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ファイヤーベア、再来



 空気が重く揺れ、それに反応するように地鳴りが響きだす。



「りび!」

「なんかへん!」

「なんかちがう!」

「にげて!」



 肩に乗っていた術式ちゃんたちがそう騒ぎはじめた。


 比例するように濃くなる匂い。

 地面から伝わる振動。


 その全てが段々と近づいてくる異変の気配を私たちに教えていた。




 嫌な予感が背筋を駆け上がる。


 こんな風に術式ちゃんたちが怯えるのを、私はあまり知らない。




 瞬間、目の前の大木が凄まじい威力で薙ぎ倒され宙に舞った。




「な、なんだよあれ……」


 トーマくんの声が震えている。




 木々の合間から姿を見せたのは、青黒い炎に身を包んだファイヤーベアだった。



 思わず息を飲む。


 片目は不自然に潰れ、口からは涎が垂れ流しになっている。


 前に戦った個体より大きい。


 炎の色も、勢いも違う。


 何より、同じ魔物だと思えなかった。




「みんなこっち!」




 動けないでいる三人の背中を押しながら、近くにあった大きな岩の後ろに回り込む。



 術式ちゃんを全員呼び出し岩を取り囲むように防音効果付きの防御結界を張った。




 ファイヤーベアは何かを探すように鼻を鳴らし、辺りを見回していた。




 リリーちゃんは私にしがみついている。


 トーマくんとノアくんの震える背中を宥めながら、私は一度だけ目を閉じた。



 怖い。



 けれど今私が優先すべきことは?


