6 服飾室
ケーキを食べ終わった私とミラは、適当に研究所の中を散歩していた。私が立ち上がると当然とばかりにシズクも立ち上がったのだが、ケーキ食べないんですかと言ったらしおしおと元の席に戻っていった。
ここ――アインザーム魔法魔術研究所に来てから今日で1週間だが、この研究所はとにかく広い。
それなりに色んな部屋を巡ったつもりだが、まだ1割も見れていないんじゃないかと思う。
研究所の中心に位置する昇降機に乗り込み、階層を示すボタンを見る。1階から11階までの各階と、地下1階、地下2階のボタンがある。これまで3階以上の階に行ったことがなかったので、とりあえず3階を押す。
昇降機がわずかに揺れながら、身体にかかる重力が少し増えた。所長曰く、他に類を見ないレベルの乗り心地と魔力効率らしい。魔力とは魔術や魔道具の動力源となるエネルギーで、自然界に存在する魔素から加工したり、生物の体内から抽出したりすることで得られる。人間も魔力を持っているが、その総量や純度は個人ごとに異なるそうだ。
揺れと重力が収まり扉が左右に開く。
目の前には他の階と同じく、黒と紫を基調とした廊下が伸びていた。点々と配置されたランタンがぼんやりと行き先を照らす。どこか高貴で厳かな雰囲気のある内装は、所長の趣味なのだろうか。
すれ違う研究員達の視線を感じながら当てもなく廊下を歩いていると、他と比べて豪華に装飾されている扉を見つけた。他の部屋の扉よりも大きく、隣の部屋との距離も遠い。つまりはここの部屋は他より広いということだろう。
隣で扉を見上げるミラを見る。今のミラは、私と同じく汎用の研究員用作業着――もとい、シンプルな黒いローブを着ていた。
近づいて室名札を見てみると「服飾室」と書かれている。その文字に、つい口角が上がる。ちらりとこちらを見たミラが、見てはいけないものを見たかのようにさっと視線を戻した。
服とは、ファッションとは、その人の魅力を引き出す最も根源的なアイテムである。
つまり……そういうことだ。
意気揚々と両手で扉を開け、中に入る。
「おぉ……」
『わぁ……素敵!』
視線をどこに移しても、見上げても、至る所に服、ドレス、衣装が並んでいた。単に研究員向けの作業着だけでなく、いかにも魔法使いっぽい格好の服からオリエンタルな衣装、1人では着れなさそうな豪奢なドレスまで、幅広く揃えられている。
「ふふふ……」
ここにいるだけで数十年は楽しめそうだ。ミラに似合う究極の服を見つけよう。
ちなみに私の服は、別にこの汎用作業着でいいと思っている。ミラが可愛くなればそれでいいのだ。
高速で視界を動かし、ミラに似合いそうな服をリストアップしながら進んでいくと、何やら立派な机で作業をしている女性と目が合った。
「あら? 初めて見る子ね」
女性は気品ある動作で優雅に立ち上がると、コツコツとヒールの音を鳴らしながら私の前に来る。
「私はアメリア。この研究所で服飾師をさせてもらっているわ」
ロングウェーブの茶髪を手で流しながら喋る姿は、いかにも大人の女性という感じだ。
「私はアヤです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。……思い返すと、この研究所に来て初めて頭を下げたかもしれない。まあそもそも、ほとんどの人と話したことがないんだけど。
「ああ、あなたが噂のアヤちゃんね。可愛らしい子じゃない。ここには色んな服があるでしょう? 私が全部デザインしているの」
「全部!?」
「ほしいのがあったら言ってちょうだいね。研究員なら勿論タダであげるわよ」
すごい人だ……この人について行けば、ミラに似合う究極の服を、私の手で作れるかもしれない。
「弟子にしてください」
「で……、え!? いや、アヤちゃんは、もうお仕事が決まっているでしょう?」
「え?」
「え?」
……そういえば、所長から「アヤちゃんにもそのうち働いてもらう予定だけど、まーとりあえず自由にしてていいよ」と言われていた。あれは既に私の仕事が決まっているという意味だったのか。
アメリアさんが私をあやすように優しく微笑んでくれる。
「弟子は難しいけど、お洋服のリクエストなら受け付けるわよ。何でも言ってね」
「何でも!?」
何でもいいって言われたし……ストレートに要望を伝えよう。
「美しく艶やかな金の髪を腰あたりまで伸ばしていて、ルビーのような深紅の瞳を持った、儚く幻想的で、でも確かにそこにいて、無限の可愛さを溢れさせている少女……に、似合う衣装をください」
「……え、えぇ、えっと……つまり、金髪で赤い目の子? そんな子いたかしら……?」
やばい……怪しまれている。
「………………仕事で必要です……たぶん」
「あぁ、そうなのね。なら、深くは聞かないわ」
「……ありがとうございます」
あっさり要求が通ってしまった。……私の仕事って何なんだろう。
「すぐ用意するわ。私のスタッフは優秀なの」
アメリアさんがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく数人の服飾室専属研究員が現れる。それぞれ別の衣装を持っていた。
「アヤちゃんが着るわけじゃなさそうだから、機能性よりデザイン性重視で選んだわ。身長は大体アヤちゃんと一緒を想定しているけれど、組み込んである魔術で勝手に微調整されるから心配いらないわよ」
「おぉ……おおお……えへ、えへへ……」
ミラがそれぞれの服を着ている姿を妄想していると、当の本人が何も知らないまま近づいてきた。何やら服を持っている。
『アヤ、このお洋服可愛くない? ふりふりがたくさんで、お花みたいに揺れるの――』
「ぐふぅっっ」
『アヤ!?』
「えっ!? だ、大丈夫!?」
ミラが両手で服を広げたまま、いじらしく見上げてきた姿が可愛すぎて、意識が朦朧とする。最後に力を振り絞ってミラから服を受け取り、アメリアさんに託す。
「これも……ください…………」




