。
「それにリィのこと見てるのに見てないみたいだったもん、やだあ」
「リィはリィのこと見て!だもん!」
「でも何回かお会いしたら変わるんじゃない?」
ママのその発言に首が取れそうなほど横に振った。
「ママは?ママはパパに最初いやいやした?」
「ママ?ママは最初からパパだあいすきよ、だってパパの目には最初からママしか映ってなかったからね」
ふふふ、と当時を思い出したのか微笑むママ。
そんなママの答えを聞いて私はほっぺを膨らませる。
「んーーーー!!リィも!!!!リィもなの!!」
「あらあら」
「もうっ!!リィ、にぃさまと結婚する!!!」
「にぃさま、ちゃんとリィのこと好きぃしてくれるもん!このあいだだって、リィの嫌いなのないないしてくれてデザートくれたのぉ」
言いながらその時の夕食のデザートの味を思い出してうっとりする。
ぷるぷるのプリン、美味しかったなぁ。
「リヴィ?」
低くなった母親の声にびくっとして小さな両手で自分の口を押さえた。
これ、ママには内緒だよってにぃさまと約束したんだった!
先ほどとは違い、今度は違う違うという意味で首をぶるぶると振る。
「まったく、取り敢えずこのお話はお断りするしかなさそうね」
ママがこめかみをおさえながら言った言葉に私はほっとひと安心した。
そして現在。
黒歴史とも言える5歳児の自分のやらかしを全て思い出した。
「でもあれは術式ちゃんたちが脅かすからっ」
つい口をついて出てきた言葉に、テオドアさまは首を傾げる。
うーん、と一瞬考えた後、意地の悪い笑顔を浮かべながら、
「オリヴィア嬢、知ってるかい?」
舞踏会、デビュタント、ファーストダンスの最中。
ぐるっとターンをしたタイミングでテオドアさまが私の耳元で囁くように言う。
「いまだに君と僕を婚約させようとする人もいるんだよ、君も僕も一向に婚約者が決まらないから」
私を優雅にリードしながらテオドアさまは続ける。
「でも、残念。僕はさ」
ダンスの最後の足運びが終わる。
「もっと中身も外見も大人な女性が好みなんだ、ごめんね?」
にっこりと意地悪く笑いレースの手袋越しにそっと口付けた。
一瞬言われた意味がわからなくて固まっていると
「じゃあ、今夜は楽しんでね」
王太子として完璧な笑みを浮かべたテオドアさまは私の手を離し、次のデビュタントの子のところに歩き始めた。
「はぁぁあぁ??」
なんなの??
子どもっぽいって言いたいわけ?!
もう知らない!
社交界なんてやってられるか!
婚約とか夜会とか腹の探り合いとかぜーんぶどうでもいいや!
推しは私を裏切らない。
前世を思い出してからずっと考えていた『ルカを愛でたい大作戦』を決行することを、この日私は固く誓った。




