5 徒然
あの日、家が燃えてから、色々なことがあった。
外に出た私と母は武装した教会関係者たちに取り囲まれ、攻撃された。
その数はおよそ20人。絶体絶命かと思われたが、意外にもその脅威はすぐに去った。
私に離れていてと告げた母。自己犠牲かと思われたその言葉は、ただただ文字通りの意味だった。母は単純にものすごく強くて、その数の差を覆し、敵を次々に薙ぎ倒していったのである。
魔術を組んで生成した巨大な光るハンマーを振り回し、振り下ろし、敵の悲鳴と断末魔だけが響く光景は、もはや爽快ですらあった。
しかしそれで事件は収束しなかった。
敵の中で1番偉いだろう、豪華な格好をした小太りの男が、にやりと笑って私に告げる。
「その女はお前の母親ではない。もちろんお前が父親だと思っている男もなぁ」
「……! そ、それ……は!」
母が何か声を上げようとして、すぐに言葉を詰まらせる。
告げられた意味を理解できず呆然とする私に、男は口角を上げながら続けた。
「むしろ、お前を育ててきた2人は、お前の真の両親の仇、なのだよ! ハハハハハッ!!」
「あ……ああ…………そ、それでも、それでも、私は、私たちは…………」
ついには笑いを堪えきれず吹き出す男。泣き崩れる母。
………………私はその光景を見て、なんだか、もう、どうでもよくなってしまった。
「ミラ……武器をちょうだい」
『え……』
「お願い」
『わ、分かったわ』
ミラから、夢の中で振っていた刀――リコリスラディアータを受け取る。ついでに指輪も受け取り、右手中指に嵌めておく。
「ハハハ……あ? なんだ、魔女。来るな……お前が殺すべきは、そこにいる女だ。断罪の刻は゛ァッ」
リコリスラディアータを男の喉笛めがけて振り抜き、首を切断する。空中に飛んだ頭が落下してきたので、指輪の力で一瞬のバリアを張り、弾き飛ばす。
「ああ……アヤ、ちゃん……ごめ、ごめん、なさい……ごめんなさい……」
母の方を見ると、泣き叫びながら土下座をしていた。
その対象は多分私なのだが、別に、謝ってほしい感情はなかった。
だから、ただ他人事のように、それを見ていた。
それは何秒、何分、あるいは何十分、続いたのだろうか。
『アヤ……』
ミラが気まずそうにオロオロしていた。申し訳ないと思いつつも、どうにも、何もする気になれなかった。
そうしてできた最悪の時間は、1人の、空気の読めない乱入者によって終わりを告げた。
突然地面に魔法陣が浮かび上がり、眩い光が収集され、人間の形を浮かび上がらせる。
光が収まるとそこには、赤髪の、胡散臭い黒ローブをまとった女性が立っていた。ウェーブがかった長髪は腰あたりまで伸びていて、その上のいかにも魔法使いらしい濃紫のとんがり帽子が、胡散臭さを助長している。
その人物は、見た目に違わない軽薄な口調で、場にそぐわない自己紹介を始めた。
「やあやあ! ボクの名前はリリア・シスタス! アインザーム魔法魔術研究所で1番賢くて、1番何でも知っていて、1番強いのがボクさ! だから安心するといい!」
「………………何が?」
「アヤちゃんの輝かしい未来をこのボクが約束しよう、ということだよ!」
リリアと名乗る女性は高らかにそう言うと、私の左手を取る。
足元にさっきと似た魔法陣が浮かび上がった。
「転移」
そのまま魔術が発動し、視界が真っ白に染まっていく。
「え……あ、ミラ……!」
『アヤ! ついていくわ!!』
ミラの勇ましい声が聞こえて少し安心すると同時に、そういえば目の前が真っ白になって転移するの2度目だなとか、どうでもいいことを思いながら、その光に身を任せた。
……そして私は今、アインザーム魔法魔術研究所の食堂で、期間限定のココアショコラチョコレートケーキを食べていた。
「もぐもぐ…………おいしい。はい、あーん」
『んぐ……もぐもぐ……わたしもこの味好きよ。チョコレートが好きなの。……はい、あーん』
「んぐぐ……もぐもぐ……。…………んへへ……」
ミラと一緒にケーキを食べさせ合っている。至福の時間だ。
偉そうな男の衝撃的な説明を聞いた後、私は思った。そう、私にはミラだけがいればいいのである。他の細かいことは……色々と面倒だ。何が正しいとか、何を信じるとか、そういう難しい話が、きっと入り組んでいる。だから、私はミラだけが正しいと信じる。シンプルで明快で、疑いの余地もない。これが絶対に唯一、正解の道だ。だって……ミラは可愛いのだから。
「…………えっと……その…………あ、アヤッ」
「えへへへ…………はい、あーん」
『ちょ、ちょっと。呼ばれてるわよ』
「え?」
ミラが視線を動かした方向を見ると、そこには見知らぬ少女が座っていた。さらりとした白いショートヘアの中から、くりくりとした大きい青い瞳がこちらを遠慮がちに見上げている。
その少女は、東洋の島国に潜むと言われる伝説の職業の格好をしていた。それは――
「に……ニンジャ?」
「私はシノビ……そんなことより、その……アヤの前に、誰かいる……の?」
「え、あ、はい……います……えっと、あなたは……初めまして?」
「初めっ……!?」
よく分からないがとりあえず初対面なので挨拶をしたら、急に目を見開いて驚かれてしまった。というか、少女の前のチョコレートケーキは全く手付かずのまま、若干溶けかかっている。少女の顔半分は黒いマスクで覆われていて、食べるそぶりが全くない。
「私……アヤが来てから毎日……ここで隣に座ってた……」
『た、確かに……いつも隣に座っているとは、思っていたけれど』
え……いや、知らなかった。怖。
「まあ、私、影が薄いから……シノビだし」
俯いてぼそぼそと話す少女。そもそも話しかけられたのは今が初めてであり、挨拶も、もちろん自己紹介もしたことがない。半分ストーカーである。
「……」
「……」
『……えっと、向こうはアヤの名前を知ってるみたいだし……まずは名前を聞いてみるのはどうかしら』
「! 流石ミラ」
ストーカー相手には、下手に刺激しない会話選びが重要だ。無難な話題から攻めるのがいいのだろう。
「……えっと……名前、聞いてもいいですか」
「!!!」
「!?」
私が話しかけた瞬間、隣に座っていた少女がガタンと立ち上がり、両手に武器――クナイと短刀を構え、器用にくるくると回し始める。
……なんで急に武器を持ったのだろう。一応右手の指輪を確認し、いつでも防御できる準備をする。
「私はシズク。アルプトラウム第10席。極東の国ヤマト――いわゆる土の国が出身。アヤは師匠と同じ黒髪、目の色も同じ。だから、仲良くなれる。任務は諜報が得意だけど、戦闘もできる。教えてほしいことがあったら何でも言って。喋るのは…………苦手」
一息に言うと、急速に萎れていき、そのまま元の席に座る。そして縮こまり、動かなくなった。
「……」
沈黙が続くのでもぐもぐとケーキを食べ進める。
『えっと……シズク、よろしくね……って、聞こえないわよね』
ミラの姿と声は、私にしか見えないし聞こえない。
私はミラが伝えたかったことをスピーカーのように繰り返す。
「シズク、よろしく」
「!! よろしく!」
一瞬で武器を仕舞って握手を求めてきたのでシズクの手を握る。手のひらはすごく熱かった。