 守らなきゃいけないものは何。




「トーマくん、ノアくん、リリーちゃん」




 私は覚悟を決めて目の前で背中を震わせている三人の名前を呼んだ。



「今、まだあのファイヤーベアは私たちの居場所には気づいてない」



 だから安心な訳じゃない。


 正直それも時間の問題。




「だから今、私たちがすべきことは戦闘じゃなくて、気づかれないようにこの場を離れること」



 見つかった瞬間、状況は詰む。


 三人を守りながら、この個体と戦う方法なんて思いつかなかった。




 そこで、なにかに気づいたようにノアくんが、ファイヤーベアが来た方向とは逆を指差した。



「このままだとあのファイヤーベアが向かう先は王都じゃないでしょうか」




 振り返り、示された方を見る。


 そうだ、ここは王都にも程近い場所。


 このまま進めば一時間もかからず王都についてしまう。




 私は首を横に振った。




「それでも、だよ」



 三人が驚いたように振り返り私を見た。




「私が今、一番優先しなきゃいけないのは王都の安全じゃない、君たちの安全なの」




「そんなのおかしいだろ!リヴィアさんは冒険者なんだろ?A級なんだろ?だったら戦えよ!王都を守れよ!」



 わかってる。


 そんなのトーマくんに言われなくてもわかってるよ。



 でも王都には騎士団がいる。


 魔術師もいる。


 冒険者だっている。




「私が今、守らなきゃいけないのは君たち三人の命だよ」




 それを守れるのは、今この場には私しかいない。




「うるさい!!!王都には母さんがいるんだ!父さんもいる!生まれたばっかりの弟だっているんだ!」


「何がA級だ!ただ怖いだけだろ!?逃げてるだけだろ!?」


「お前が行かないなら俺が行く!俺があいつを倒す!」




 トーマくんが結界を飛び出し、ファイヤーベアへ向かって駆け出した。




「トーマくん!」



 ファイヤーベアが飛び出したトーマくんを視界に捉えた。



「俺はお前みたいに逃げたりなんかしない!俺がみんなを守るんだ!!」





「ハイドロブラスト!!!」




 掛け声と共にトーマくんの指が迷いなく空中に術式を描いた。


 その術式に淡く光が灯る。



 あぁ、この子はどれだけ一人で隠れて練習してたんだろう。




 私は、ぱちりと一つ瞬きをしてトーマくんを"見た"。



 ぽこん、と五匹の術式ちゃんが生まれた。


 どの子もトーマくんによく似て、今にも飛び出しそうなくらい元気いっぱいだ。



「てきたおす!」

「やってやる!」

「おれがまもる!」



 トーマの術式ちゃんたちは消防ホースを構え、ファイヤーベアに向かって放水した。




「うてー!」

「くらえー!」




 私もあれくらい攻撃できたら、三人を守りながら戦えたのかな。




 放物線を描きながら、水はファイヤーベアに直撃。


 辺りが水蒸気で覆われた。



「やった!当たった!!!」



 トーマくんが喜びの声を上げる。


 私も息をつく。


 うまく行った。


 ――そう思った。




 風で段々と視界がはれはじめ、立ったまま固まるファイヤーベア。




 グルルル……と微かに唸っている。



 その身を包んでいた青黒い炎が、一瞬だけ揺らぐ。





 だけど次の瞬間。





「ギャアアアアアア!!!」



 ものすごい大きさの咆哮とともにこれまでの比ではないほどの青黒い炎が生まれた。


 ファイヤーベアの足元の草が燃え上がり、その炎は瞬く間に木々へと燃え移った。



 片目だけになったその瞳が、ゆっくりとトーマくんへ向く。




 トーマくんを確認したファイヤーベアは頬を膨らませ、ボール大の火球を吐き出した。




「だめ!トーマくん、逃げて!!!」



 足がすくんでしまったのかトーマくんは固まってしまっている。


 だめだ、今から駆け出したとしても間に合わない。


 それにノアくんもリリーちゃんもいる。



「術式ちゃん!お願い!!」



 私たちのもとには数匹だけ残し、残りの術式ちゃんたちがトーマくんへ飛んだ。



「とーま!」

「まもる!」

「いそげ!」



 術式ちゃんたちはトーマくんのもとに飛ぶと、足払いして転ばせた。



「うわっ!?」



 トーマくんの頭上を火球が通り過ぎる。


 炎が通った跡だけ、森がごっそり消えていた。




「トーマくん、こっち!!!」




 私の声に反応したトーマくんはこちらに走り寄ってくる。


 その後ろで、ファイヤーベアが大きく空気を取り込んでいた。



 嫌な予感がする。



「術式ちゃん!集まって扇......扇じゃきっと無理だ、耐えられない」




 どうしよう、どうしたら、




 全方位守れそうなイメージのなにか......



 トーマくんがこちらに手を伸ばす。


 その手をしっかりと掴みながら、私は叫んだ。




「術式ちゃん!ピラミッド!!!」




 術式ちゃんたちが私の声にこたえるように集まると、互いによじ登るように積み上がった。



「ぴらみっどー!」

「つむ!」

「のる!」

「いそげー!」



 間に合え、間に合え


 間に合え!!!




 ピラミッドを形成している術式ちゃんの後ろ。


 肺いっぱいに空気を取り込み、ひとまわり大きくなったファイヤーベアがこちらへ炎の息を吐き出した。




 視界が、世界が、青黒く染まった。




 それは一瞬のことで。



 恐る恐る目を開ける。


 視界の端にトーマくんの姿。


 慌てて後ろを振り返ればノアくんとリリーちゃんの姿。



 良かった、みんな無事だ。



 力を使い過ぎたのか、ぐらりと視界が霞む。


 ゆっくりと顔を上げる。


 ファイヤーベアの炎の息が通った先には、術式ちゃんたちが組んだピラミッド結界だけが残っていた。


 その周囲には、木々も草花もない。


 黒く焼けた大地だけが静かに広がっていた。



「りびー...」

「とーまたち...」

「まもれたー...?」

「ぶじー...?」




 今にも消えそうな術式ちゃんたちの声。


 振り向けば、さっきまで組まれていたピラミッドが今はぺしゃりと潰れ術式ちゃんたちが倒れこんでいる。



「みんな?!大丈夫??!」


「りびー...」

「つかれたー...」

「もうだめー...」

「ねむたーい...」




 倒れこむ術式ちゃんたちの向こう。


 ファイヤーベアがゆっくりとこちらへ向き直った。



「……っ」



 もうもたない。


 そう思った次の瞬間。



「見つけた」



 聞きなれた声が聞こえた気がした。



 私の横を黒い影が通り過ぎ、ファイヤーベアの懐へと潜り込む。



 一閃。


 それだけだった。



 ファイヤーベアの動きが一瞬止まり、それからはまるでスローモーションのように首がずれた。



 糸の切れた操り人形のように巨大な体がどさり、と大地を揺らして倒れた。





「……え?」


 トーマくんが呆然と声を漏らした。




 立っていたのは、黒い外套を羽織った一人の男。



 その男、ギルバートさんは血の付いた剣を静かに払うと、何事もなかったかのように鞘へ納める。




 ギルバートさんは戦闘の終了を告げるように深く息を吐いた。




「ギルバートさん……」




 そこでやっと、ギルバートさんは私たちの存在に気がついたのか目が合う。




「なんでここにいるんだ?」




 心底不思議そうに呟き、こちらに来ようと足を踏み出した。



 瞬間、足元へぽたり、と何かが落ちた。





 ぐらり、と身体が傾く。


 続くようにギルバートさんの膝が地面へ落ちた。




「え......?」




 よく見れば、黒い外套の脇腹は大きく裂け、止まりきらなかった血が地面へ広がっていく。



「ギルバートさん!!!」



 私の声があたりに響いた。


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