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3 邂逅

 遠くに見える建物に向かって歩いていると、どこからか人の声のようなものが聞こえてきた。


「……ん?」

 

 それは酷く反響していて、なんと言っているのか、何人いるのか、そしてどこから聞こえるのか、何も分からない。


 無理やり形容するならきっと、それは怨嗟の声だった。

 


 気付けば周囲に黒く半透明で人型の何かが集まっていた。


「えっと……ひと?」

 

 奇怪な音で呟くそれらが、じりじりと距離を詰めてくる。


 そしてついに、その中の1体が飛びかかってきた。


「!」

 

 咄嗟に指輪の力を発動させ、飛びつきを弾く。弾かれて地面に転がったその人型にリコリスラディアータを振り下ろし、人間なら心臓がある部分を突き刺した。ほとんど感触は無かったが――


「……動かなくなった。倒せるんだ」

 

 この人型の正体は分からないが、少なくとも倒せることが分かって少し安堵する。


 しかし戦いが終わったわけではない。最初の1体の飛びつきに続くように、今度は2体の人型が突っ込んできた。


 1体目の1撃を指輪の力で防いだ後、続いて突っ込んできた2撃目も防ぐために指輪に力を込め続ける。しかし防御は発動せず、足を掴まれた。


「うわっ」


 どうやら、指輪による防御は力を込めたその一瞬しか発動しないようだ。


「離れろ……気持ち悪いな」

 

 足を引っ張る何者かにリコリスラディアータを振り下ろし、腕部分を切り落とす。まだ動いているようだったので頭も落とす。握力が弱って地面に落ちた腕を蹴り飛ばし、次に備える。


 その後も飛びつかれたら指輪の力で弾きつつ、隙を見てリコリスラディアータで攻撃するということを繰り返す。

 5分、あるいは10分はそうしていただろうか。次第に慣れてきて、リコリスラディアータで斬りながら指輪の力で守るという戦い方ができるようになっていた。指輪の力は一瞬しか働かないが、連続で力を込めればその都度効果は発動する。それならば、相手の攻撃が当たる瞬間を全て見切ってその度に力を込めれば良い。その間に攻撃の手を緩める必要も無い。


 無尽蔵に群がる人型を斬り捨てながら建物に向かって進んでいく。

 淡々とそうしていると、建物の輪郭が徐々にはっきりとしてくる。そしてそれが大きな館であることが分かった頃、突然人型たちの攻撃の手が止んだ。

 ……急に諦めたのだろうか? それはそれで違和感を覚え、立ち止まる。まだまだ館は遠い。


 すると、館に続く一本の道が舗装されるように、その道の上にいる人型たちが急激に弱っていく。

 それはただ地面につくばうだけではなく、体積まで縮んでいく。萎れていく。そのまま塵となって消滅する。


 そうしてできた道は、何となく誰かの作為を感じる。進むべきか悩んでいると、幼い少年のような声が聞こえた。


「こんなものに構っている場合ではないよ。君はずっと待っていただろう。彼女も同じだ」

「……え……だ、誰?」


 この少年の声も、彼女と呼ばれる存在も、全く心当たりがなかった。

 ……信じていいのだろうか。誰かも分からない、姿も見えない存在からは、じっとこちらを見下ろしているような気配を感じる。それは友好的というよりは監視に近い感覚だった。


 周りの人型の密度は刻々と上がっていく。ゆっくり考えている暇はなかった。


「一か八か……いや、他に選択肢も無いけど。こういうときは確か……『ええい、ままよ』だったっけ」


 いつか読んだ本の台詞を口遊み、新しくできたその道の上を走り出した。


 道を駆けている間は人型を倒し続けるよりかなり進行速度が上がったが、それでも完全に安全というわけではなかった。

 周りの木の根や足場が不規則に捩れ、崩れ、隆起する。反射的に足場を飛び越え、伸びてくる枝を指輪の力で弾き、突然立ち塞がる材質不明の壁をリコリスラディアータで断ち切る。後ろからは相変わらず人型の山が迫ってくる。

 


 そうして数分走り続け、館の前に辿り着いた。館の造りは立派なようだが、近くで見ると壁や屋根が一部欠けていたりひび割れていたりするのが見える。


 しかし長々と周りを見ている時間は無い。素早く扉を引いて中に入り、かんぬきで開かないようにした。外から扉をドンドンと叩く音がしたが、少しするとそれはあっさり止んだ。


 3階建のその館は静まり返っていた。外見に反して中は綺麗で、床の赤いカーペットや天井のシャンデリアに汚れや傷は見られない。高そうな壺や古めかしい絵画が飾られている。


 ふと、上の方の扉が開く音がした。音のした方を向くが、誰もいない。


「アヤ!」

「わっ」


 急に正面から声がして私は目を見開いた。

 前を見るとそこには、一切の穢れなく美しい金の髪を伸ばした少女がいた。紅を基調としてふわりとしたガーリーファッションに身を包んでいる。瞳は透き通った緋色で、邪気がない。その少女は心の底から安堵した声音で言葉を紡ぐ。


「良かった、無事で……。アヤ……やっと、やっと会えた……」

「わわ……」


 何もできないまま感極まった少女に右手を持ち上げられ、優しく両手で包まれる。


「アヤ、また一緒に!」

 

 涙ぐんだ少女が儚くも美しい笑顔を見せた瞬間、周りが白く輝き、ついには視界が真っ白に染まっていく。


 

 ……初めて会ったはずだけどとか、なんで私の名前を知ってるのとか、手がなんか冷たいなとか。

 

 まあ色々あるけれど、そういうのは全部どうでもよくて、ただ一つだけ思ったのは。


 その少女が、もう、とにかく、言葉を尽くせないほどに――




「か、可愛い……」

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