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2 夢路

 生温い風の吹く音がした。


「……?」


 ゆっくりと目を開ける。さっきまで寝ていたはずだが、今はどこかに立っていた。知らない場所だ。血よりも更に赤黒い空の下で、黒くねじれた木々と、不自然な黒い靄が景色を遮っている。


「ここは……」


 どこが道なのかも分からない。

 足元をよく見ると周りの木の根が複雑に絡み合っており、ドクドクと脈打っている。ところどころ傷ついた表面から、赤い液体が滴っている。


「……」


 ここが家ではないことは確かだ。そして安全な場所とも思えない。家の周りは危険とは聞いていたが、窓から見えていた景色とあまりに違いすぎる。きっと家の近くではないだろう。


 私は家から出たことは無かったが、世界に多種多様な地域があることは知っている。


 観光系の本には様々な珍しい地域が書かれていた。壁や地面のほとんどが宝石で覆われた国、エルフが住み精霊が戯れる森、魔族が支配し常に夜のまま明けない街など……。


「まあ、ここが観光地とは思えないけど」


 ずっと立ち止まっていてもしょうがない。あてもなく歩き始めると、どこからか微かに音が聞こえてきた。

 

 ずるずると足を引き摺っているような音。次第にその音は大きくなり、ぐちゃりという粘性の異音も聞こえ始めた。

 

 何となくこちらに寄って来ている気配がする。


 その場で待っていると、目の前の暗闇から音の主が現れた。


 それは腕が3本、脚が4本あり、顔のような出っ張りが2つある。2人の人間を無理矢理1つに収めたような、歪な姿だった。全身に触手のようなものを纏っており、覚束ない足取りで近づいてくる。後ろに何かを背負っている。


「……ア……ァ…………」


 何と言っているのか分からない。

 手をこちらに伸ばしてくる。指と触手が融合しており、輪郭がはっきりしない。


 ……いや、反応に困る。差し出された手はどういう意味なのだろう。

 でもなんか待たせるのも気まずいし、一か八か賭けてみるか。

 

「……こ、こんにちは……こんばんは……?」


 挨拶する時に握手をする地域もあると読んだことがある。正解であってくれと思いながらおずおずと手を出すと、優しく手のひらを上にされる。

 そして、1つの小さな指輪を渡された。


 顔を上げると、相手の表情が歪んだように見えた。そのままそれは力を失ったようにその場に倒れ込む。


「え、ちょっと……大丈夫ですか?」


 思わず助け起こそうとすると、その姿は黒い靄となって霧散した。そしてその場には、それが背負っていたものだけが残る。


「……なんかもらったけど……」


 とりあえずもらった指輪を右手の中指に着けてみた。不思議とサイズはぴったりだった。

 軽く手をかざして指輪を見てみる。宝石などは付いておらず、一見ただの銀の輪だった。しかし、銀にしては輝きが暗く、光を取り込んで闇に葬るような色合いをしている。


 軽く右手に力を入れてみる。すると、その指輪が微かに光った気がした。……しかし、それ以上のことは分からない。これが魔道具と呼ばれるものなら何か特別な効果があるはずだが、鑑定する方法を知らない。


 一旦考えるのを止めて視線を戻し、先ほど出会った存在が残したもう1つの物体を見る。


 それは私の背丈と同程度の長さの、整然として暴力的な武器だった。

 東洋の人間が使うとされる刀に似ているが、全てが漆黒に包まれており、暗澹たる青光が血管のように複雑に巡っている。


 これは……指輪のように渡されたわけではないのだが、持っていっていいものだろうか。


「……まあ、置いたままにするのも、もったいないよね……」


 誰かに言い訳するようにそう言ってから、持ち手にそっと触れてみた。



 

 ――どくん、と。

 


 それは静かに脈動した。


 右手でそれを持ち上げてみると、当然のように手に馴染んだ。ああ、持っていっても良さそうだな、と思った。


「……えい、えい。……あっ」


 適当に振ってみたら近くの木に当たってしまった。すると、特に力を込めていないのにそれはするすると進んでいき、木はあっさりと上下に分断された。


「おおー……お?」


 予想外の切れ味に感嘆していると、その木がぐらぐらと揺れ、こちら側に倒れてきた。


「え……あ、危な!」

 

 咄嗟に右手を上げ、ぶつかる瞬間、何とかなれと思いながら指輪に力を込めてみた。すると、まるで見えない壁が存在するかのように、木は私の肌の寸前で弾かれ、隣に落下した。


「なるほど……」

 

 思いがけずこの指輪の力が判明した。身を守るために使えるようだ。

 それにこの刀も凄い切れ味だ。これも魔道具なのだろうか。丁度振りやすい重さで、思った通りに軌道を描ける。


 刀身を眺めてみると、持ち手近くの棟に小さく文字が刻まれていることに気づいた。

 Lycoris(リコリス) radiata(ラディアータ)。それは初めて見る文字だったが、自然と読むことができた。


「リコリスラディアータ……名前? かな」


 刀に名前って彫るものなのだろうか。そして刀の名前にしては東洋っぽさがない。よく分からないが、この刀はリコリスラディアータだ。多分。



「ふんふんふーん」


 手すさびにリコリスラディアータを振り回しながら、あてもなく歩く。

 冒険しているみたいで、なんだか気分が良くなってきた。


「……なんか、外も結構楽しいな」


 しばらくそうしていると、遥か遠くに建物らしき影が見えた。まだ辿り着くには結構な距離があるが、なんだかとても、そこに行きたい気がした。

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